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第十一話 メイドの一日

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 彼が家を出て行ってから少しして、ファニーはお腹がいっぱいになったようで乳から口を離した。
 彼女はそんなファニーを抱え上げ、背中を優しく叩く。
 ケプっとかわいらしい音がしたのを確認して、彼女はファニーをそっと揺り篭に戻した。

 揺り篭で小さな手足を動かして声をあげるファニーを見つめ、揺り篭を揺らしながら彼女は優しい目で声をかけた。

「『ファニー、かわいい私の子』『愛しているわ、ファニー』でございましたね、奥様のお言葉」
「不思議なものでございます。自分の記憶ではなく、奥様の記憶のわたくしというものは。本当のわたくしはどんな人だったのでございましょうか?ねぇファニアお嬢様」

 それでも……作られた存在だし、感情も自ら生まれたモノではなく、植えつけられたものではあるが、これも自分の感情と言ってもいいのだろう。

 揺り篭の中で元気に手足を動かし声をあげるファニーをあやしながら彼女ははだけたままの胸元を戻しつつそんな事を考えていた。

 しばらくしてファニーが眠ったので彼女はそっと立ち上がり居間を出た。
 掃除の必要もない家ではあるのだが彼に与えられたメイドの知識のせいか、なんとなくじっとしていられないので、軽くではあるが家の掃除をはじめる事にした。

 納戸に向かうと、律儀にも掃除道具まで再現して作られていたので彼女はそれを手にとり、掃除をはじめた。

「不思議と掃除をしていると心が落ち着く気が致しますね。ああ……そういえば……わたくしの体は食事を必要とするのでしょうか?」

 掃除する手を止めずに彼女は自分の中を探った。

「なるほど、マスターが取り込んだ生物からの栄養で問題ないのですね。でも……というのはしてみたいものですね。知識でしかございませんし」

 軽く掃除を終えた彼女は居間で眠るファニーの様子を一度確認してから籠を持って家の外へと出た。
 彼女自身は彼のように複雑な物を作り出すという事は出来ないようなので池に魚がいるか見に行ってみた。

「魚はいますかね?ああ、おりました。ではこの魚を捕らえて調理をしてみましょう。あとはデザートにあの木になっている果物で宜しいですね」

 そうして彼女は指先から黒いロープのようなモノを伸ばして水中で泳いでいた魚を巻き取ったかと思うと、しゅるしゅると短くなり気づけば彼女の手には生きた魚が握られていた。
 魚は15cmほどの大きさで、銀色の体表をしていた。

「これは綺麗な魚ですね。人間が食べれる種類の魚のようです。ではこれを食べてみましょう」

 そう言って彼女は持ってきた籠に魚を放り込み、近くで成っている木の実を取りに向かった。

「この果物に致しましょう。これも人間が食べれるものでございますね」

 そうして指先から伸ばした黒いロープのようなモノで果物を木からとった。果物は8cm程の丸い果物で、赤い色をしていた。

 果物を収穫した彼女はそのまま家へと戻った。
 台所に魚を入れた籠と果物を置いて、ファニーの様子を見に居間へと向かった。
 居間に入るとファニーは大人しく寝ていた。
 体にかけていた布がずれていたのでかけなおし、ファニーの頬をそっと撫でてから再び居間を出る。

 台所についた彼女は料理をしてみる事にした。
 そういえば水はどこだろうと水瓶を覗いてみたら、なみなみと水が入っていた。

「マスターが水を汲んだのでございましょうか?池の水でしょうか。いえ、違いますね。水瓶の底というか家の底から管が伸びて地下の水を吸い上げているのですね。人間の記憶からすると中々に便利な機能です。井戸で汲まなくてもよいのですね」

 関心しつつ、水瓶から水を汲み、流しで魚をさばいていく。

「中々に難しいものでございます。記憶と実際にするのでは違うものです」

 少し身が崩れたりはしたが、魚がさばけたので調理する事にした。
 竈に薪を入れ火をつけ、上に鍋を置く。

「さて、調味料はありますでしょうか?調味料入れは……ありますね。ああ、でも中身はございませんね。仕方ありません。焼くだけに致しましょう」

 家にあるものはすべて彼が作っているので普通とは少し違った。

「油も敷かずに魚を入れましたが、まったくくっつきませんね。これは便利です。マスターに感謝致しましょう」

 そして身に火が通った魚を皿によそい、果物の皮を向いて切り分けて別の皿に盛り付ける。

「では、初めての食事を致しましょう。いただきます」

 記憶にある食事を始める時の作法のようなものをしてからフォークとナイフを使って魚を切り分け、口に運んだ。

「ああ……。何も味付けはしていませんが、中々においしいと言えるのではないでしょうか。記憶の味からの推察ですが。それに、このような食感がするのですね。面白いものです」

 魚を楽しみながら食べ終えた彼女は切り分けた果物にフォークをさし口へ運んだ。

「これはよいものです。野生の果物でしたから、どうかとも思いましたが、ほのかに甘く、シャクシャクした食感が面白いですね。ファニーお嬢様がもう少し大きくおなりになったらすりつぶして離乳食としてもよいかもしれません」

 果物の食感や味をゆっくりと楽しみ、食べ終えた食器類を流しで洗って片付けてから彼女はファニーの元へと戻っていった。
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