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第二百三話 新居での日々(後編)

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 日が傾き始めた頃、職場での就業時間が終わりを迎えた。
 片付けを行うと一緒に働く仲間達に挨拶をして家路へと向かった。

「ただいまー」

 そう声を出して家の扉を開けて中へと入る。
 セイはまだ帰っていないのでシンとしている。

「さて、夕飯の用意をしようっと。今日はセイの好きな物ね」

 今日は、と言ってるがほぼ毎日セイの好きな物しか作っていない。
 セイ自身は好き嫌いもなく、イーナが作ったというだけで全て好きな物ではあるのだが、屋敷にいた時にセイがうまいと言った物や、おかわりをした物などが今の所出している物だ。

 夕飯の材料を台所の片隅に置いてある木箱から次々と取り出す。
 実はこれはセイがこの家に住み始めた時からある物で、サイリールが作った箱である。
 かつてセイ達が住んでいたボロ家にサイリールが置いてくれていた木箱なのだ。
 中は容量が無限で時間が停止される木箱で、忙しく仕事をしていたセイは休みの間にたくさん料理を作って木箱に皿ごといれて仕事から帰ってきたら調理などせずに作り置きを食べていたのだ。
 イーナに会う為に出来るだけ屋敷で夕食をとってはいたが、忙しい時は屋敷に行けず夕食は自宅でとっていたのでこの木箱はそれなりに活躍していた。
 ただ、今はイーナが食糧庫として重宝している。
 野菜も肉もすぐにダメになる牛乳さえも買ったその日のまま新鮮なのだ。

 鼻歌混じりにイーナは料理を作り始めた。
 少し前まで薪や炭を使って竈に火をつけていたのだが、ここ最近どこかの国で開発された火がボタン一つでつき、しかも火力を調整できるコンロという物が竈の代わりに設置されている。
 本来なら高いお金を払ってゴブリンから出る特別な石を購入し、それを燃料とするタイプの物なので平民が持てる物ではない。
 しかも、燃料となるゴブリンの石は消耗品で、それはコンロを毎日使って1年しか持たないのだ。
 しかし、屋敷に導入した直後にサイリールがセイが住む家にやってきて設置したのである。
 そんな話しをセイが苦笑交じりに話してくれた事がある。

 そんな高級なコンロなのだが、コンロに使う燃料はゴブリンの石以外にもダンジョンにいる特定のモンスターから出る永続性のある特別な石が使え、このコンロはその石が使われている。
 イーナはよく分かってはいないが、この永続性のある石はとても希少でまず手に入らない。
 サイリールはダンジョンで大量に手にいれているが、普通はそうそう手に入らないし、手に入っても研究等に使われるか、貴族や王宮などで使われるので市場に出る事はほぼないだろう。
 イーナはどういう構造でどうやって火が出てくるのかは知らないが、とても使い勝手がいいので重宝しているのだ。
 そうして料理をしているとちょうどスープを作っている時に玄関の鍵が開く音がした。
 火を弱め、イーナはセイを出迎えに玄関へ向かった。
 玄関まではそう離れていないので、セイが玄関扉を開けて中に入って来たところで出迎える事が出来た。
 イーナを見たセイは優しく微笑んだ。

「ただいま、イーナ」
「お帰りなさい、セイ」

 そして当たり前のごとく軽い口づけを交わした。

「先に着替えてくるよ」
「うん、後はスープだけだからすぐ出来るわ」
「分かった、ありがとう」

 そうしてセイは部屋着に着替える為に寝室へ向かい、イーナは料理の続きをする為に台所へと向かった。


 そうしてセイと一緒に生活をする事1ヶ月が経った。
 もう二人共慣れたのでお互いの生活ペースも出来つつあった。
 相変わらず、何かあれば口づけを交わしているのだが、イーナは一つ悩んでいた。
 今日はイーナの仕事は休みで、セイは仕事がある日なのでイーナは家に一人でいた。
 サイリールから貰ったティーセットで紅茶を飲みながら、少し溜め息を零す。

「私、魅力ないのかなぁ……」

 そう言ってチラリと自分の胸元に目を落とす。
 そこには大きくはないがそれなりの膨らみがあった。
 イーナの悩みはセイとの夜の営みについてだった。
 結婚したら自然とセイから誘われるとイーナは思っていたのだ。
 だからきちんと覚悟も決めていた。
 引っ越してきて初めての夜、一緒にベッドへ入った時は心臓が爆発するかと思う程ドキドキしていた。
 しかし、セイはおやすみとイーナの額にキスをするとそのまま眠ってしまったのだ。
 その時は、きっとセイがイーナは緊張をしているだろうと、気を使ってくれたんだなと思って何も思わなかった。
 しかしその後、現在に至るまで、セイはキスはしてくれても一切手を出してこなかったのだ。
 愛してくれている事に疑いは持ってはいない。
 だけど、まだ子供だと思われて手を出してこないのかもしれない。
 さすがに自分から誘うというのはイーナにはとても恥ずかしく出来なかった。
 だけど、このまま悩んでうじうじしているとまたリーアに叱られてしまいそうだ。
 イーナはヨシと覚悟を決めるとセイが帰って来たら尋ねてみようと決意をした。

 夜、セイが帰宅し夕ご飯を食べた後に、紅茶を飲んでゆっくりしていた。
 イーナはチラリとセイを見て一度深呼吸をするとセイに声をかけた。

「ねぇ、セイ」
「ん?」
「あの、あのね、ちょっと聞きたい事があって……」
「どうした?イーナ」

 もう一度深呼吸をしてイーナは話し出した。

「あのね……私がここに引っ越してきて、もう1ヵ月経つでしょ?」
「ああ、長いようであっという間の1ヵ月だったな」
「そうだね。それでね、えっと、私達普段、キスはよくするじゃない?」
「え?ああ、まぁ……改めて言うとなんか恥ずかしいな」
「その、ね……あの、こんな事言うのすごく恥ずかしいんだけどね」
「なんだよ?」
「その……私、魅力……ない、のかな?」
「え?」

 イーナの言葉にセイは意図を掴めず疑問の声が漏れてしまった。

「あの、ほら、もう1ヶ月経つけど、セイは全然、その、誘ってこない……から……」

 そう言って顔を真っ赤にして俯いてしまうイーナ。
 さすがのセイも今度はハッキリと意味を理解し、顔を赤くさせる。

「あ……」

 二人共しばし無言になってしまう。
 しかし、セイが無言を破り、ぽつぽつと話し始めた。

 別にイーナに魅力がないとか、まだ子供だからとかそんな事はまったくなく、一緒に暮らし始めてからずっとドキドキしっぱなしだし、初めて一緒にベッドに入った時は寝たふりをしていただけで朝までまったく眠れなかった。
 セイ自身もそういった経験は一切ないので正直どうしていいか分からず、無理に誘ってイーナに嫌われるのが怖くて何も出来なかった。
 だけど、自分の方が年上だし、男だし、ずっと兄として強くあったから、イーナに聞く事も出来ず、かといって恥ずかしくて怖くて誘う事も出来ず、ちっぽけなプライドで大人の男をずっと演じて我慢をしてきた。

「ごめんな、イーナ」
「ううん、私こそごめんなさい。女だからとか、恥ずかしいとか言わずに私から言えばよかった。ずっと我慢させてごめんね」

 その日二人は初めての夜を迎えた。
 イーナにとってはその痛みすらも愛の証のようで愛しくて幸せな時間だった。
 そう遠くない未来には、きっと可愛い子供が出来る事だろう。
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