異世界に現れた元皇帝

一条おかゆ

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第二話 化け物との戦い

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(くそっ!)

男は身体を奮い立たせ必死に立ち上がった。反射的に剣を引き抜き、右足を下げ、盾を前に突き出す。
急に身構えたのに対して、相手が人間に仇名す生き物でない可能性を思量しない訳では無かったが、ナイフを手に口角を吊り上げ、鎖を外された犬のように向かってくる様を見れば誰でも正しいことを行ったと判断するはずだろう。

(どうすればいい? かなり速い、囲まれるのだけは阻止しなければ!)

まず向かってくるのは囲もうと散開している体躯の小さいゴブリン4匹、巨体の怪物は獲物を取りに行ったのか見当たらない。ならば目下の敵は小さい4匹だが、不都合なことに男の剣は片手用にしては長い、更に短剣はそもそも身に着けていない。
男は頭で展開を勘案し、湾曲している自身の剣を振りかぶった。

(木が邪魔だが、これなら!)

「はぁぁっ!!」

男は右足を後方に身体を大きく開き、あらん限りの力で剣を敵へと放った。加えてその剣を追駆するかのようにその足を前へと繰り出す。

(外れたらどうする? 盾で殴るか? 蹴り飛ばすか?)

運命は男が最も求めていた手札を引いた。

「GYA!!」

4匹の中で最も右に位置した化け物の頭に、円を描く剣が突き刺さる。そのまま剣の生えた頭から、紫の血が大地へと散水された。

(よし、このままっ!)

必死に死体へ走る、しかし慣れない山歩きのためか年のせいか予想より距離が縮まらない。その為かすんでのとこでゴブリンの1匹が間に入って来る。しかし剣を再び手にするには障害を取り除かなければならない。
男は盾を前に走りつつ、右の拳を頭上に掲げた。ゴブリンはその拳での一撃を警戒してか、腰を落とす。

「こんっの!」

されどもゴブリンの予想を反し、男が放ったのは拳でなく盾であった。
緑の身体は地面の草との色覚的統一を失い、左側へと吹き飛ぶ。

(手応えが浅い、すんでのとこで避けようとしたか)

男はすぐさま死体に預けていた剣を引き抜き、左方に身構える。
男が葬った死体は最も右方の死体、必然的に敵は3匹とも左方。男が剣を引き抜いた頃には飛ばした1匹も立ち上がろうとし、他の2匹は一直線に進んで来る。
しかし男は見逃さない。死体から最も遠かったゴブリンは後れを取っていた。

(一人だけ先行しているな、ならば……)

もう一度手から剣を放つ。高速で回転する剣は再度敵を捉える、しかし命中したのは胴に着けられた皮鎧の上。最善とは言い難いが、ゴブリンの苦痛の叫びが上がる。

(死んではいない、しかし足を止めさせるには十分だ)

男は空いた手で最初に倒したゴブリンの足を掴み、持ち上げた。ゴブリンのナイフを一度盾と共に保持し、死体は敵に投げ……ようとした。
気にする余裕がなかった、戦いに集中していた、ここまでが上手くいきすぎて忘れていた、種々の言い訳が男の思考を覆う。
咄嗟に盾が前に出たのは奇跡か、経験か。
話は簡単だ、巨体の身体が男を吹き飛ばしたのだ。
強打共に鈍い音を立て男の身体は地面を転がる。そして背に受ける衝撃と共に自身の状況を理解する。
巨体は男の下へと辿り着いた、その身体程ある棍棒を携えて。そしてその両腕で薙いだ、全力で。ただ、ただそれだけのことなのに何故か男の瞼は重い。

(もうすでに5m程遠い、一撃で……ここまでか)

「UGA! UGAU、GAU」

巨体は下卑た笑みを浮かべ、残った二人に対し理解できない言葉を吐く。

(おそらく、1匹に怪我した仲間の手当てをさせ、もう1匹に止めをささせるのだろう。はっ、もうそんなことを考えても無駄かもな……)

男は背中に木、運良く座り込む形で斃れずにいた。しかしその盾は遠く、棍棒を使う新手の職人に膨らみを逆張りされており、使えるかも怪しい。
されどもナイフは……近い。
ほんの少し体を起こし、ほんの少し腕を伸ばし、ほんの少し握るだけで、いい。しかし、その少しが男にとって決して届かない高みにある。

(あと少し、と言われ続けながら永遠に走らせられる気分だな。……今のは、結構いい出来かもな……)

目にも映る、耳にも聞こえる、肌にも感じる、小さな化け物が近づいてくる。この後どうなるかは火を見るよりも明らかだ。

(神よ、どうか、私を、お助けください)

そよ風が男の身体を強く押す、しかし翡翠の足は止まらない。

(求めなさい。そうすれば与えられます、か……)

男がどれ程祈ろうと、この場から立ち上がって戦う力も、逃げる力も、ナイフを手にする力さえ与えられない、それどころか時間が経つごとに意識が遠のいてゆく。

(結局、神の愛とは何を与えるのだろうか……)

頭から流れるものが目に伝い、光を奪う、そうして初めて気が付いた。

(ははっ、どうやらもう感覚なんてほとんどなかったようだな)

ぷつっ、と糸が切れる感覚、おそらく男の身体が地面と水平を求めたのだろう。そのまま頭は落ち葉へと堕落した。
地と一体化した耳には遠方の足音が響く。

(仲間を呼んでいたのか……。読みは、外れていたな)

その後感じるのはただの無、いや無という感覚すら感じ得ないはずだ。
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