俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ

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 勝敗は決したが、今もなお呆然としたまま横たわっている雪風。怪我をさせないように努めたつもりだが、もしかしてどこか痛めのかと思い沖長は彼女に「だ、大丈夫か?」と声をかけた。

 すると雪風はハッとした表情をするとゆっくりと起き上がる。顔を俯かせた状態なので表情は分からないが、身体をフルフルと振るわせていることに気づく。

(こ、これは……相当怒ってる……?)

 今まで同年代近い子供に、これほどあっさりと敗れたことなどないはず。しかも沖長に対して、どこか下に見ていたようだから、敗北したことにより羞恥心と行き場のない怒りが込み上げてきているのかもしれない。下手をすると、このまま感情のまま暴走して攻撃してくる可能性も……。 
 そう思った沖長は、つい身構えてしまったが次の瞬間、斜め上の事態が起きる。

「――――スゴイのですっ!」

 ……………………………はい?

 突如顔を上げた雪風が、沖長の顔を真っ直ぐ見つめながら声を上げた。
 それまでどこかつまらなそうな表情を見せていたのに、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のような溌剌とした笑顔を浮かべている。

 その変わり様に、当然沖長は困惑するが、同じく周囲で見守っていた者たちも唖然としてしまっている。

「お名前を! お名前を聞かせてくれませんかっ!」
「え? あ、え? えっと……もう名乗ったはずだけど……」
「ごめんなさいなのです! その時は覚える必要が無いって思って聞き逃していました!」
「おふ……」

 いや、正直なところは美徳だが、ちょっと心にグサッときた。

「あー……沖長だよ。札月沖長。君より一つ上の十歳ね」
「ふだつき……おきなが…………よし! あのあの、お兄様ってお呼びしてもいいですか!」
「お、お兄様っ!?」

 まさかと思ったが、どうやら原作のナクルの代わりを沖長が完全に務めることになってしまったようだ。

「え、えっとそれはちょっと……」
「い、いけませんか……?」

 今度は捨て犬みたいな雰囲気で涙目を向けてくる。まるでこちらがイジメているみたいで、思わず返答に困ってしまう。

「お、おい雪風、沖長くんが困っているだろう?」
「お父様は黙っていてください! 今、雪の人生において物凄く大事な話をしているのですから!」
「は、はい、すみませんでした」

 弱い、弱いよ陣一さん……と、心の中で呆れてしまう。彼の父である陣介も「情けない」と首を振っている。

「それでいかがでしょうか! 沖長お兄様!」
「もう呼んでるよねそれ…………はあ。まあ別にいいけど」
「ホントですかぁ! やった! ありがとうございます、お兄様ぁ!」

 そう言いながら、嬉しそうに抱き着いてきた。

「あぁー! ちょ、ちょっとちょっと、オキくんに何してるんスか!?」

 そこへ黙っていられず詰め寄ってきたのはナクルだ。慌てて雪風を引き剥がし、沖長を庇うように前に立った。

「む? 何なのですかあなたは?」
「ボクもさっき名乗ったッスけど!?」
「興味がありませんです。それよりもそこをどいてください。お兄様に抱き着けないではないですか」
「ダメッス! オキくんに抱き着いていいのはボクだけッスから!」

 そんなルールがあるなんて初めて知った。

「!? ……お兄様、この人はお兄様の何ですか?」
「え? 何って幼馴染だけど」
「……なるほど。つまりは勘違いしたメスブタってことですね」
「メ、メス……ブタ……?」

 ナクルは生まれてこの方、初めて告げられた言葉に対し顔を引き攣らせている。

(ていうかこの子、いきなり性格が変わったような……いや、元々がこうなのか?)

 どちらかというとクールなイメージだったが、どうも年相応で感情的なところもあるようだ。

「ボクはメスブタじゃないッスもん! オキくんの大事な人だもん!」
「それはあなたが勝手に思っているだけだと思いますけど? よくいるんですよね、ストーカー気質の女って」
「ストー……カー……!?」

 またもショックを受けたように固まってしまうナクル。ナクルはどちらかというと人に好かれるタイプだし、あまり悪口を言われたりしてこなかった。だからかこうしたストレートな言葉に耐性がないのかもしれない。

「オ、オキくぅぅぅん……」

 故に打たれ弱く、こうしてすぐに助けを求めてくる。

「はいはい。安心しろって。ナクルは俺の大事な人で間違いないから」

 そう言いながら頭を撫でてやると、ホッとしたような表情をするナクル。ただその光景を見ていた雪風が割って入ってきた。

「なるほど。腐っても幼馴染ですか……これは強敵ということですね」

 どういうわけかナクルは雪風の敵に認定されてしまったようだ。どうしてこうなった。
 するとそこへパチパチと拍手が聞こえてくる。見ると、その原因はどうやら陣介のようだ。

「見事だ。まさか雪風相手に圧勝するとはね。さすがは大悟の愛弟子といったところか」
「!? 父さん、大悟ってまさか御影大悟のこと?」
「そうだぞ、陣一。沖長くんはどうやらアイツの直弟子らしくてな。しかも同時に日ノ部流の門下でもある」
「っ……なるほど、それは強いはずだ。ならこの子も武家の血を?」
「さあ? どうなんだい、蔦絵くん?」

 そう陣介に問われた蔦絵だが、彼女もまた「知りません」と首を左右に振った。

「ふむ……札月家というのは聞いたことはないが……いや、微かに聞き覚えがあるが……」
「それよりも陣介殿、少しはお役に立てたでしょうか?」

 蔦絵が若干目を細めつつそう言うと、陣介は顎に手をやって一つ頷く。

「そうだな。これは貸しということでどうだろうか?」
「ええ、それで構いません。ですがそれはいずれ沖長くんに対して返してあげて頂きたいですわ」
「了解だ。こちらとしても、良い出会いとなったし僥倖だった。彼を連れてきてくれた修一郎には感謝かな」

 二人の間で何やら含みのあるやり取りが行われたようだが、こうして思わぬ原作メインキャラとの邂逅が果たされたのであった。



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