『狭間に生きる僕ら 第二部  〜贖罪転生物語〜 大人気KPOPアイドルの前世は〇〇でした』

ラムネ

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混血の呪

呪を身体に刻まれた少年の叫び

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どうして私があの少年を見て、峻兄ちゃんだって思ったのかは分からない。顔が似てたかと言われると分からない。峻兄ちゃんはどこにでもいそうなド平凡な顔だから。

あの少年に浮かび上がる「記録」のしるし。いったい誰があの少年を記録しているの?

あの少年を誰かが記録してしまったなら、あの子も圭吾くんやりこちゃんがそうだったみたいに灰色の世界に行ってしまうのだろうか。

あ。

私の両足が急に重くなった。
「どうしたんよ佳奈美、早よ行かな。」
蓮くんが私を急かすように、どんどん先へとその子の後を追って歩いていく。蓮くんの背中がどんどん遠くなる。

「小説の…成瀬蓮…日下部透に記録を開始しろって言われてた。覚えてるでしょ。蓮くん、さっき今の蓮くんも、小説の中の大学生の成瀬蓮も、きっと大きな魂の一部分みたいなこと言ってたよね。」

蓮くんのサンダルがジャリっと地面と擦れた音がした。

「俺が…あの子を消しかけてる…?」

そう言ったとたん、蓮くんは男の子の後を全力疾走で追いかけた。私も急いでそれについていく。 たった今、一人の男が自分自身によってなされるだろうことを必死に拒もうとしている。

蓮くんが走る砂利道の向こうで、少年が立ち止まった。まるで、追いかけてくるのを最初から知っていたかのように。肩越しに、蓮くんを一瞥する。

夕暮れの瓦礫の町が、まるで一瞬だけ色を取り戻したかのように見えた。どこか遠くで、カン、と鉄が打たれるような音がして、それが合図のように私の足元もふっと軽くなった。さっきまでの重みが嘘のよう。

走り出す。蓮くんの背中がすぐそこにある。

「君……」
蓮くんの声が掠れる。少年はゆっくりと振り返る。その目は、まるで——鏡だった。

その目に映っていたのは、今の蓮くんじゃない。大学生の成瀬蓮——灰色の世界で、名もなき死者たちの記録者だった、あの彼の姿。

「……宮司、龍臣……?」

少年の名前を呼んだとたん、世界がひび割れた。

いや、世界じゃない。空間でもない。それは、記録だった。蓮くんの胸元で、キーホルダーの写真が震える。かすかな風が、記録という名のガラスの板を吹き抜ける。一枚、また一枚と、記憶のなかの風景が崩れ、少年の影がその中をまっすぐ歩いてくる。

「僕は……誰かの記録だった。でも、記録されていない僕も、確かにいたんだよ。」

少年の声は、子どもらしい高音と、底の見えない静けさを同時に孕んでいた。それはまるで、圭吾くんの声の裏側に隠れていたもうひとつの声と、どこか似ていた。
「蓮お兄さん。君が僕を記録しなかったなら、僕はきっと……」

そのとき。私のポケットの奥から、古びた紙片がひらりと舞い上がった。

それは、一度灰色の世界で拾ったはずの、破れたノートの断片だった。名前のないページ。だけど、そこにはこう記されていた。

『宮司龍臣、記録不能。未確定。未定義。』

「……消えなかった?」
私が思わず呟いた。

「ううん。」
少年が、微笑んだ。
「まだ、始まってないだけだよ。」

少年は小学校高学年くらいに見えるけれど、どこかとても大人びていた。

「君は誰」

ヒューヒューと息を切らして肩を大きく上下させながら蓮くんが少年に尋ねる。
「……どうでもいいじゃん」
「違う!」

少年の言葉をかき消すように蓮くんが叫んだ。風が吹いて粉塵が一瞬蓮くんと少年の間を煙みたいに通り過ぎた。
蓮くんはキーホルダーを少年の目の前に突き付けた。
「だったらこれはどうやって説明するんだ。」
蓮くんが人差し指で指しているのは、さっきよりもぼやけてもはや顔の面影すら残っていない、一人の少年の姿だった。
「ここに映っているのは、昔の俺と友達だ。俺は、蓮だ。こいつらの中に、宮司龍臣なんていなかったぞ。」
蓮くんは少年の襟首をつかまんとせんばかりの勢いだった。対して少年は冷静で、静かに蓮くんの言葉一つ一つに耳を傾けていた。

少年はほんのわずかに目を細めた。その仕草には怒りも狼狽もなかった。ただ、あまりにも落ち着いていて、逆に年齢不相応な不気味ささえ漂わせていた。

「そうだね、僕は……写っていない。」

ゆっくりと、少年はキーホルダーの写真を見た。まるでそれを初めて見るかのように、丁寧に視線を滑らせていく。
「でも、それは写らなかっただけだ。」
「写らなかった?」
蓮くんの声が揺れた。
「どういう意味だよ、それ。」
「記録されなかったってこと。ずっと、記録の外側にいた。だから、誰の記憶にも、写真にも、名簿にも、映らなかった。」

そのとき私の中に、圭吾くんの言葉が蘇った。

“宮司龍臣っていう人だけ、まだ他の世界にはいないんだ。”

私の中で何かが繋がった気がした。宮司龍臣は、そもそもどこにも「存在」していない。でも確かに「ここにいる」。

それってどういうこと?

「君は……宮司龍臣なの?」
私は思わず口をついて出た疑問をぶつけていた。

少年はまっすぐ私を見た。その瞳は不思議なくらい深い色をしていた。夜明け前の空みたいな、まだ世界が目を覚ます前の、あの曖昧な色。

「うん。僕が、自分にその名前をつけた。」
「……え?」
「誰もつけてくれなかったから。だから、自分で選んだんだよ。『宮司龍臣』って。」

私も蓮くんも、返す言葉がなかった。あまりに静かに、あまりに当然のことのようにその言葉を口にしたから。

「僕は、誰かが記録してくれないと、世界に存在できないんだ。でも……君たちが“僕を見ている”うちは、ここにいられる。だから、来てくれてありがとう。」

少年の声は優しかった。でも、その優しさの奥には、ずっと一人でいた者にしか持ちえない、深く澄んだ孤独があった。

風が止んだ。

少年の足元から、小さな紙片が一枚、ふわりと宙に舞った。そこにはこう記されていた。

『記録開始 第一対象:宮司龍臣』

それは、誰かがついに、この少年を「見た」ことの証だった。

小さな紙片が風に乗って、空の高みへと飛ばされて気づいたら見えなくなっていた。少年が、宮司龍臣がそれを静かに見送っていた。記録のしるしがさっきよりも濃くなった。
「何でお前だけなんだよ。」
蓮くんが宮司龍臣に詰め寄る。
「俺ら、灰色の世界っていうところに行ってきた。誰からも忘れ去られた人たちがいる場所だ。その人たちにだって、こんなのなかったぞ。」
蓮くんが宮司龍臣の肩を両手で握って、無理やり少年を後ろ向かせた。
「記録してもらえなかったら、忘れられるだって?矛盾してるだろ。」

少年が肩に乗せられた蓮くんの手を柔らかく振りほどいた。

「どうして、写真の中の人が一人だけぼやけているのかも分からないんだ、じゃあ。」

少年が私たちに背中を向けたまま、吐き捨てるように言った。その声は静かだったけれど、その奥に絶望と怒りと軽蔑が混ざっていた。それが、今の蓮くんに向けられたものなのか、それとも別の何かに向けられたものなのかは分からなかった。

「蓮くん、ところで、顔がぼやけてる男の子の名前ってなんなの。」
蓮くんは少年のうなじあたりを睨みながら
「かずって呼んでた。今山一裕ってやつ。」と言った。

とりあえず名前自体には、宮司龍臣っぽさはないな。そう思った途端。


「言うな!」


いったいこの少年は誰を憎んでここにいるんだろう。

少年は、この世の全てを滅ぼしたがっているように見えた。

自分自身も含めて。


何もかも。
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