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第百二十八話 辺境伯

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 小さい方の常用門へ着き馬車を止めて降りると騎士が近づいてきた。

「よく参られた。ツェーザル様からは伺っている。先導致すので着いて参られよ」

 それだけ言うと騎士は近くで控えていた兵士から馬を受け取り乗ると、城へ向けて移動を始めた。
 サイリールも再度御者台に乗るとゆっくりと騎士の後を追うように進ませた。

 ちなみにツェーザルというのはファニーの父親で、サイドス辺境伯その人だ。
 そして、ファニーの亡くなった母はローゼという名前だ。
 しかし、彼の名前が出たという事は今日いるのだろうか?
 直接会える方が気持ち的に安堵できるのだが、まぁわからない。

 一応説明というか、手紙でも伝えてはあるのだが、ファニーとエル(エリル)を保護した経緯は伝えてある。
 もちろん真実は話せないし、3年も連れて来なかった理由も話せない。
 なので、サイリールが森でハントをしていた時に森の中で気を失っている赤子を抱えた女性を保護した。
 ケガをしていたのでサイリールの家に連れ帰り手当てをした。
 近くの町で行方不明や事件がないか調べたが特に何もなかったのでとりあえずは女性がよくなるまで面倒を見た。
 目を覚ました女性(エル)は強いショックを受けたのか記憶を失っていた。
 ただ分かったのは、自分の名前と赤子の名前だけだった。
 行く当てもなく、記憶もなく、手がかりもなかった為、そのまま保護を続けた。
 1年経って、赤子が自らの子ではないという事を思い出した。
 そこからはほんの少しずつ記憶を取り戻していっていた。
 しかし肝心の、どこの屋敷にメイドとして仕えていたのか、赤子の母親や父親は誰なのか、それを思い出せていなかった。
 そうして3年経ったある日急にすべてを思い出し、サイリールに頼んで送ってもらう事になった。

 という設定になっている。
 多少誤魔化していたり、雑な部分はあるが、あちらもそこまで細かく聞かないだろうというのが話し合った結果である。
 そもそも第三夫人であり、子供は女の子だからだ。
 これが男の子であれば話しは変わってきただろうが……。

 そうして案内された先で騎士が止まり馬から降りたので、こちらも馬車を停止させた。
 使用人とおもしき人が馬車を預かるというので、全員で馬車から降りる。
 それを確認した騎士が、こちらだと言うのでそれに付き従った。

 サーシャとファニーは仲良く手を繋ぎ、辺りをキョロキョロしている。
 その後ろをエルが付き従い、さりげなくアソートもいたりする。
 当然一番前はサイリールが歩いている。

 城の入り口を通り、2階へと案内される。
 城というよりは城砦に近いのではないだろうか、道幅はそこまで広くなく、仮に敵が攻め込んで来ても対応しやすく思える。
 それに中々に中は複雑な作りだ。
 もう何度角を曲がったのか分からないくらいだ。
 とはいえ、サイリールはすべて記憶しているので何も問題はないが、初めて来た人間には覚えれられないだろう。

 そうして案内された客室でしばらく待つ事となった。
 どうやら辺境伯ご自身がおられるようで、こちらへと来るそうだ。
 対外的な評判は知っているが、実際に会うとなるとまた別の話しである。
 愛する子をお渡し……いやお返しするのだ。
 きちんと知っておきたい。
 しかし、相手は貴族だ、それもかなり身分の高い辺境伯で、普段は王都で暮らしている。
 きっと本質を見抜くのは難しいだろう。
 それでも会って話しを出来るのはありがたい。

 そうして待つ事数十分、ノックの音がして、入室する事を告げてきた。
 その言葉を聞いたサイリール達は立ち上がった。
 立ち上がってすぐに扉が開き、まずは先程案内してくれた騎士が入ってきた。
 次に、彼がファニーの父で、辺境伯である、ツェーザルその人であろう、茶色の髪に、ファニーと同じ、翡翠色をした目をした、背は高く細いが、その服の下はしっかり筋肉がついているであろう体型の30代くらいの人物が入ってきた。
 その後には飲み物をカートにのせたメイドが入ってきた。

 ツェーザルはサイリール達の向かい側のソファーに腰をかけるとこちらに座るように促してきた。
 騎士はツェーザルの後ろに立ち控えており、カートを押したメイドが細々と茶器を配膳している。
 もちろん、エルもメイドなので共に座る事はなく、ソファーの後ろに控えている。

 サイリール達が素直に腰掛けて、ツェーザルの言葉を待った。

「今日は遠い所を、亡くなった妻の子を連れて来てくれた事、感謝する」
「いいえ、お連れするのが遅くなってしまい、申し訳ありません」
「いや、それには及ばない。詳細は君からの手紙で理解している。妻が亡くなってしまったのは残念だが、子が無事だったのは本当に喜ばしく思っているのだ」

 そしてついとツェーザルはファニーを見た。

「その子がファニアか?髪は母譲りの美しい金髪だが、目は私に似ているな」

 ツェーザルに見られたファニーは緊張の為かサーシャの手を握り俯いてしまった。

「ええ、その子が閣下のお子です。隣の娘はサーシャと言いまして、姉妹のように育ったもので……」
「かまわぬ。まだ慣れていないのは仕方ない事だろう。だが先程私が入って来たとき、そちらの娘もそうだが、我が娘も見事なカーテシーをしておったな。君が教えたのか?」
「いえ、それについてはエル……エリルさんが教えておりました」
「ほう、そうか。記憶を失っていたそうだな。娘を無事ここまで育てた事感謝しよう。引き続き世話を頼む」

 どうやらファニーの母の実家に帰されずにこのままエルもここでファニーのメイドとして働く事になるようだ。
 ひとまず安心である。

「過分なお言葉、ありがたく思います。引き続きファニアお嬢様のお世話をさせて頂ける事感謝致します」
「うむ。さて、大変申し訳ないのだが、私はこれでも忙しい身でね。後のことはリュッケルトに任せてある。今晩は我が城に泊まるといい。では失礼する」

 そうしてリュッケルトと言われた騎士が軽く頭を下げ、ツェーザルは扉から出て行った。
 それを確認した後、リュッケルトと言われた騎士が改めて自己紹介をした。

「改めまして、アーベル・リュッケルトと申します。この城の騎士団長を務めております」

 まだそこまで年を食っていない、サイリールとそう変わらない20代後半くらいであろう青年騎士はそう告げた。
 若いのに随分と手練れである。身のこなしに隙がない。
 そして最初の時とかなり雰囲気が変わったようだ。
 客として認識されたのだろう、丁寧な口調へとなっている。

「私はハンターランクAのサイリールと申します。彼がアソート、そちらの子がサーシャ、そして、ファニアお嬢様とエリルさんです」

 サイリールがAランクと告げた事で少し驚いた顔をしていたがすぐに表情を戻した。

「では、お嬢様とメイドには別の者に城内を案内させます。お嬢様の部屋もすでに整えられておりますので」
「うん……」
「承知致しました」

 ファニーはやはりあまり元気がないようだ。
 サイリールを見て悲しげな顔をしている。
 そんな表情にサイリールも悲しくなってしまう。

「リュッケルト殿、しばし、お時間を頂いても?最後の別れをしたいのです」
「ええ、かまいません。どうぞ。私は外で待っていましょう」

 彼の言葉にサイリールは感謝を込めて頭を下げた。
 騎士が外に出て行った後、サイリールはファニーをぎゅっと抱きしめた。

「愛しているよ、ファニー。いつも、いつだって、君の事を考えているよ」
「ぱーぱぁ……」

 数分ファニーとの別れの時間を貰い、部屋を出た。
 目元を少し赤くしたファニーはエルと手を繋ぎ、別のメイドに案内されて城の奥へと消えて行った。
 そうしてエルとファニーと別れ、サイリールとアソートとサーシャは城内部の案内をされた。

 防衛の為に見せれない部分や、城の主であるサイドス辺境伯家の家族がいるエリアなどは案内出来ないが、その他の場所などは見せてくれた。
 たくさんの蔵書が置かれた図書室や、見事な庭園など。

 そうして時を過ごし、夕食もファニーとは一緒にとれないが、提供され、城に一泊した。
 翌日朝、朝食を頂いてから城を後にする事になった。

 昨日に引き続きリュッケルトが城門まで送ってくれるようだ。
 使用人が準備してくれていたサイリール達の馬車に全員が乗り込む。
 二人分軽くなったのがとても寂しい。
 チラリと城を見上げたがファニーがどこにいるのかも分からない。
 元気で幸せになってくれる事を祈るしかない。

 そうして城を後にした。
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