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第44話 雑貨屋、見つける
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それからキマドリウスは疲れも忘れて走った。
足に絡みつく雪も、頬を冷やす冷気も関係ない。
「はあっ! はっ、はあっ! はっ!」
白い息を何度を吐きながら、彼は走る。
そして気が付けば、雪が降ってきた。
それは白くも淡く、純粋にして可愛らしい。
まるで彼の心を突き動かす少女のよう。
だが降る雪はいくら可愛らしくとも、必ず積もるもの。
幼く小さな命は、白き地と混ざり合い溶けてしまう。
そして、その果てには何一つ残らない──
だからこそスノウドラゴンとユカが彼の目にようやく入った時、彼の心は焦燥感で包まれ、喉は自然と咆えていた。
「ユカーーーッッ!!」
彼が走りながらも咆える先。
そこにはいるのは、結界を背に膝を震わせるユカと、彼女を追い詰める白い巨龍、スノウドラゴン。
その頭の大きさだけでも人間の背丈以上あり、全長で言えば家屋数軒分はある。
そしてそんなスノウドラゴンは、今まさにその大きな口を開けて、獲物の命を刈り取ろうとしていた。
「UGAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
「……き、キマっ!」
キマドリウスはその状況を見て、足を止める。
だが恐怖を感じて止めたのではない。
魔術を行使する為だ。
「『永劫の闇、終焉の──」
彼は腕を伸ばし、詠唱を口にする。
しかし……彼の詠唱は間に合わない。
「UGYAAAAAAUUUU!!」
スノウドラゴンは巨大な顎でユカに噛み付く。
そして、
――グチュッッ!
と彼女の右腕を噛み千切った。
「ゆ、ユカッ!!」
キマドリウスは詠唱を止め、声を飛ばす。
いつもの彼なら詠唱を最後までやり遂げ、確実に魔術を行使するだろう。
だが、今の彼は明らかに冷静さを失っている。
それ程までに深く、ユカの存在が彼の心に染みついているのだろう。
ならばこの惨状に目に、怒りが芽生える。
「……ぐっ!」
彼は顔を歪ませ、拳を固く握る。
すると、不思議と彼の身体には暗黒の光が纏わり始める。
「UGAAAU!!」
獲物の右腕を堪能する暇は無く、スノウドラゴンは背後を振り返る。
長年つちかってきた野生の勘が告げたのだろう、「この悪魔を放置は出来ない」と。
「振り返りさえしなければ、楽に死ねたものを」
気が付くと、キマドリウスは人間らしい見た目を捨てている。
彼の頭には二本の角が生えている。
「まぁ良い。これでお前も悔いる事が出来る」
すっ、と彼は腕を再度前に突き出す。
「さすればスノウドラゴンよ、冥府で悔いろ……この俺の大切な人を傷つけた事をなッッ!!!」
瞬時。
詠唱すらなく彼の腕から魔術が放たれる。
それは一言で言うならば『暗黒の奔流』。
闇が極限にまで凝縮され、ただ龍の命を奪おうとする様は、まさにそう言えよう。
だが、龍はその一撃をただただ静観している訳では無い。
「UGAAUUUU!!」
魔術によって周囲の雪を舞い上げ、自身の身に纏う。
即席とはいえ、スノウドラゴンの雪の装甲は魔力が通され、実に鋼鉄にも近い強度を誇る。
そして、
「関係ないッ! 砕け散れッ!」
暗黒の奔流はそんな雪の装甲にぶつかる。
「うおおおおぉぉぉぉ!!」
「UGAAAAAAA!!」
キマドリウスは全魔力を注ぐ。
対してスノウドラゴンも必死になって雪の装甲を維持する。
これでこの戦いが決まると言ってもいいだろう。
もしキマドリウスが攻め切れなければ、魔力と共に戦う力を失い、もしスノウドラゴンが守り切れなければ、その身体は闇に飲まれ消え去る。
まさに"必死"。
そして、互いに一歩も譲れない攻防の末に残るのは──キマドリウスだった。
「UGAAAAAAA!!!」
圧倒的な威力に耐え切れず、雪の装甲は瓦解する。
そして守り切ることの出来なかったスノウドラゴンは、身体に大穴を開けられ、地を震わす咆哮と共にその場に倒れた。
「はあっ……はぁ……」
これで終わりだ。
だからキマドリウスは走った──ユカのもとへと。
「ユカっ! ユカっ!」
「……き、ま……」
すると彼女はまだ、息をしていた。
だが、失った右腕から大量に血を流し、力無く地面に倒れている様を見れば誰だって分かる。
彼女はもう、助からない。
「……すまないユカ。俺が留守にしたばっかりに」
キマドリウスはしゃがみ込んで、ユカの左手を握る。
だが、その力は弱い。
降る雪にさえ解かれかねない。
ユカはそんな彼を見て、
「……いいんだよ。……キマは、悪くないもん」
無理やり笑みを作る。
「……それより、今のキマ……ちょー悪魔っぽい」
「当然だ。だって俺は冷酷無比な悪魔だからな」
「ふふっ……それ、嘘でしょ」
「本当だ。だからお前を一人にしてしまった……」
キマドリウスの瞳から涙がこぼれる。
そしてその涙はユカの左手へと滴る。
「……泣かないで、キマ」
ユカは彼の頭を撫でようと懸命に右肩を動かすが、その先は無い。
それがたまらなく空しくて、悲しい。
しかし死にかけの身体では涙すら出てこない。
あまりにも無力。
だからこそ、唯一動く口を開くしかない。
「……ねぇキマ」
「……うぅ……なんっ、だっ?」
「……結局『やりたい事』は見つかった?」
「……あぁ……ひっく……」
「……教えてよ」
この頼みを断れるはずが無い。
だから彼はゆっくりと口を開く。
そして漏れる嗚咽を抑えながら、しっかりと言葉を紡いだ。
「俺の『やりたい事』は……いつまでもお前といる事だ、ユカ」
「……そう、ありがと」
「ひっく……」
「……じゃあ、最後に……私からもいい?」
「……当ぜっ、んだ……」
その言葉を聞いて、ユカは安堵して瞳を閉じる。
そして、
「……好きだよ、キマ」
そう言い残して動かなくなった。
足に絡みつく雪も、頬を冷やす冷気も関係ない。
「はあっ! はっ、はあっ! はっ!」
白い息を何度を吐きながら、彼は走る。
そして気が付けば、雪が降ってきた。
それは白くも淡く、純粋にして可愛らしい。
まるで彼の心を突き動かす少女のよう。
だが降る雪はいくら可愛らしくとも、必ず積もるもの。
幼く小さな命は、白き地と混ざり合い溶けてしまう。
そして、その果てには何一つ残らない──
だからこそスノウドラゴンとユカが彼の目にようやく入った時、彼の心は焦燥感で包まれ、喉は自然と咆えていた。
「ユカーーーッッ!!」
彼が走りながらも咆える先。
そこにはいるのは、結界を背に膝を震わせるユカと、彼女を追い詰める白い巨龍、スノウドラゴン。
その頭の大きさだけでも人間の背丈以上あり、全長で言えば家屋数軒分はある。
そしてそんなスノウドラゴンは、今まさにその大きな口を開けて、獲物の命を刈り取ろうとしていた。
「UGAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
「……き、キマっ!」
キマドリウスはその状況を見て、足を止める。
だが恐怖を感じて止めたのではない。
魔術を行使する為だ。
「『永劫の闇、終焉の──」
彼は腕を伸ばし、詠唱を口にする。
しかし……彼の詠唱は間に合わない。
「UGYAAAAAAUUUU!!」
スノウドラゴンは巨大な顎でユカに噛み付く。
そして、
――グチュッッ!
と彼女の右腕を噛み千切った。
「ゆ、ユカッ!!」
キマドリウスは詠唱を止め、声を飛ばす。
いつもの彼なら詠唱を最後までやり遂げ、確実に魔術を行使するだろう。
だが、今の彼は明らかに冷静さを失っている。
それ程までに深く、ユカの存在が彼の心に染みついているのだろう。
ならばこの惨状に目に、怒りが芽生える。
「……ぐっ!」
彼は顔を歪ませ、拳を固く握る。
すると、不思議と彼の身体には暗黒の光が纏わり始める。
「UGAAAU!!」
獲物の右腕を堪能する暇は無く、スノウドラゴンは背後を振り返る。
長年つちかってきた野生の勘が告げたのだろう、「この悪魔を放置は出来ない」と。
「振り返りさえしなければ、楽に死ねたものを」
気が付くと、キマドリウスは人間らしい見た目を捨てている。
彼の頭には二本の角が生えている。
「まぁ良い。これでお前も悔いる事が出来る」
すっ、と彼は腕を再度前に突き出す。
「さすればスノウドラゴンよ、冥府で悔いろ……この俺の大切な人を傷つけた事をなッッ!!!」
瞬時。
詠唱すらなく彼の腕から魔術が放たれる。
それは一言で言うならば『暗黒の奔流』。
闇が極限にまで凝縮され、ただ龍の命を奪おうとする様は、まさにそう言えよう。
だが、龍はその一撃をただただ静観している訳では無い。
「UGAAUUUU!!」
魔術によって周囲の雪を舞い上げ、自身の身に纏う。
即席とはいえ、スノウドラゴンの雪の装甲は魔力が通され、実に鋼鉄にも近い強度を誇る。
そして、
「関係ないッ! 砕け散れッ!」
暗黒の奔流はそんな雪の装甲にぶつかる。
「うおおおおぉぉぉぉ!!」
「UGAAAAAAA!!」
キマドリウスは全魔力を注ぐ。
対してスノウドラゴンも必死になって雪の装甲を維持する。
これでこの戦いが決まると言ってもいいだろう。
もしキマドリウスが攻め切れなければ、魔力と共に戦う力を失い、もしスノウドラゴンが守り切れなければ、その身体は闇に飲まれ消え去る。
まさに"必死"。
そして、互いに一歩も譲れない攻防の末に残るのは──キマドリウスだった。
「UGAAAAAAA!!!」
圧倒的な威力に耐え切れず、雪の装甲は瓦解する。
そして守り切ることの出来なかったスノウドラゴンは、身体に大穴を開けられ、地を震わす咆哮と共にその場に倒れた。
「はあっ……はぁ……」
これで終わりだ。
だからキマドリウスは走った──ユカのもとへと。
「ユカっ! ユカっ!」
「……き、ま……」
すると彼女はまだ、息をしていた。
だが、失った右腕から大量に血を流し、力無く地面に倒れている様を見れば誰だって分かる。
彼女はもう、助からない。
「……すまないユカ。俺が留守にしたばっかりに」
キマドリウスはしゃがみ込んで、ユカの左手を握る。
だが、その力は弱い。
降る雪にさえ解かれかねない。
ユカはそんな彼を見て、
「……いいんだよ。……キマは、悪くないもん」
無理やり笑みを作る。
「……それより、今のキマ……ちょー悪魔っぽい」
「当然だ。だって俺は冷酷無比な悪魔だからな」
「ふふっ……それ、嘘でしょ」
「本当だ。だからお前を一人にしてしまった……」
キマドリウスの瞳から涙がこぼれる。
そしてその涙はユカの左手へと滴る。
「……泣かないで、キマ」
ユカは彼の頭を撫でようと懸命に右肩を動かすが、その先は無い。
それがたまらなく空しくて、悲しい。
しかし死にかけの身体では涙すら出てこない。
あまりにも無力。
だからこそ、唯一動く口を開くしかない。
「……ねぇキマ」
「……うぅ……なんっ、だっ?」
「……結局『やりたい事』は見つかった?」
「……あぁ……ひっく……」
「……教えてよ」
この頼みを断れるはずが無い。
だから彼はゆっくりと口を開く。
そして漏れる嗚咽を抑えながら、しっかりと言葉を紡いだ。
「俺の『やりたい事』は……いつまでもお前といる事だ、ユカ」
「……そう、ありがと」
「ひっく……」
「……じゃあ、最後に……私からもいい?」
「……当ぜっ、んだ……」
その言葉を聞いて、ユカは安堵して瞳を閉じる。
そして、
「……好きだよ、キマ」
そう言い残して動かなくなった。
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