『狭間に生きる僕ら 第二部  〜贖罪転生物語〜 大人気KPOPアイドルの前世は〇〇でした』

ラムネ

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宵と暁

山頂に現れた光の扉を抜けて〜今後こそ、私達は境界線を破ってみせる〜

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日が落ちてきた。蓮くんと会うまであと数時間。

私は小説もスマホもリュックの中に放り込んで数学の参考書を開けた。薄暗くて文字が見えにくかった。ページの文字は霞んで見えたけれど、私の頭の中は妙に冴えていた。今、何をすべきか、心のどこかでちゃんと分かっていた。

「蓮くんと、もう一度あの場所に行く。」

この結論にたどり着くまで、何日もかかるはずだったのに、わずか数時間でそこに至った自分に、私は驚きさえしなかった。

部屋を出ると、峻兄ちゃんが廊下にいた。ちょうど部屋から出てきたところだったらしく、湯気の立ったマグカップを片手に、ちょっとびっくりした顔をした。
「お、出かけんの?」
「うん、ちょっと。」
「またあの山?」
私は黙った。兄ちゃんは目を細めて私を見つめると、ゆっくりマグカップを口に運んだ。何か言いたげな間があったけど、結局彼はそれ以上何も言わずに、こう言った。

「……気をつけてな。」

私はうなずいて、玄関のドアを開けた。夕暮れが街をオレンジ色に染めていた。時間がゆっくりと流れている気がした。空を見上げると、どこかにあの真っ白な蝶がいそうな気がした。
目的地は決まっている。
石碑のある山頂。
そしてその先にある、まだ見ぬ世界。

私は歩き出した。次に開く扉の先に、何が待っているのかはわからない。でも、それを確かめなければ、前に進めない気がした。

オレンジ色の空がだんだん赤くなり始めた。この前蓮くんと待ち合わせた公園には、まだ帰りたくないと地面に寝転がって手足をバタバタさせながら泣きわめく息子を必死になだめている父親の姿。私が電柱を通り過ぎるたびに、カラスの声が頭上を私の進む方向とは反対に飛び去っていく。色んな家を通り過ぎるたびに、色んな香りがしてくる。ここは中華か。あっちはカレーだな。シチューっぽい香りも漂ってくる。

赤い空に紫色が混ざり始めた。今何時だろう。ポケットからスマホを取り出すと、蓮くんから新着メッセージが一通来ていた。
「あの石碑の前で待ってる。」
早く行こう。蓮くんが、私の知らないもう一つの世界が、私を待ってる。
一度立ち止まって、知らぬ間に左のふくらはぎに出来ていた虫刺されを掻いてから、私はあの山を目指して走った。

私の影は見えない。日が沈むあの空へ、一直線に走り出した。額から流れ出た一滴の汗が、スッと後ろに流れていった。

山の入り口には、もう誰の姿もなかった。登山道を照らす外灯もなく、鳥居の奥はまるで世界が終わっているかのように真っ暗だった。それでも私は一歩を踏み出した。足元が見えなくても、心が知っている。蓮くんと歩いた、あの夜の記憶が、私の体をそっと導いていた。

小さな石を踏んで足が少しよろけた。サンダルじゃなくてスニーカーにしておけばよかったと、今さらになって後悔する。でも止まるわけにはいかない。息が白くなるほど気温が下がってきた気がした。風が木々の間を縫うように吹き抜けていく。葉のざわめきがどこかで囁いてる。

「……蓮くん……」
私は声に出してみた。でも、返事はない。懐中電灯もないまま、私はスマホのライトを頼りにして足を進めた。地面はぬかるんでいて、サンダルの底に張りつく泥が歩くたびに重たく響いた。

息が少し切れてきた頃、あの蝶々が現れた。真っ白な翅が宙を舞っている。昨晩よりも幻想的で、光そのものが形を持って羽ばたいているようだった。

その蝶が、また私を導くように山の奥へと飛んでいく。そして―見覚えのある空間にたどり着いた。
暗闇の中に、ぽっかりと浮かぶように池があった。水面が月も星もないはずの夜空を映して、かすかに光っている。あの石碑は、そこに静かに立っていた。

蓮くんは、いた。

池の縁に、背を向けて立っていた。肩のあたりがほんの少し震えているように見える。私は声をかけようとして、やめた。胸がぎゅっと締めつけられる。このまま声をかけたら、何かが壊れてしまいそうで。

「……来たんだな。」
先に、蓮くんが口を開いた。背を向けたまま、でも私の来た音をちゃんと聞いてくれていた。
「うん。」
たった一言なのに、今までのどんな会話よりも意味が詰まっていた。あの夜の続きを、今、私たちは迎えに来たんだ。

蓮くんが、ゆっくりと私の方を向いた。手には、あの青いハンカチを持っていた。
「これ、蓮くんが……持っててくれたんだ。」
私が言うと、蓮くんは静かに頷いた。

「おれも、目が覚めた時には自分の部屋だった。でも、ハンカチがポケットに入ってた。……現実なのか、夢なのか、正直よくわからなかった。だけど――」
「だけど、また来ようって思ったんだね。」
私の言葉に、蓮くんが微笑む。その微笑みを見て、私はやっと、息が深く吸えた気がした。

蓮くんが石碑の方へと歩き出す。
そして、ぽつりと呟いた。

「……次は、開けた向こう側に行く番だ。」

扉はまだ現れていない。けれど、私たちはもう準備ができていた。

光の粒は、今夜もまた、私たちの目に見えない場所で息を潜めている――。
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