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追放少女と師匠
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赤ん坊だった凪咲が歩けるようになった頃。
古びた道場の隅で、剣士である老人――師匠の稽古を眺めるのが彼女の日課になっていた。
ある夏の日、雪がわずかに溶け、試し切り用の木製人形に師匠が剣を打ち込んでいた際。
それを眺める幼い凪咲はぽつりと言った。
「わたしも、きれるよ」
師匠は、遊びたがっているのだろうと軽く考え。
少女の小さな手に合うよう短く削った木刀を与えた。
「斬ってみよ」
気軽な気持ちだった。
だが、少女は斬り落とした。
木製人形ではなく、師匠自身の腕を。
鋭い痛みと共に、血が噴き出す。
咄嗟に止血を試みる師匠の前で、少女は表情を変えずこう言った。
「きれたよ」
それから、少女は斬ることに異様な執着を見せ始めた。
犬を見て「斬れる」と言い、
鍋を見て「斬れる」と言い、
大木を見て「斬れる」と言い、
岩を見て「斬れる」と言った。
木刀はすぐに取り上げた。
隻腕となった師匠は、直感的に理解していた。
この子は、本当に、すべてを斬れるのだと。
天賦の才か、異能か。
師匠にはわからなかった。
ただ、自分が拾い育てたこの子が。
人ではない「何か」になってしまうことだけは、どうしても許せなかった。
だから、教えた。
斬ることは恐ろしいことだと、繰り返し繰り返し教えた。
そして、無闇に剣を振るわぬよう、抜刀術ではなく、鞘に収めたままの居合術を徹底して叩き込んだ。
強さを伸ばすためではない。
力を封じるために。
凪咲に「人」として生きてほしいと願ったから。
彼女にその意図を告げたことはない。
師匠と弟子。
ただ、それだけの距離感で、必死に、人としての心を育てようとした。
その甲斐あって、少女は成長した。
滅多に「斬れる」とは言わなくなり、
居合の技も、見違えるほど上達した。
だが、師匠は知っていた。
自分の寿命が、もう長くないことを。
そして、このまま自分が消えれば……。
師匠の脳裏に、幼い頃の凪咲の姿がよぎる。
腕を切り落としても何の感情も示さなかったその姿を。
彼女を元に戻してはいけない。
だから、破門を言い渡した。
「ダンジョンに行け」
あそこなら、人との繋がりもできる。
人間味を失うこともないだろう。
師匠はそれらの意図を何も告げず、背を押した。
去っていく小さな背中に、
聞こえぬように、老人は最後の言葉を呟いた。
「……達者でな」
雪は静かに降り積もり、
すべてを、白く、静かに覆い隠していった。
古びた道場の隅で、剣士である老人――師匠の稽古を眺めるのが彼女の日課になっていた。
ある夏の日、雪がわずかに溶け、試し切り用の木製人形に師匠が剣を打ち込んでいた際。
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師匠は、遊びたがっているのだろうと軽く考え。
少女の小さな手に合うよう短く削った木刀を与えた。
「斬ってみよ」
気軽な気持ちだった。
だが、少女は斬り落とした。
木製人形ではなく、師匠自身の腕を。
鋭い痛みと共に、血が噴き出す。
咄嗟に止血を試みる師匠の前で、少女は表情を変えずこう言った。
「きれたよ」
それから、少女は斬ることに異様な執着を見せ始めた。
犬を見て「斬れる」と言い、
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だから、教えた。
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そして、無闇に剣を振るわぬよう、抜刀術ではなく、鞘に収めたままの居合術を徹底して叩き込んだ。
強さを伸ばすためではない。
力を封じるために。
凪咲に「人」として生きてほしいと願ったから。
彼女にその意図を告げたことはない。
師匠と弟子。
ただ、それだけの距離感で、必死に、人としての心を育てようとした。
その甲斐あって、少女は成長した。
滅多に「斬れる」とは言わなくなり、
居合の技も、見違えるほど上達した。
だが、師匠は知っていた。
自分の寿命が、もう長くないことを。
そして、このまま自分が消えれば……。
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腕を切り落としても何の感情も示さなかったその姿を。
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だから、破門を言い渡した。
「ダンジョンに行け」
あそこなら、人との繋がりもできる。
人間味を失うこともないだろう。
師匠はそれらの意図を何も告げず、背を押した。
去っていく小さな背中に、
聞こえぬように、老人は最後の言葉を呟いた。
「……達者でな」
雪は静かに降り積もり、
すべてを、白く、静かに覆い隠していった。
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