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「はあ……はあ……はあ……」
建物の壁を背に潜みつつ、周りを警戒しながら乱れる息を必死に整えるように努めているのは雪風である。傍目から見れば何かに追われているような様子に見えるだろう。
事実、雪風はある存在に見つからないように行動していたのだ。
静かに、そしてゆっくりと顔だけを動かす。そのまま視線の先にある噴水広場を確認する。そこには外観上は美しい憩いの広場にしか見えず、人の気配などは感じない。
しかしその直後、背後からが迫ってくるモノに気づき、ハッとしたと同時に広場の方へと跳ぶようにして逃げる。
身体を回転させてからすぐに態勢を立て直し、先ほど自分が隠れていた場所を確認すると、そこにはウネウネと動く茨があった。
「くっ……!」
見つかってしまったと思い歯噛みする。同時に声が聞こえてきた。
「――鬼ごっこはもう終わりのようですわね」
声に反応して視線を向けると、その存在は噴水の中央に建造された傘のようなオブジェクトの上に立っていた。いや、正確にいうとそこにあったテーブルと椅子に腰かけ、優雅に紅茶を嗜んでいる。
間違いなく先ほど確認した時はいなかった。テーブルも椅子もなかったはず。しかしまるでずっとそこにいたかのような振る舞いで佇んでいる。
その存在は、雪風に視線を送り微笑を浮かべた。黒いドレスで全身を包み、ところどころ銀の装飾が飾られていて優美さを引き立たせている。
またそれを纏っている存在も、海外の有名女優のような美麗な面立ちで抜群のスタイルをしていた。貴婦人――その言葉が良く似合う存在であろうか。
「……うっ」
体力の衰えを感じ、ガクッと膝が落ちてしまう。片膝をつくが何とか倒れることはしなかった。
「あら、そろそろこのイベントも終焉かしらね」
その存在は雪風を冷たく見下ろしながら紅茶に口をつける。
実際雪風の全身はボロボロだった。服は穴が開いたり破けたりしており、そこから血も滲み出てしまっていた。
雪風は朦朧とする意識を必死で覚醒させながら、ここに来る少し前のことを思い出していた。
それは籠屋の屋敷で昼食を頂いた後である。不意に自分を呼んでいる声が聞こえたのだ。それは切ないような、寂しげな声のように鼓膜を震わせた。
助けを求めているようなその声に意識を集中させると、何故か他のことが考えられなくなったのである。それよりも早く行かないといけないという強迫観念めいたものに従って身体が動いた。
気づけば屋敷から少し離れた場所にある林の中に立っていたのだ。そして目の前には見たことのない空間の亀裂があった。普通ならそんな不気味な様子に身を引くが、どういうわけかその奥が気になり、自然と身体が動いて亀裂の中へと入ってしまった。
それがすべての原因だろう。意識を覚醒させた時にはすでに遅く、いつの間にか自分が見知らぬ土地に立っていることに気づいた。
呆然と立ち尽くす雪風だったが、とにかく元の場所に戻らないとと歩き回り、辿り着いたのがこの噴水広場だったのである。
そしてそこで出会ったのが、今目の前で優雅にティータイムを楽しんでいる存在。
自分以外の存在に安堵し声をかけたが、その瞬間に凄まじいまでの怖気を感じた。それが目の前の女性が放つただならぬオーラだということはすぐに理解したのである。
直後にどこかから現れた茨が雪風に向かって襲い掛かってきた。それが女性の仕業だという事実に気づいてこちらも臨戦態勢に入る。
向かってくる茨に対し、持ち前の反射神経とスピードを駆使して回避するものの、茨は次々と増えていき対処が追いつかなくなり、徐々にダメージを受けることになったのだ。
何とか致命傷は避けるが、体中に傷は増していく。いや、致命傷を避けるといったが、明らかに雪風を弄んでいる様子。それは女性がまだ本気ではない証拠。もし全力で殺しにきたのなら雪風など一瞬で葬れるだろう。それくらいの力の差を感じた。
なので雪風は逃げに徹し、建物の陰へと隠れることに専念した……が、結局見つかってしまったというわけである。
(けど……何ででしょうか……力が……さっきから出ない……っ)
そう、それが問題だった。
先ほどからオーラを出そうとしているが、出してはすぐに消えていくような現象が起きる。
(! ……そういえば、あの時もそうでしたか)
思い起こされるのは、少し前に行った一人の少年との模擬戦。いくら一つ年上だとしても、見た限りではとても自分より強そうとは思えなかった。
なのでさっさと終わらそうとしたが、思った以上に捕まえきれない。なので少し大人げないかもしれないが、今度はオーラを使って全力で打ちのめしてやろうと思った矢先、フッとオーラが掻き消えたのである。その衝撃が隙を生み、少年に返し技をくらい敗北を喫してしまった。
あの時の感覚と少し似ている。あの時は、無意識に自分が自制したのかと無理矢理納得したものだが、同じようなことが起きているとするなら、もしかしたらこれは自分の体調に、何かしらのトラブルが起きたのではと危惧して顔が青ざめてしまう。
しかしそれは女性の言葉によって解明することになる。
「フフフ、まるで捨てられた子猫のようね。今、あなたが何を考えてらっしゃるのか当てて差し上げましょうか?」
「……?」
「何故力を出せない……そう思われているのではなくて?」
「!? ど、どうして……」
分かったのかと瞠目すると、女性は楽しそうに頬を緩めながら続ける。
「鈍感な童ですわね。足首を確認なさいな」
そう言われ視線を向けてギョッとした。何故ならそこには見慣れぬものが突き刺さっていたからだ。
言葉にするなら――――それは一輪の黒い薔薇。
いつの間にこんなものが、と思いながらもすぐに抜こうとする。しかしそれほど深く刺さっていない様子なのに、茎を引っ張っても抜けない。仕方なく、力を増すためにオーラを右手に集束しようとするが、やはり霧散し、同時に身体の力が抜ける。
すると薔薇の花が一掃黒々と花開き輝きを増す。その状態を見てピンとくる。
「こっ……これは……まさか……?」
「フフ、ようやく気付いたようですわね」
ハッと女性の方を見やると、彼女は淡々とした様子で説明し始める。
「そう、その黒薔薇はあなたの生命エネルギーを吸収し成長する」
だから先ほどからオーラを使おうとしても、逆にそれを薔薇に吸われてしまっていたのだ。オーラを使うためには、何としてもこの薔薇を抜くしかない。
だがやはりどれだけ抜こうとしてもビクともしてくれない。
「どうやら今のあなたの力では抜くことすらできないようですわね。これではもうこの先は期待できそうもありませんわ。よって――」
不意に膨れ上がる殺意に身震いする。女性がその細長く美しい指先に取り出したのはもう一輪の黒薔薇。
「――そのまま枯れなさいな」
そう言いながら黒薔薇を投げつけてきた。
避けなければ。そう思いつつも身体が動かない。
大気を貫くような勢いで茎の切っ先が迫ってくる。
――殺される。
恐怖と絶望が雪風を襲った刹那――――――黒薔薇が弾き飛んだ。
「…………え?」
死を覚悟した雪風の前に突如として現れたのは一人の少年――
「…………だ、誰なのです?」
――のような体格の馬面人間《うまづらにんげん》だった。
建物の壁を背に潜みつつ、周りを警戒しながら乱れる息を必死に整えるように努めているのは雪風である。傍目から見れば何かに追われているような様子に見えるだろう。
事実、雪風はある存在に見つからないように行動していたのだ。
静かに、そしてゆっくりと顔だけを動かす。そのまま視線の先にある噴水広場を確認する。そこには外観上は美しい憩いの広場にしか見えず、人の気配などは感じない。
しかしその直後、背後からが迫ってくるモノに気づき、ハッとしたと同時に広場の方へと跳ぶようにして逃げる。
身体を回転させてからすぐに態勢を立て直し、先ほど自分が隠れていた場所を確認すると、そこにはウネウネと動く茨があった。
「くっ……!」
見つかってしまったと思い歯噛みする。同時に声が聞こえてきた。
「――鬼ごっこはもう終わりのようですわね」
声に反応して視線を向けると、その存在は噴水の中央に建造された傘のようなオブジェクトの上に立っていた。いや、正確にいうとそこにあったテーブルと椅子に腰かけ、優雅に紅茶を嗜んでいる。
間違いなく先ほど確認した時はいなかった。テーブルも椅子もなかったはず。しかしまるでずっとそこにいたかのような振る舞いで佇んでいる。
その存在は、雪風に視線を送り微笑を浮かべた。黒いドレスで全身を包み、ところどころ銀の装飾が飾られていて優美さを引き立たせている。
またそれを纏っている存在も、海外の有名女優のような美麗な面立ちで抜群のスタイルをしていた。貴婦人――その言葉が良く似合う存在であろうか。
「……うっ」
体力の衰えを感じ、ガクッと膝が落ちてしまう。片膝をつくが何とか倒れることはしなかった。
「あら、そろそろこのイベントも終焉かしらね」
その存在は雪風を冷たく見下ろしながら紅茶に口をつける。
実際雪風の全身はボロボロだった。服は穴が開いたり破けたりしており、そこから血も滲み出てしまっていた。
雪風は朦朧とする意識を必死で覚醒させながら、ここに来る少し前のことを思い出していた。
それは籠屋の屋敷で昼食を頂いた後である。不意に自分を呼んでいる声が聞こえたのだ。それは切ないような、寂しげな声のように鼓膜を震わせた。
助けを求めているようなその声に意識を集中させると、何故か他のことが考えられなくなったのである。それよりも早く行かないといけないという強迫観念めいたものに従って身体が動いた。
気づけば屋敷から少し離れた場所にある林の中に立っていたのだ。そして目の前には見たことのない空間の亀裂があった。普通ならそんな不気味な様子に身を引くが、どういうわけかその奥が気になり、自然と身体が動いて亀裂の中へと入ってしまった。
それがすべての原因だろう。意識を覚醒させた時にはすでに遅く、いつの間にか自分が見知らぬ土地に立っていることに気づいた。
呆然と立ち尽くす雪風だったが、とにかく元の場所に戻らないとと歩き回り、辿り着いたのがこの噴水広場だったのである。
そしてそこで出会ったのが、今目の前で優雅にティータイムを楽しんでいる存在。
自分以外の存在に安堵し声をかけたが、その瞬間に凄まじいまでの怖気を感じた。それが目の前の女性が放つただならぬオーラだということはすぐに理解したのである。
直後にどこかから現れた茨が雪風に向かって襲い掛かってきた。それが女性の仕業だという事実に気づいてこちらも臨戦態勢に入る。
向かってくる茨に対し、持ち前の反射神経とスピードを駆使して回避するものの、茨は次々と増えていき対処が追いつかなくなり、徐々にダメージを受けることになったのだ。
何とか致命傷は避けるが、体中に傷は増していく。いや、致命傷を避けるといったが、明らかに雪風を弄んでいる様子。それは女性がまだ本気ではない証拠。もし全力で殺しにきたのなら雪風など一瞬で葬れるだろう。それくらいの力の差を感じた。
なので雪風は逃げに徹し、建物の陰へと隠れることに専念した……が、結局見つかってしまったというわけである。
(けど……何ででしょうか……力が……さっきから出ない……っ)
そう、それが問題だった。
先ほどからオーラを出そうとしているが、出してはすぐに消えていくような現象が起きる。
(! ……そういえば、あの時もそうでしたか)
思い起こされるのは、少し前に行った一人の少年との模擬戦。いくら一つ年上だとしても、見た限りではとても自分より強そうとは思えなかった。
なのでさっさと終わらそうとしたが、思った以上に捕まえきれない。なので少し大人げないかもしれないが、今度はオーラを使って全力で打ちのめしてやろうと思った矢先、フッとオーラが掻き消えたのである。その衝撃が隙を生み、少年に返し技をくらい敗北を喫してしまった。
あの時の感覚と少し似ている。あの時は、無意識に自分が自制したのかと無理矢理納得したものだが、同じようなことが起きているとするなら、もしかしたらこれは自分の体調に、何かしらのトラブルが起きたのではと危惧して顔が青ざめてしまう。
しかしそれは女性の言葉によって解明することになる。
「フフフ、まるで捨てられた子猫のようね。今、あなたが何を考えてらっしゃるのか当てて差し上げましょうか?」
「……?」
「何故力を出せない……そう思われているのではなくて?」
「!? ど、どうして……」
分かったのかと瞠目すると、女性は楽しそうに頬を緩めながら続ける。
「鈍感な童ですわね。足首を確認なさいな」
そう言われ視線を向けてギョッとした。何故ならそこには見慣れぬものが突き刺さっていたからだ。
言葉にするなら――――それは一輪の黒い薔薇。
いつの間にこんなものが、と思いながらもすぐに抜こうとする。しかしそれほど深く刺さっていない様子なのに、茎を引っ張っても抜けない。仕方なく、力を増すためにオーラを右手に集束しようとするが、やはり霧散し、同時に身体の力が抜ける。
すると薔薇の花が一掃黒々と花開き輝きを増す。その状態を見てピンとくる。
「こっ……これは……まさか……?」
「フフ、ようやく気付いたようですわね」
ハッと女性の方を見やると、彼女は淡々とした様子で説明し始める。
「そう、その黒薔薇はあなたの生命エネルギーを吸収し成長する」
だから先ほどからオーラを使おうとしても、逆にそれを薔薇に吸われてしまっていたのだ。オーラを使うためには、何としてもこの薔薇を抜くしかない。
だがやはりどれだけ抜こうとしてもビクともしてくれない。
「どうやら今のあなたの力では抜くことすらできないようですわね。これではもうこの先は期待できそうもありませんわ。よって――」
不意に膨れ上がる殺意に身震いする。女性がその細長く美しい指先に取り出したのはもう一輪の黒薔薇。
「――そのまま枯れなさいな」
そう言いながら黒薔薇を投げつけてきた。
避けなければ。そう思いつつも身体が動かない。
大気を貫くような勢いで茎の切っ先が迫ってくる。
――殺される。
恐怖と絶望が雪風を襲った刹那――――――黒薔薇が弾き飛んだ。
「…………え?」
死を覚悟した雪風の前に突如として現れたのは一人の少年――
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――のような体格の馬面人間《うまづらにんげん》だった。
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