ドメイン@彼女

さくらとももみ

文字の大きさ
7 / 7
最終章

目的

しおりを挟む
                                       1

 目の前に現れた俺の妹、加奈。

 誰よりも俺が一番よく知っているはずだ。しかし、何かがおかしい。そもそも空を飛んできた。その時点で、俺のよく知っている『加奈』ではない。だから俺は「何者だ」と尋ねたのだ。

「お兄ちゃんが一番よく知ってるはずだけど?」

 兄弟だと思考が似てくるのか、加奈はそう言った。だが俺の妹は空を飛ぶ能力を有していない。普通の人間だし。

 こいつも何かの門帝か? そう思ったのも束の間、

「みっちゃんの従者だよ。この人に手を出す人はあたしが許さない」
 蜜と俺の間に片手を伸ばして割り込ませる。蜜を庇うような格好だ。

「蜜の、ということは蟻門の従者か?」
 俺が先ほどまで散々倒してきた奴らのひとりだということか?

「ううん、ヒト門だよ」
 なっ。
 思わず言葉を失う。

 ヒト門の門帝は俺のターゲットだった。ヒト門の門帝を倒すことで、ヒト界にいられるようにするためだ。しかし蜜はもういない。『俺の中の俺だけの蜜』はもう存在しなかった。目の前にいるのは汚れた唇を持つ女。そしてそのヒト門の門帝が……。

「蜜、だというのか」
 俺の問いに加奈がうなずいて答える。

 俺はもう戦う必要がないことに気がついた。何せ俺の中の蜜はもういないし、しかも蜜が門帝だし、あれなんだかわからなくなってきたぞ。

 だが暴走した心、熱を帯びた体、自分以外のすべてを憎らしく思えた。

「邪魔をするって言うなら、おまえも潰すぞ」

「本当におかしくなっちゃったんだね。それとも脳まで昆虫化しちゃったの?」
 俺と加奈はほとんど同時に構えた。

 体が熱い。蟻門の従者たちを散々吸収した俺の体は、別のモノみたいに熱くなっていた。これは俺の闘志なのか、それとも別の何かなのか。

 一気に距離を詰めた俺は、加奈の頭を掴もうと右手を伸ばす。すると加奈は俺の手を払いのけて横へ体を避ける。そして右足で鋭い蹴りを放ってきた。

 ずしり、と重たい蹴りだった。従者の力を吸収しまくったというのに、その力でようやく受け止めることができるほどだ。思えばここはヒト界だ。奴らに合わせてスケールアップされているということか。

 蛇や蚊や蟻の集合体の俺が、戦えているだけ異常なのかもしれない。本来なら、ハタかれるか、踏み潰されて終わっていただろう。

 受け止めた足を掴んだまま、体を回転させて遠心力を利用して加奈を投げ飛ばす。宙で受け身をとった彼女は、くるりと回転して着地した。

 こりゃ、長期戦は不利だな。

 そう考えた俺は、再び距離を詰めてジャブを数発打ち込む。それらを軽くいなした加奈は、こちらの隙をうかがっている様子だった。同時に俺の右手に集中している。ウーズを警戒しているのだろう。

 そこで俺は、姿勢を低くして足払いをかける。不意をつかれた彼女はその場に倒れ込んだ。素早く馬乗りになった俺は、加奈の頭を右手で掴む。そして力を込めた。

 苦痛にゆがむ加奈の顔。良心がその表情を見て力を抜こうとした。だが体が言うことを利かない。俺の体は俺の意思ではなく、何者かの意思によってつき動かされているようだった。

 蛇やら蚊やらの意思なんだろうか。このままでは、身内を殺めてしまう。そう考えたものの、依然として俺の意思は体を支配できないでいた。

 このとき既に、俺の心と体は繋がっていなかったんだと思う。そういえば、蟻門の従者を次々倒したときから、俺の体はおかしくなっていた。彼らの力を吸い過ぎたのだろうか。元々の俺の体を超越したパワーを発揮しているせいなんだろうか。

 急に何の苦労もせず、プロの格闘家のように戦えるようになって、その力を振り回せるようになった。するとテンションが上がって、暴走しちまうのではないだろうか。手当たり次第に力を振るってみたくなるのではないだろうか。

 俺はいま、まさにそんな状態だった。

「うぼぁっ」
 加奈の声ではない。俺の声だ。

 何者かが、俺の横腹に蹴りを入れてきた。その反動で吹き飛ばされてしまう。体に穴が開いたのではと思うほど強い痛みが走る。横腹を押さえながら、立ち上がる。そして何者かを見定めた。

「蜜か」
 俺に蹴りを入れたのは蜜だった。

「いくらタクローくんでも、加奈ちゃんに手を出すなら……」

 俺と加奈を天秤に掛けたとき、彼女は加奈を優先したということ。そのことが俺をモヤモヤとさせる。微かに残っている冷静な思考が、おかしくなってしまった体に食われようとしていた。

「ガチでいくぜ」

「こっちもガチでいくんだからッ」

 今度は蜜が構える。従者であった加奈の戦闘力から推察する。先ほどの蹴りが本気なのか、はたまた手加減したものなのかはわからないが、蜜の潜在戦闘力は計り知れない。一発でももらう前に、頭を掴まないと……逆に頭さえ掴んでしまえば、俺にも勝機はある。

 蜜の表情が、いままで見たことない真剣さを含んだものに変わった。

 来るッ!

 そう気がついたとき、俺の正面には蜜の顔があった。蜜が距離を詰めてきたのだ。そしてミドルキックを放ってくる。なんとか体をひねってそれをかわす。立て続けに拳を突き出してきた。反射的に左腕でガードをする。すると――。

 俺の体は、まるで重みがなくなったように、勢いよく後方へ飛ばされてしまった。右手を地面に突き出し、アスファルトを掴む。地面にめり込んだ腕を軸に、なんとか制止することができた。だが、左腕に激痛が走る。まるで力が入らない。

 折れたか。

 たった一撃でこの威力。俺が蜜に逆らうなんて、無謀以外の何物でもない気がしていた。

                                       2

「一気に終わらせちゃうね」
 蜜がそう呟くと、彼女はウーズを契約した右手を掲げる。

 不利とみたのか、ジョカとリアが加勢しようとする。しかし加奈に阻まれてしまい、それも適わないようだった。

 手のひらを俺に向けてくる蜜。そして――無数の何かが飛んできた。そのすべては俺を狙って向かってきている。反射的にそれをかわす。自分が今いた場所に目を向けると――。

「針?」

 無数の針のようなモノが地面に突き刺さっていた。一本一本は髪の毛のような細さだが、長く、本数が多い。

「拓朗さま、気を付けてください! その針、毒性の反応があります」
 ジョカが加奈と対峙しながらも、そう助言してくれた。

「毒……本気だな」

 俺の言葉に応えない蜜は、針を飛ばしながらさらに飛び込んでくる。俺は針を避けるのに精一杯で、強襲してくる蜜を避けることができない。目の前まで迫った蜜は、左手で俺の頭頂部を押さえ、そのまま地面に押しつけていく。

 とんでもねぇ力だ。

 あっけなく地面に押さえつけられた俺は、蜜の右手のひらが目前まで迫ってきていることに気がついた。零距離で針を出す気だ――!

 ダメモトで右手を伸ばす。蜜の頭に向かって、もがくようにがむしゃらに伸ばす。筋が切れそうなほど伸ばしたとき、頭に触れた! そして思い切って掴む。蜜の頭を確保した俺は、そのまま握りしめるように力を込めていく。

「みっちゃん!」
 加奈の叫び声がする。しかし今度はジョカとリアに邪魔されて、こちらに来られないようだった。

 蜜の頭は、やはりタマネギのような堅さだ。だが懸命に力を込めていく。

 もうすぐ俺は、野々村蜜を殺す。小さい頃からずっと一緒だった蜜。家が隣同士で、親同士も仲が良くて、親戚一同の付き合いもあって……たぶん、結婚するかもしれなかったヒト。

 いつからこうなってしまったのだろう。あのミミズを踏んだとき? それとも蜜の告白を断ったとき? ジョカとリアが転校してきたとき、すぐに追いかけて止めていれば、また違った運命だったのだろうか。

 俺は、門帝になってからも、蜜と一緒にいられる、そのことだけを夢見て、がむしゃらに走ってきた。だけど、一日、たった一日すら彼女は待てなかった。

 いや、それは俺の思い違いだったんだ。一日も待てなかったと、俺が思い込んだことが原因か。信じてやれば、また……違ったのかもしれない。

 タマネギが軋む音を立てた。

 俺の体は俺の意思とは別の何物かが支配していた。よって、力を止めることもできない。嫉妬の炎に焼かれた俺が、俺の体を食い散らかして、そして心まで食われようとしている。それだけだった。

「さよなら」
 蜜が言った。

 そう言えばコイツは抵抗していない。もう諦めたのか? それとも……。

「ああ、さよならだ」

 俺はそう答えた。蜜は瞳を閉じて、されるがままになっている。相手の力を吸収することを表す光が、蜜の全身を包み始める。この後、彼女は干からびていく。さらに見るに堪えないものへと変わっていくんだ。

 俺は何を得たのだろうか。
 一番得たかったモノを失って、何を得たのだろうか。

 自身の手で抱きしめたかった彼女は、もういない。
 彼女がキスをしたからだ。ウーズの契約とは言え、キスをしたからだ。

 キスぐらいで何言ってんの? って思うヤツもいるかもしれない。だけど、蜜のファーストキスはそうじゃない。そんなんじゃないんだ。

 真っ白な紙に、一滴の絵の具。それはもう真っ白じゃなくなるんだ。だから、だから……。

 次の瞬間――光が収束していった。

 だが。

 目の前に広がる光景に、俺は一瞬訳がわからなくなった。

 足? それはヒトの足だった。白いサンダル履きの足。
 それが眼前いっぱいに広がっている。問題はただの足ではない。巨大なのだ。俺がつま先にちょこんとのれるぐらいに。

 思わず空を見上げてみると、蜜がいた。白いワンピースの中が丸見え。その時点で俺は察した。蜜がウーズを使ったのだと。

 ヒト界なので、奴らの大きさに合わせてスケールアップしたんだ。巨人になったんだ、と。

 だが。

「拓朗さま!」
「タクローちゃん!」

 歩み寄るジョカとリア。遅れて加奈もやってくる。

「何コレ……」
 半ば絶望したように加奈が言った。

 驚くことに、みんなスケールアップしているではないか。なんで俺だけ小さいままなんだ!

 驚いている俺に、ジョカがこう言った。

「拓朗さま……ウーズの使いすぎです」
 は?

「なにそれ? 制約があるなら早く言えよ」
「でも、既にご存じかと思っておりました」

 なんで?

 なんで?

 あっ……。

 俺は思い出した。

 前帝ナーガが、ミミズだったことを。
 その理由が、ウーズの使いすぎだったことを。

                                       3

「そんな副作用あるんだ?」
 加奈が言う。他人事のように「へぇ」と付け加えた。

 まあ、他人事なんだけどさ。

「これでは戦闘続行不可能ですね」
 ジョカがため息をつきながら言った。

「だねー。タクローちゃんの負けだ」
 リアがその場にへたり込む。

 おいおい、おまえら。そんな軽々しく言うなよ。

「タクローくん」
 蜜がしゃがみ込んでそう言った。

「かわいい」
 蜜は俺を両手で掴んで胸のポケットに入れる。

「加奈ちゃん、私、これ飼う」

「マジで言ってんの? ……まあ、みっちゃんがそう決めたならいいけどさ」
 勝手に決めんじゃねぇ! 俺の人生どうなるんだよ。

「それでは蜜さま。今の拓朗なら帝位継承の儀式を行えると思いますので」
 ジョカがそう言った。もう呼び捨てですか。用が済んだらポイですか。

「あ、蚊門もやるう」
 俺の存在を無視して、話がどんどん進んでいく。

 俺のときと同じように、ジョカは蜜にひざまずいて右手の薬指に軽くキスをする。リアは小指にカプリと噛みついてチューチュー吸っている。

「これで蜜ちゃんは、四つの門帝を制して――門帝王になったわけだけど」
 満足げなリアがそう言うと、つづけて、

「タクローももうヒト門の門徒だから、このままこの世界にいるのに制限を受けないよ」
 おまえも呼び捨てか。つーか、小人になって制限なくなっても仕方ねぇんだけど。

「門帝神まであと一歩ですね」
 次の肩書きは門帝神らしい。こいつら、完全に俺に価値がなくなったと思ってやがるな。

「タクローくん、かわいい」
 蜜は蜜で、ポケットから取り出した俺に頬ずりをしてくる。そしてまた大事そうにポケットにしまい込んだ。蜜自身人外のことに興味はないらしい。こりゃあ門帝神とやらも遠いんじゃないか? 本人にやる気がないんじゃあな。

 こうして俺は、この日から蜜に飼われることになった。

                                       4

 その夜、蜜の部屋に集合した俺たち。いや、俺は強制的に連れてこられたようなもんだから、集合したのは他の三人か。

 蜜の部屋に来るのは久しぶりだ。四畳半しかない部屋で、俺と加奈と三人で遊ぶには少々狭かったという理由もある。しかし、いまの俺からするとめちゃくちゃ広い。運動場ぐらいの広さだ。

「……というわけで、ウチの両親にはお兄ちゃんは旅に出たって言っといたよ」
 加奈はひとつのクッションに腰を落ち着けてそう言った。

「それで納得したわけ?」

「うん」
 オヤジとオフクロも、俺のこと何だと思ってんだ。ナーガを踏んでから、割と真面目にやってきたつもりなんだがなぁ、それがこの結果か。

「よかった。これでずっと一緒にいられるね、タクローくん」
 今となれば、俺のことを大事にしてくれるのは蜜だけだった。

「そういえばさ、蜜はどうやってヒト門の門帝を倒したんだ?」
 気になっていたことを尋ねてみた。

 答えたのは加奈。
「あれは激闘だったねぇ」

「そうだねぇ」
 俺を撫でながら、相づちを打つ。

「よく勝てたな? 門帝とはいえ、蟻門だろ?」

 ふふん、と自慢げに腕を組む加奈。
「テリトリーにおびき出したんだよ」

「どうやって?」

 簡単に言っているが、門帝となると自分から攻めにいく以外で、他門のテリトリーに入っていくことは考えられない。少なくとも俺はそうだった。

 わざわざ相手が有利になる場所に行く、考えるだけでもバカバカしい行為だ。そんなテリトリーにおびき出したと、我が妹は言う。

 単純にその方法が気になった。
 そして我が妹はこう言った。

「みっちゃんの美貌で」

「はぁ?」

 慌てた様子で蜜は、
「ちょっと加奈ちゃん! タクローくんに誤解させるようなこと言わないでよ!」

 冗談らしい。

「誤解でもないでしょー」

 冗談ではないらしい。

「誘惑と籠絡は立派な戦略だよ」

 それらしいことを語る加奈だった。確かに蜜は美人だと思うが、それは憧れている俺が見ているからそう感じているのだと思っていた。一般的に見ればどうだかわからない。実際、浮いた話のひとつも聞かなかったし、俺に告白してくるまでモテモテだった様子もない。

「で、結局どうやったの?」

「実はね――」

 蜜の語ったヒト門の門帝戦はこうだった。

 蜜が蟻門の門帝を継いだとき、加奈は既にヒト門の従者としてスカウトされていたらしい。そこでふたりは共謀し、ヒト門の門帝を蟻門のテリトリーにおびき出すことにした。

 その方法は、まず加奈が蟻門を攻めることを進言。蟻門のウーズが魅力的だったことを語ったらしい。ヒト門は、自分のテリトリーで戦えば基本的に負けはない。

 だが、様々な道具を行使することで、簡単にクーデターが発生する可能性があるヒト門は、古来からそのテリトリーを隠していた。よって、門帝戦となる場合は、他門のテリトリーへ攻めていく必要がある。

 これがヒト門の門帝がウーズを集められなかった理由だ。ヒトであっても他門のテリトリーは攻めにくく、さらに自分たちのテリトリーは戦場にできない。戦いたくてもなかなか戦うことができなかったのである。

 こうして無事、蟻門のテリトリーにおびき出したものの、相手はヒト門の門帝。ウーズのこともあって、簡単には勝てなかったそうだ。そこで加奈は、蜜にある策を授けていた。

 それが蜜による誘惑らしい。ヒトの姿を持つ蟻門の門帝による蜜の誘惑。効果は絶大だったらしい。その理由は――。

 相手がロリコンだったこと。

 嗚呼……ロリコンよ。罪深いロリコンよ。ヒトだけなんだぞ。そんな理由でロリに夢中になるのは。それにしても、もしロリコンじゃなければ、ヒト門は無敵だったのだろうか。

 否。ヒトには様々な性癖がある。それらは弱点となるのだ。だから完全無欠とはいかないのである。たぶん。

「なるほどな……」
 どの辺が激闘だったのかは伝わってこなかったが、策を弄して撃破したことは間違いないらしい。それにしても従者に裏切られる可能性があるとは。恐ろしい話だ。

 と思いながらも、蚊門のクーデターの一件を思い出して、考えを改めた。どの生物でもそういったことはあるのだ、と。

 今回の場合は、蜜と加奈が知り合いであったこと、そしてふたりが親密であったこと、その中には加奈の望みもたぶんに含まれていたんじゃないかと推測した。

 以前、加奈は言っていた。蜜が姉になればいいな、と。つまり加奈にとってもメリットがあったのだろう。

「まあ、どの門も一枚岩じゃないみたいだしね」
 蜜の代わりに締めくくったのは加奈。

 確かにそうだろう。ましてやヒト門なら、すぐにクーデターが起こりそうなものである。そう考えるとテリトリーを隠しているのもうなずけた。

 ヒト門のテリトリーはどこなんだろうか。 蛇門と蚊門の四畳半を思い浮かべながら、そう思った。

 四畳半――。

 自分がいま置かれている運動場のような部屋を見渡す。

 まさかな……。

 きいたとしても答えてくれるとは思えない。いや、俺になら教えてくれるかもしれない。こんな姿の俺に恐れる理由などないからだ。

 だが、どこかで耳を澄ませているかもしれない諜報部員を警戒して、教えてはくれないかもしれない。

 まあ、知ったところでどうってことはないが。

                                       5

 そういえば、俺は蜜と一緒にお風呂に入った。
 これは重要な事実なので記しておこうと思う。

 成長した蜜の裸体は、それはそれは素晴らしく、女神のような、いや、門帝である蜜は女神そのものだった。終始恥ずかしがっていたのは俺の方で、蜜の方は「昔は一緒に入ったでしょー」と言って、開けっ広げに惜しみなく裸体を観察させてくれたのだ。

 だが、俺は残念なことに気がついた。
 小人化してしまった俺は、こうして蜜と四六時中一緒にいられるようになったが、蜜の「恋人」にはなれないのではないだろうか、と。

 恋人のような存在にはなれるかもしれないが、世間一般的な恋人には永遠になれない気がする。そう考えると元の姿に戻りたい。だけど、どうやれば元に戻れるのかはわからないし、そもそも元に戻れるのかどうかもわからない。

「なぁ、蜜」

「んー、なあに?」

 俺の体をバスタオルで拭き上げながら答える。

「俺、元の姿に戻れるのかな」

「いいじゃない、そのままで。かわいいし」

 えー……。
 その返答は俺をひどく打ちのめした。

 蜜は決して、『そういう関係』を求めているわけじゃないらしい。それは男として、とても残念な気持ちになる事だった。好きなだけで、愛しているわけじゃないんだろうか。そのことを尋ねるのは怖かった。

 従者ではないが、俺は蜜に捨てられると、行くところがなくなってしまう。存在価値も危うくなるし、それだけじゃなく生存自体危うくなってしまう。その辺の野良猫にエンカウントしようものなら、そのまま弄ばれてしまいそうだ。

 そんなことを考えると、日常に緊張が走る。蜜に嫌われないように生きていく必要があるのだ。いままでのように、のほほんと、好き勝手に振る舞うことは許されない。

 いいことばかりじゃないのかもな。

 蜜にとって、いまの俺は猫のような存在なのかもしれない。愛護動物でしかないのかもしれない。そう考えるとぴったり当てはまる気がするのが、余計につらいところだった。

 これは幸せと呼べるのか?
 そう自問自答する。

 仮に、元に姿に戻れる方法があったとして、自分だけじゃどうにもならないかもしれない。そう考えると、蜜の力を借りる――利用する以外にないのではないだろうか。

 蜜にそのことを話せば、協力はしてくれるかもしれない。
 だが、蜜に嫌われないように生きていこうとすると、切り出しにくいのも事実だった。さらに、蜜は俺がこのままの姿でいることを望んでいる節もある。こうなると更に切り出しにくい。

 しかし、いまとなっては蜜以外に相談できる相手がいないのも事実。

 意を決した俺は、
「蜜、俺は元の姿に戻りたい」

「ふにゃあ?」

 部屋のベッドの上で横になっていた蜜と俺。蜜は上半身だけを起こして俺に向かって、

「元のって、大きくなりたいってことだよね?」

 頷いてみせる。

「えぇ……」
 ものすごく迷った表情を浮かべる。

「蜜は、どうして俺にこのままでいてほしいんだ?」

「だってぇ、そのままだったら浮気できなから」
 ああ、なるほど。そういうこと。

「俺は浮気なんてしないよ。ずっと蜜のことを考えているぐらいだし」
 誠意を込めて伝えたつもりだった。

「信じられないなぁ、私の頭潰そうとしたし」
 ぬぅ。ここにきてそのことを持ち出すか。

「あれは……何か得たいのしれない力に覆われているような感じで、自分の体が制御できなかったんだ」

「だからぁ、どうしてどっかのマンガみたいなこと言うの?」
 と、まったく信じていないご様子。

 あ、やばい。ちょっと怒ってる。

 それからしばらくの間、四畳半には沈黙が流れた。ジョカとリアは自分のホームへ、加奈は自宅へ帰ったのでふたりきり。蜜は疑問形で返している以上、俺が何かを答えなければいけないわけだ。

 というか、ホントのことなんだけどな。
 しかし、そのことが蜜に通用するとは思えない。こうなれば――。

「蜜……」

「んー?」

「愛してるよ」

「……」

 そもそも一般高校生でしかない俺に、そんないろんな言葉や技はない。どストレートに愛を表現するぐらいしかできなかった。

 だが。

「ぷっ……あっはっは! きゃはは! タクローくーん!」
 大爆笑を始めた。
「その姿で言っても、説得力ないよぉ」
 それもそうっすね。

 まあ、でも機嫌はなおったらしいから、それでヨシとする。

「あー、おっかし」
 そんな笑わなくても、と思わずにはいられなかった。

「んじゃあ、ちょっと調べてもらおうか? 加奈ちゃんに」
 蜜はそう言ってくれた。
「頼む!」

「んー、元に戻る方法ねえ」
 翌朝、加奈が蜜の部屋を訪ねてきた。

「あたしとしても、お兄ちゃんがこのまんまっていうのは、ちょっと困るんだよね。結婚式にこんな姿で出てもらうわけにもいかないわけだし」

「なっ! 兄ちゃんは結婚なんて許さないぞ!」

「あたしじゃないよ。お兄ちゃんとみっちゃんのだよ」

「あ、そう」

 安心した。一瞬で嫉妬のような感情が小さい体を駆け巡り、そして通り抜けていった俺はひどい脱力感に包まれていた。

「もう、お兄ちゃんったら」

 カラカラと笑う加奈は、真面目な表情に戻して、

「実際問題、小さなものを大きくする方法なんてあると思う? いや、ま、サプリ的な意味とかじゃなくってさ」

「うーん」
 腕を組んで首を捻る蜜。

「まあ、可能性があるとすればウーズだよね」

「だよねぇ」
 うんうん、と頷く蜜。

「でも、どの生物がそんなウーズを持っているかわからない上に、ウーズってガチャみたいなもんじゃん? アタリ引かなくちゃいけないわけよ」

 ウーズガチャか。そう考えると絶望的な気がしてくる。

「じゃあ手当たり次第に?」
 見た目とは裏腹に過激な発言をしたのは蜜。

「効率悪いけど、それしかないよね。事前に調べてアタリを付けることぐらいはできるかもしれないけど、でも、必ずそのウーズを引くってわけでもないし」

「やるしかないねぇ」
 蜜は両手をあげてガッツポーズをとる。

「ま、仕方ないね。我が兄のためだ」
 小さくため息をついてタブレットPCを操作する加奈。

 どこからともなく現れたジョカとリアも、調べ始めてくれる。
 蜜のお陰とはいえ、強力してくれる味方が増えてホッとした。

 こうして俺たちは、夏休みを利用してウーズ集めの旅に出ることになった。

 確かに俺は、蜜のそばにいられれば良いと願いました。
 だけど、こんな仕打ちはあんまりじゃありませんか。
 神様、どうか元の姿で、何の制限もなく、蜜と一緒にいさせてください。

 それが俺の願いです。

                                     了
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

二十年仕えた王女が私を敵に売った。それでも守ることにした

セッシー
ファンタジー
二十年間、王女殿下の護衛騎士として仕えた。その殿下が、私を敵に売った。 牢の中で事実を知り、一分考えて——逃げることにした。殿下の目的を、まだ果たしていないから。 裏切りの真相を確かめるため、一人王都へ戻る護衛騎士の話。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...