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混血の呪
忘れ去られた世界を、「記憶された少年」は歩いていた。
しおりを挟む「僕、宮司っていう人のこと覚えてる。」
圭吾くんが光の環を見上げた。
「あの人は今、向こうにいる。でも、あの世界に蓮お兄さんはいない。記録を開始せよって日下部透に託されたまま。」
圭吾くんが蓮くんの左ポケットに目をやる。
「蓮お兄さん、写真に写ってる人たち、見せて。」
蓮くんが写真のキーホルダーを圭吾くんの手の平に乗せた。圭吾くんの手は、りこちゃんに比べれば大きかったけど、蓮くんの手に重なるとまだまだ子供の柔らかくて綺麗な手をしていた。圭吾くんは写真に写っている男の子たち一人一人を確かめるように眺めていた。光の環はまだカラカラと音を立てて回っている。
「蓮お兄さん、佳奈美お姉さん、宮司龍臣っていう人、まだ向こうにいるのしか見たことないでしょ?」
圭吾くんがまた、光の環の方を見る。それにつられて蓮くんも私も見た。りこちゃんだけが、「ぐうじって誰?」と圭吾くんの方を見ていた。
「僕たちが知っているよりも、沢山世界があって。その世界の中で、そっくりな人間がいるなら。」
圭吾くんが私の方を見る。
「佳奈美お姉さんは僕に少し似てる。蓮お兄さんも、今までに自分と似たような存在がいるっていうことに、きっともう気付いているよね。」
圭吾くんがりこちゃんの方を見る。
「でもね、宮司龍臣っていう人だけ、まだ他の世界にはいないんだ。」
りこちゃんがもう一度、ぐうじって誰?と尋ねる。
「忘れちゃいけない人。」
圭吾くんはそれだけ言って、今度は蓮くんの方を見る。
「だから、探しに行ってあげて。」
蓮くんは圭吾くんの手に乗せられたキーホルダーを、腰を少し屈めて手に取った。蓮くんはしばらく何か考え事をしているようだったけど、ふっと何かを思い出したように顔を上げて私を見た。
「いったん、俺らがいた世界に戻ってみるか。」
「あ、お星さま?」
りこちゃんが指さした先には、光の粒がふよふよと浮いていた。またあの扉だ。
「りこちゃん、あのね。」
りこちゃんの小さな手を私の両手で包んだ。
「私達、少し帰らないといけないんだ。寂しいかもしれないけど、圭吾くんと一緒に待っててくれる?」
私の背後で扉が、草原にゆっくりと着地した音が聞こえた。
りこちゃんは小さく頷いた。でも、その頷きは今にも泣き出しそうな顔の中でぎりぎり保っている強がりだった。私はそれを見て、ぎゅっと彼女を抱きしめた。細い体が私の腕の中で小さく震えていたけれど、泣かなかった。りこちゃんは、泣く代わりに一言だけ呟いた。
「帰ってきたら、圭吾ちゃんの髪、あたしが編んであげるね」
圭吾くんが、少しだけ驚いた顔でりこちゃんを見つめた。けれど、その目はすぐにやさしい笑みに変わった。
光の粒が一つ、二つと増えていく。扉の向こうの世界が呼んでいる。草原に降り立ったその扉は、以前よりも少しだけ柔らかい光を帯びていた。灰色の世界がほんの少し、色を取り戻しつつあるように見えた。
私は蓮くんと目を合わせた。彼も黙って頷いた。
扉の前まで歩く。振り返ると、りこちゃんと圭吾くんが並んで立っている。草原の風がふたりの髪を揺らしていた。どちらもまだ幼いけれど、ここに残る覚悟を持ってくれている。そのことに胸が熱くなった。
私は小さく手を振る。扉の向こうへ、蓮くんと一緒に足を踏み出す。――その瞬間。
「待って」
草原の空気を切るように、圭吾くんの声が届いた。振り返ると、彼がこちらに駆け寄ってくる。
「これ、持っていって」
圭吾くんが差し出したのは、彼が持っていた花びらの破片だった。夜空のように青く、でも端が少し破れていて、それでも不思議と美しかった。
「これは第一王女が遺したもの。わからないけど、多分、この先で必要になる」
蓮くんが受け取り、静かにうなずく。
「ありがとう。圭吾くん」
今度は、圭吾“くん”と、はっきり言葉にして。
そして私たちは、再び扉の中へと踏み込んだ。
世界がぐるりと反転するような感覚。目の前の景色が淡く滲み、音が遠のいていく。
次に私たちが目を開けたとき、そこは――
瓦礫の街の、あの広場だった。時が止まっていたような場所。けれど、何かが少しだけ変わっていた。光の輪の気配が、微かに残っている。誰かがここにいたような形跡。
「……なあ」
蓮くんがポツリと言った。
「圭吾が言ってた、宮司ってやつ。そいつがまだ“どの世界にもいない”って、どういうことなんやろな」
私は答えられなかった。でも、胸の奥で、微かに「それが鍵だ」と確信していた。
だから私たちは、もう一度この世界を歩き出す。忘れ去られた存在――宮司龍臣を探すために。
そして、光の輪が示す“記録”を、もう一度辿り直すために。
「俺さ。」
蓮くんが寂しそうにうつむきながらぽつりとつぶやいた。
「本当は扉の向こうには、俺らがいた世界が、『現実』が待ってるって思ってた。もしかしたらこいつらの中に、宮司龍臣に似たやつがいなかったかどうかを確かめるのを口実にして、少しあの灰色の世界から逃げたくなってしまっていたんだ俺。」
蓮くんが最後に私の方を見て、違ったのかなと泣き出しそうな掠れ声で言った。私も本当は、「現実」に戻るんだと思っていた。私たちがいた世界に、宮司龍臣に似た人がいるんじゃないかって。でも、扉は私たちをこの瓦礫の町に導いた。
蓮くんの足元に、どこからやってきたのか分からない、コンクリートの破片みたいなものがコツコツと硬い音を響かせながら転がってきた。
瓦礫の町には、風が吹いていた。
吹くたびに舞い上がる砂埃は、どこか懐かしくて、どこか遠い。私たちは何も話さずに、ただ黙ってその風の中を歩いた。
「ここ、見覚えある気がする……」
私が呟くと、蓮くんもゆっくりうなずいた。
それは、かつて校舎だったような、商店街だったような、生活の匂いが確かにあったはずの場所の残骸だった。看板の破片、信号の骨組み、自転車のハンドル。ひとつひとつが、ここに人がいたことを教えてくれる。
「俺、ここで夢を見たことあるかもしれん」
蓮くんがぽつりと言った。
「夢っていうか……記憶っていうか。いや、ちがうな。ここ、前に誰かと来たんや。でも、誰と来たのかが思い出せん」
そのとき、遠くから音がした。
ザリ……ザリ……
瓦礫を踏む、誰かの足音。
蓮くんと私は顔を見合わせて、音のする方へと向かった。音の先には、白いシャツを着た少年がいた。細身で、顔立ちはぼんやりとしていたけれど、どこか見覚えがある。
「……峻、兄ちゃん?」
私の口から、思わず言葉が漏れた。でも、その声に少年は反応しない。まるで、こちらの存在が見えていないかのように、ただぼんやりと瓦礫の町の奥へと歩いていく。
蓮くんが私の前に出て、叫んだ。
「おい!お前、名前はなんや!」
でも少年は止まらない。風が強くなり、シャツの裾がふわりと舞い上がった。その背中には、光の輪に似た紋様が、黒く焼き付けられていた。
「蓮くん……見た?」
「……あぁ、見た。あれ、多分“記録”や」
蓮くんがポケットの中から、キーホルダーを取り出した。写真の中の少年たちの顔が、ひとつだけぼやけている。
「さっきまでこんなじゃなかった」
「それって……消えてるってこと?」
「……まだ消えきってへん。だから、急がなあかん」
私たちはその少年のあとを追いかけて歩き出した。ここが“現実”なのか、それとも“記録”の残骸なのかは分からない。
でも、あの少年がまだ「完全に忘れられていない」存在であるなら——
まだ、間に合うかもしれない。
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