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第35話 雑貨屋、少女を助ける

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「……ん? ここは……?」

 茶色い髪の少女は暖かい風を身に受けながら、目が覚めた。

 周囲を見てみれば、どうやらここはどこかの部屋の中。
 自身の寝ているベッドに、いくつかの家具。
 更に暖かい風を生み出す黄色い玉。
 そして机で本を読む――

「ようやく目が覚めたか。妹のお古で悪いが、そこに着替えは置いてある、早く着替えてくれ」

 寝間着の男。
 その名はキマドリウスだ。

 彼はもう既にスーツの羽根も、頭の角も外し、人間と見た目は変わらない。
 だからこそ、少女には彼が人間にしか見えていないだろう。

「っ!? だ、誰なの?」

「それよりも早く服を着ろ、風邪をひくぞ」

「えっ!?」

 シーツの下にある少女の身体は全裸だ。
 ……おそらく、この男が脱がしたのだろう。

「ふーん、えっちじゃん。お兄さん」

「違う! 雪で湿っていたから仕方なくだ!」

「ふふっ、分かってるって。ありがとね」

「むぅ……分かればいいんだ」

 そんなやり取りを交わしつつ、少女は服を身に纏う。
 そうして始めて、二人はようやく向き合った。

「サイズぴったりーこの服」

「そうか、それは良かった。で、お前は何で俺の家の前で倒れてたんだ?」

「うーん。なんか目が覚めたら雪原にいてー、しかもでっかいドラゴンみたいなのがいてー、逃げて来たら家があったけどー、その家の前で倒れちゃった、って感じ?」

「……ざっくりしてるな」

 いまいち伝わってこない説明に、困った顔をするキマドリウス。
 だが何となくは伝わった。

 (彼女はおそらく……禁域平野のスノウドラゴンに襲われたのだろう)

 禁域平野とはこの魔王城城下町、特にキマドリウスの家の近くにある、入る事を禁じられた平野だ。
 そしてスノウドラゴンとはその禁域平野を守護する龍であり、禁域平野はこいつのせいで入る事を禁じられている。

 そこまではキマドリウスにも分かった。
 だが、

 (どうやって禁域平野に入ったんだ?)

 禁域平野は現魔王の結界によって、入る事が出来ないはずだ。
 一応、結界の中から出る事は簡単なのだが、そもそも入るのが難しければそんな事情は関係ない。
 だからこそ、どうやって入ったのかが気になるのだ。

「……目が覚める前はどこにいたんだ?」

「えーっとね……ガッコ―帰りに友達とタピオカ買いに行ったら……そうだ! じいさんが行列に突っ込んで来たんだ!」

「ん? がっこー? たぴおか? それに……じいさんが突っ込んできた!?」

 おそらくキマドリウスの脳内では、髭を生やした老人が少女にタックルしている映像が流れているのだろう。
 だが現実は違う。

「じいさんが車で突っ込んできたのよー!」

「くるま?」

「でもこれってもしかして……アンリの言ってた『異世界』ってやつ?」

「いせかい?」

「えー、でも帰りたい……。スマホ使えないのはマジでキツイ……」

「すまほ?」

 脳内が疑問フィーバーになるキマドリウス。
 それに見向きもしない少女。
 明らかに二人は噛み合っていない。

 だが、ふと何かを思い出したかのように少女は口を開いた。

「……そういえばお兄さんの名前なんてゆーの?」

「キマドリウスだ」

「じゃあキマね」

「き、キマ!? 馴れ馴れし過ぎないか!?」

「いいじゃん、キマドリウスとか長いしー」

「むぅ……それもそうだな」

 キマドリウス……いや、キマは不服ながらも納得する。
 完全に少女のペースに乗ってしまっている。

「それよりさ、キマ」

「なんだ?」

「あたしお金ないんだけど、その……バイト先が見つかるまで養ってくれない?」

 萌え袖をしつつ両手を合わせ、上目づかいでか弱さをアピールする少女。
 これは高得点だ!

 そんじょそこらの男なら簡単に堕とせるだろう。
 だがキマドリウスに、こうかはいまひとつのようだ。

「断る」

「えぇーそんなー。薄情だよキマぁー。助けてくれたじゃーん」

「だが、偶然にも明日から俺はこの雑貨屋を継ぐ事になったんだ。……だから従業員を求めている!」

「え? どゆこと?」

「えっと……だから、その……従業員になって欲しいなぁー……って」

 恥ずかしそうに目を泳がせるキマドリウス。
 そして、

「ありがとーー!!」

 感謝の言葉と共に、キマドリウスへとダイブする少女。

 これが魔王になる前のキマドリウスと、人間の少女との出会いだった――

 ◇◇◇

「――という風に俺達は出会ったんだ」

 恥ずかしそうに自身の過去を話す領主キマ。
 そして、

「うぅ……素敵じゃない……」

「うぅ……はやり主様は良い人ですね……」

 ソファに座りながら泣く剣の勇者と、泣くふりをするダンジョンコア。

「いや、今の話にそんな感動する要素あったか!?」

「全てよ、全て」

「過大過ぎる評価!」

「全悪魔が号泣しますよ」

「もはや洗脳!」

 彼としては話すよりも、賞賛にツッコむ方が疲れるかもしれない。
 それに、

「そこまで言われると、なんだか続きを言いづらいな……」

 ここまで褒められると恥ずかしさが増す。

「駄目よ! 少なくとも区切りの良い所まで話しなさい!」

「そうです主様。ここで話を辞めるようでしたら、トラップの設置は絶対にしませんから」

「ぐっ……! そ、それは困るな……」

「なら続きを話しなさい」

「そうです」

「……分かったよ」

 二人に詰められ、キマドリウスは続きを話し始めた。
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