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今年も問題なく春が訪れた。
身を切るような寒さからもようやく脱却し、新しい〝ナニカ〟を予感させる季節だ。
とはいっても今はまだ春休み。4月4日と、日中は温かい陽気に包まれるが、早朝となるとまだ肌寒い。
授業が始まるのは10日なので、子供たちはそれまで存分に遊び倒すだろう。かくいう沖長も、長期間の休みはやはり嬉しいものだ。
言葉は悪いが、つまらない授業に出るよりも、こうした休みを利用して別のことを学んだり、道場で汗を流す方が楽しい。
そんな沖長もまだ十歳であり、今年度から小学五年生となる。顔つきは少し大人びてきたといっても、まだまだ子供の範疇から逃れられていない。
「フンフンフフン~、フンフンフフフ~ン」
隣には、上機嫌に鼻歌を響かせるナクルが座っている。
現在は車の中。景気よく高速道路の上を走っている真っ最中だ。
春休み前に、日ノ部家から一緒に旅行に行かないかと言われた。その時の返事は、両親に聞いてから、だった。
まだ子供の自分が、勝手に決めて良いことではないからである。それにもしかしたら両親も家族旅行などの予定を立てているかもしれないし、伺いを立てるのは当然だった。
両親からの返答は、問題なく了承というもの。
日ノ部一家になら、安心して沖長を任せられると言っていた。
せっかくだからと、夫婦水入らずで楽しんでと沖長が言うと、その場ですぐに嬉しそうにイチャイチャしながら予定を立て始めたので、もしかしたら近い内、弟か妹ができるかもと思わさせられた。
そうして今、修一郎が運転する車の後部座席にて、左右にナクルと蔦絵を置きつつ沖長は座っているのである。
行き先は修一郎が昔から世話になっている山の中にある温泉旅館らしい。そこではバーベキューやらハイキングやらを楽しめるらしく、渓流では釣りや水遊びなんかも可能らしい。
沖長もまた温泉も好きなので非常に楽しみではある。しかし気がかりなことが一つあった。
それはこの旅行。
そう、この旅行こそが〝原作の始まり〟だということ。
以前に情報共有を行っている同じ転生者――羽竹長門から、ナクルの原作がいつ始まるが聞いたことがあった。
そしてそれが、ナクルが家族旅行で訪れた温泉旅館で起こるファーストイベント。そこでナクルが勇者になることを決意させられる事件が起きるらしい。
当然その内容を聞いていた沖長の心中はウキウキ気分一色ではなかった。
原作が始まるということは、いよいよナクルを主軸とた物語が動き出すことを意味する。
ただ長門曰く、今のナクルと原作が始まる直前のナクルとではその性格に差があるとのこと。
原作のナクルは、もう少し内向的で今のように元気溌剌としているわけではなく、どちらかというと天然強めのおっとり少女風らしい。
ここにいるナクルも天然は天然だが、友達も多いしどちからというと積極的だ。ならば何故そのような性格になったかというと、それはもう間違いなく沖長がいるからである。
原作では、友人作りも下手でコミュニケーション不足の彼女は、自分に自信もない自己肯定感が低い。だからこそたまに見せる心からの笑顔に、ファンたちは尊いと湧き上がっていたようだが。
しかし隣にいるナクルは、どこにでもいるような活発系女子であり、老若男女にとても好感が持たれるような性格をしている。
これはナクルの傍にいつも沖長がいたことで、彼女がその心を閉ざさなかったことに起因するとのこと。
つまり原作では、一人ぼっちの彼女はネガティブ寄りであり、誰かに心を開いているわけではなかったということだ。その時のナクルは、人を傷つけるだけの古武術を毎日といっていいほど嫌々学んでおり、友達も作れずに、家族相手にも心を閉ざしていた。
恐らくはあの時が分岐点だと長門は語った。それはナクルが一人、河原で落ち込んでいた頃、奇しくも彼女と初めて出会ったあの時こそだと。
原作ではあの時のナクルに手を差し伸べる存在はいなかった。そのまま自分の気持ちを修一郎に伝えられずに、そのままズルズルと流されていき、結果的に心を閉ざすことになったのである。
しかし沖長との出会いで、彼女は自分の気持ちを素直にぶちまけることができた。だから彼女は変わることができたのだと。
本来彼女が積極的になれるのは、もっと先のことらしい。いくらかの原作イベントの後で徐々に彼女が前向きに変わっていくらしい。
それを考えると、すでに原作からは大きく外れてしまっていることに気づいた。
しかしだからこそ、長門はこのまま原作通りにイベントが進むとは限らないと言う。バタフライ効果といったものもあるし、自分たちイレギュラーたちがどういった形でイベントなどに介入するかによっても結末は違ってくる。
けれど原作初期イベントである〝勇者覚醒〟については、やはりこの時期に起こる確率は高いのではないかと長門から伝えられた。
そんな長門から教えられた情報をもとに、沖長もまたこれまで準備をしてきたつもりだ。何があってもナクルのその心や身体を守れるように。
(まあそれもこれも羽竹が嘘を吐いていなければだけどな)
原作を知らない沖長にとって、彼が告げたことすべてが真実だとは限らないとも一応は頭の片隅に置いている。
これまで接してきて裏切るようなことはないとは思うものの、彼が本当に真実を語っているのかどうかを判断するのは危険に繋がる可能性を否定できない。
せめて他の転生者にも話を聞き、長門と同じことを語ったとしたら真実味は増すのだが、こちらの情報提供者は長門一人。それが正しいかどうかを確かめる術がないのだ。
(金剛寺に聞くと俺が転生者だってバレて厄介なことになりそうだし、あの赤髪にしたって今はどこにいるか分からん。まあ赤髪に関しては絶対に話なんて聞いてはくれないだろうが)
それどころか問答無用で抹殺してくる危険性の方が高い。この四年間でも姿を見せない彼のことをいまだ警戒しているが、このまま出てこないでもらいたいものだ。
長門について疑心暗鬼過ぎるだろうと思われるかもしれないけれど、念には念を入れておいた方が、何かあった時に対処できる。それもすべてはナクルを守るためだと自分に言い聞かせているのだ。
とはいっても、一応は長門が語った原作の流れに従って行動しようとは思う。そしてイレギュラーが起こることを想定して警戒するつもりである。
そうこうしている内に、高速道路から降りた車は山の中へと入っていき、そこから数十分ほど登った先で目的地に辿り着いた。
身を切るような寒さからもようやく脱却し、新しい〝ナニカ〟を予感させる季節だ。
とはいっても今はまだ春休み。4月4日と、日中は温かい陽気に包まれるが、早朝となるとまだ肌寒い。
授業が始まるのは10日なので、子供たちはそれまで存分に遊び倒すだろう。かくいう沖長も、長期間の休みはやはり嬉しいものだ。
言葉は悪いが、つまらない授業に出るよりも、こうした休みを利用して別のことを学んだり、道場で汗を流す方が楽しい。
そんな沖長もまだ十歳であり、今年度から小学五年生となる。顔つきは少し大人びてきたといっても、まだまだ子供の範疇から逃れられていない。
「フンフンフフン~、フンフンフフフ~ン」
隣には、上機嫌に鼻歌を響かせるナクルが座っている。
現在は車の中。景気よく高速道路の上を走っている真っ最中だ。
春休み前に、日ノ部家から一緒に旅行に行かないかと言われた。その時の返事は、両親に聞いてから、だった。
まだ子供の自分が、勝手に決めて良いことではないからである。それにもしかしたら両親も家族旅行などの予定を立てているかもしれないし、伺いを立てるのは当然だった。
両親からの返答は、問題なく了承というもの。
日ノ部一家になら、安心して沖長を任せられると言っていた。
せっかくだからと、夫婦水入らずで楽しんでと沖長が言うと、その場ですぐに嬉しそうにイチャイチャしながら予定を立て始めたので、もしかしたら近い内、弟か妹ができるかもと思わさせられた。
そうして今、修一郎が運転する車の後部座席にて、左右にナクルと蔦絵を置きつつ沖長は座っているのである。
行き先は修一郎が昔から世話になっている山の中にある温泉旅館らしい。そこではバーベキューやらハイキングやらを楽しめるらしく、渓流では釣りや水遊びなんかも可能らしい。
沖長もまた温泉も好きなので非常に楽しみではある。しかし気がかりなことが一つあった。
それはこの旅行。
そう、この旅行こそが〝原作の始まり〟だということ。
以前に情報共有を行っている同じ転生者――羽竹長門から、ナクルの原作がいつ始まるが聞いたことがあった。
そしてそれが、ナクルが家族旅行で訪れた温泉旅館で起こるファーストイベント。そこでナクルが勇者になることを決意させられる事件が起きるらしい。
当然その内容を聞いていた沖長の心中はウキウキ気分一色ではなかった。
原作が始まるということは、いよいよナクルを主軸とた物語が動き出すことを意味する。
ただ長門曰く、今のナクルと原作が始まる直前のナクルとではその性格に差があるとのこと。
原作のナクルは、もう少し内向的で今のように元気溌剌としているわけではなく、どちらかというと天然強めのおっとり少女風らしい。
ここにいるナクルも天然は天然だが、友達も多いしどちからというと積極的だ。ならば何故そのような性格になったかというと、それはもう間違いなく沖長がいるからである。
原作では、友人作りも下手でコミュニケーション不足の彼女は、自分に自信もない自己肯定感が低い。だからこそたまに見せる心からの笑顔に、ファンたちは尊いと湧き上がっていたようだが。
しかし隣にいるナクルは、どこにでもいるような活発系女子であり、老若男女にとても好感が持たれるような性格をしている。
これはナクルの傍にいつも沖長がいたことで、彼女がその心を閉ざさなかったことに起因するとのこと。
つまり原作では、一人ぼっちの彼女はネガティブ寄りであり、誰かに心を開いているわけではなかったということだ。その時のナクルは、人を傷つけるだけの古武術を毎日といっていいほど嫌々学んでおり、友達も作れずに、家族相手にも心を閉ざしていた。
恐らくはあの時が分岐点だと長門は語った。それはナクルが一人、河原で落ち込んでいた頃、奇しくも彼女と初めて出会ったあの時こそだと。
原作ではあの時のナクルに手を差し伸べる存在はいなかった。そのまま自分の気持ちを修一郎に伝えられずに、そのままズルズルと流されていき、結果的に心を閉ざすことになったのである。
しかし沖長との出会いで、彼女は自分の気持ちを素直にぶちまけることができた。だから彼女は変わることができたのだと。
本来彼女が積極的になれるのは、もっと先のことらしい。いくらかの原作イベントの後で徐々に彼女が前向きに変わっていくらしい。
それを考えると、すでに原作からは大きく外れてしまっていることに気づいた。
しかしだからこそ、長門はこのまま原作通りにイベントが進むとは限らないと言う。バタフライ効果といったものもあるし、自分たちイレギュラーたちがどういった形でイベントなどに介入するかによっても結末は違ってくる。
けれど原作初期イベントである〝勇者覚醒〟については、やはりこの時期に起こる確率は高いのではないかと長門から伝えられた。
そんな長門から教えられた情報をもとに、沖長もまたこれまで準備をしてきたつもりだ。何があってもナクルのその心や身体を守れるように。
(まあそれもこれも羽竹が嘘を吐いていなければだけどな)
原作を知らない沖長にとって、彼が告げたことすべてが真実だとは限らないとも一応は頭の片隅に置いている。
これまで接してきて裏切るようなことはないとは思うものの、彼が本当に真実を語っているのかどうかを判断するのは危険に繋がる可能性を否定できない。
せめて他の転生者にも話を聞き、長門と同じことを語ったとしたら真実味は増すのだが、こちらの情報提供者は長門一人。それが正しいかどうかを確かめる術がないのだ。
(金剛寺に聞くと俺が転生者だってバレて厄介なことになりそうだし、あの赤髪にしたって今はどこにいるか分からん。まあ赤髪に関しては絶対に話なんて聞いてはくれないだろうが)
それどころか問答無用で抹殺してくる危険性の方が高い。この四年間でも姿を見せない彼のことをいまだ警戒しているが、このまま出てこないでもらいたいものだ。
長門について疑心暗鬼過ぎるだろうと思われるかもしれないけれど、念には念を入れておいた方が、何かあった時に対処できる。それもすべてはナクルを守るためだと自分に言い聞かせているのだ。
とはいっても、一応は長門が語った原作の流れに従って行動しようとは思う。そしてイレギュラーが起こることを想定して警戒するつもりである。
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