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オルガノン
佐藤美咲の独占欲6
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暫くは、夢のような日々が続いた。
学校が終わって、辛い大会を終えて。
私が旧校舎の音楽室に向かうと、優奈ちゃんはいつもそこにいた。
埃の匂いと、かすかな雨の香りが残る部屋。
その中心で、彼女はピアノの横に座り、私の音を聞いてくれていた。
私が奏でるたび、笑ってくれた。
嬉しそうに拍手して、「もう一回!」ってせがんできた。
優奈ちゃんは、私を人間に戻してくれた。
機械でも器具でもない、音を愛する「わたし」に戻してくれた。
私のヒーロー、優奈ちゃん。
とても、とても大切な人。
想いは日々、静かに、けれど確実に、高まっていった。
でも、終わりは突然だった。
優奈ちゃんは、また引っ越すことになった。
何の前触れもなく、別れの挨拶すらできないまま。
こうしてヒーローは。
旧校舎のピアノを助け出すと同時に。
私の心も救って。
去って行ってしまった。
笑顔も、声も、あの言葉も。
すべて、旧校舎の中に置き去りにして。
高校になって彼女と再会できた。
私はすごく嬉しくて。
放課後、私は迷わず声をかけた。
「久しぶりに、私のピアノを聴いてほしいな」
優奈ちゃんは、すまなそうに微笑んだ。
「ごめん、今日は別の用事があるんだ」
その隣には、私の知らない女の子。
小柄で、表情の薄い顔をした子が、優奈ちゃんの腕を掴んでいた。
「じゃあ、仕方ないね」
私は笑った。
平気そうに振る舞って、手を振る。
「ばいばい」
美咲は今、実家を離れて暮らしている。
マンションでの一人暮らし。
その室内には、防音室が備え付けられていた。
部屋に入ると、そこには優奈と共に直したピアノが置いてあった。
旧校舎が取り壊されるとき、譲ってもらったのだ。
美咲の家は学校に多額の寄付をしていたから、その程度のわがままは簡単に通った。
美咲は鍵盤の前に座り、そっと蓋を開けた。
あの日、優奈に聞かせた曲。
その旋律を思い出しながら、演奏を始める。
けれど。
高ぶった感情のせいか、いくつか音を外してしまう。
「どうしたの、お母さん」
声がした。
美咲は構わず、演奏を続ける。
「別に、なんでもないわよ」
「本当に?」
「ええ」
不思議な会話だった。
この部屋は防音室であり、外から声は届かない。
部屋には彼女ひとりきりで、スマホも外に置いてある。
それなのに、彼女以外の声がする。
幼い女の子のような。
どこか甘く、柔らかい声。
声は続けた。
「何かあるなら言ってね、ボクはお母さんのためなら何でもするよ」
黙って聞いていた美咲の脳裏に今日の様子をよぎる。
(私が誘っても優奈ちゃんは滅多に一緒にいてくれなくなった)
(それもこれも)
(全部全部)
最近彼女に近づく数名の女子生徒の顔が脳裏に浮かぶ。
しばし悩んだ後、美咲は姿なき声に応えた。
「そうね、何かあったら」
発した声は、驚くほど冷たい声音だった。
まるであの頃の、優奈と出会う前の、機械のような美咲に戻ったようだった。
「お願いするかもしれないわ、オルガノン」
部屋の中をピアノの音だけが、低く余韻を引いていた。
学校が終わって、辛い大会を終えて。
私が旧校舎の音楽室に向かうと、優奈ちゃんはいつもそこにいた。
埃の匂いと、かすかな雨の香りが残る部屋。
その中心で、彼女はピアノの横に座り、私の音を聞いてくれていた。
私が奏でるたび、笑ってくれた。
嬉しそうに拍手して、「もう一回!」ってせがんできた。
優奈ちゃんは、私を人間に戻してくれた。
機械でも器具でもない、音を愛する「わたし」に戻してくれた。
私のヒーロー、優奈ちゃん。
とても、とても大切な人。
想いは日々、静かに、けれど確実に、高まっていった。
でも、終わりは突然だった。
優奈ちゃんは、また引っ越すことになった。
何の前触れもなく、別れの挨拶すらできないまま。
こうしてヒーローは。
旧校舎のピアノを助け出すと同時に。
私の心も救って。
去って行ってしまった。
笑顔も、声も、あの言葉も。
すべて、旧校舎の中に置き去りにして。
高校になって彼女と再会できた。
私はすごく嬉しくて。
放課後、私は迷わず声をかけた。
「久しぶりに、私のピアノを聴いてほしいな」
優奈ちゃんは、すまなそうに微笑んだ。
「ごめん、今日は別の用事があるんだ」
その隣には、私の知らない女の子。
小柄で、表情の薄い顔をした子が、優奈ちゃんの腕を掴んでいた。
「じゃあ、仕方ないね」
私は笑った。
平気そうに振る舞って、手を振る。
「ばいばい」
美咲は今、実家を離れて暮らしている。
マンションでの一人暮らし。
その室内には、防音室が備え付けられていた。
部屋に入ると、そこには優奈と共に直したピアノが置いてあった。
旧校舎が取り壊されるとき、譲ってもらったのだ。
美咲の家は学校に多額の寄付をしていたから、その程度のわがままは簡単に通った。
美咲は鍵盤の前に座り、そっと蓋を開けた。
あの日、優奈に聞かせた曲。
その旋律を思い出しながら、演奏を始める。
けれど。
高ぶった感情のせいか、いくつか音を外してしまう。
「どうしたの、お母さん」
声がした。
美咲は構わず、演奏を続ける。
「別に、なんでもないわよ」
「本当に?」
「ええ」
不思議な会話だった。
この部屋は防音室であり、外から声は届かない。
部屋には彼女ひとりきりで、スマホも外に置いてある。
それなのに、彼女以外の声がする。
幼い女の子のような。
どこか甘く、柔らかい声。
声は続けた。
「何かあるなら言ってね、ボクはお母さんのためなら何でもするよ」
黙って聞いていた美咲の脳裏に今日の様子をよぎる。
(私が誘っても優奈ちゃんは滅多に一緒にいてくれなくなった)
(それもこれも)
(全部全部)
最近彼女に近づく数名の女子生徒の顔が脳裏に浮かぶ。
しばし悩んだ後、美咲は姿なき声に応えた。
「そうね、何かあったら」
発した声は、驚くほど冷たい声音だった。
まるであの頃の、優奈と出会う前の、機械のような美咲に戻ったようだった。
「お願いするかもしれないわ、オルガノン」
部屋の中をピアノの音だけが、低く余韻を引いていた。
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