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海の息
海水浴場で出会った少年が実はネッシーだったんだが。
しおりを挟む海水浴場から徒歩15分くらいのところにあるお手頃なホテルに今夜は皆でそこに泊まることにした。謎の男子も一緒に。
ホテルに着いた。ホテルの入り口の児童扉は、日光を反射してゆらゆら揺れる水面のデザイン。ホテルの床はグレーの石で出来たタイルが整然と並ぶ中、白やピンクの貝殻がセンス良く埋め込まれている。ロビーには大きな噴水を蓋のないドーナツ状の水槽が囲んだものがあって、水槽の中を、さっきりこちゃんが見つけたような小さな魚たちが泳いでいる。
「俺、ここおススメなんだ。それに、皆の予定も聴かずに無理やり泊まらせてしまうから、今晩は無料にする」
謎の男子の言動の節々が、料亭の娘の彗星さんに似ていた。
「無料にするって…」
峻兄ちゃんが人のいない受付で誰か受付をしてくれる人を探している。チーンと呼び出しのベルを鳴らしたが、誰も受付に姿を現さなかった。
「俺が全部管理してるんで」
そう言って男子はエレベーターに私たちを連れていく。峻兄ちゃんは、ただの高校生が一つのホテルを取り仕切っていて、しかもその高校生がバットたちと同じように人間ではない存在かもしれないことに狼狽えを隠し切れないまま、男子の後をついていく。蓮くんが噴水の水槽に泳ぐ魚に魅入っていた圭吾くんとりこちゃんの手を繋いで、私の後ろに並んだ。その後ろにバットたちが並んだ。天井まであるような大きな扉のエレベーター。
ドーン…
深海から聞こえてくるような深くて重い音が床を伝わって心臓に響いた。巨大な扉が時間をかけてゆっくりと開く。扉の向こうは、まるで水族館のようだった。大小さまざまな色とりどりの魚が優雅に泳いでいる。
「どうぞ、乗って」
私たち全員がエレベーターに乗るまで、男子は扉を開けておいてくれた。透明な箱に入れられて、海の中に投げ込まれたみたい。圭吾くんとりこちゃんは、キラキラと目を輝かせてエレベーターの天井を見上げる。おそらく水のない星から来たのであろうエメラルドも、天井に見惚れていた。
「修学旅行で行った水族館以来だな、こんな光景」
バットとウルフも天井を見上げていた。峻兄ちゃんも。蓮くんも。
「佳奈美、見てみろ」
蓮くんに促されて私は天井を見た。
大きなジンベエザメが私たちの真上をゆったりと泳いでいた。逆光の中、ジンベエザメの斑点がわずかに見える。ジンベエザメの姿が私たちに近づき始める。エレベーターが上昇し始めたからだ。ウミガメが、エイが、スーッと視界を上から下に流れていく。ジンベエザメは、何も恐れるものが無いように悠々と泳いでいた。
「綺麗…」
思わず感動のため息をついた私に男子は、そうでしょ、と天井を見上げながら自慢げに言った。
「これが、俺の居場所」
ドーン…
扉が開いた。扉の先は、打って変わってごく普通のホテルと全く同じだった。
「∞号室に案内するね」
ホテルの部屋番号に∞なんて付ける人、初めて見た。
∞号室も、部屋の番号を覗けば本当にごく普通の部屋だった。海らしいデザインというわけでもなく、ちょっとだけオシャレなホテルという程度。エレベーターの光景が夢だったのではないかと思うくらい。
圭吾くんとりこちゃんは、ベッドの上で飛び跳ねていた。峻兄ちゃんが二人の足を掴んで、無理やり靴を脱がせる。バット、ウルフ、エメラルドの三人は、よくあるようなデザインの部屋に拍子を抜かしたような顔で、こげ茶色のソファに腰を下ろしていた。蓮くんが濡れた水着とタオルをカバンから取り出して、ホテルのハンガーを借りてカーテン軸にひっかけている。
…あ!りこちゃんと私の下着…!
「貸して!」
私は蓮くんのカバンを奪い取って女子陣の下着が入った袋だけ回収して蓮くんに返した。
午後六時。私たちを部屋に案内してくれてから部屋を出ていったきり戻ってこなかった男子が、私たちを宴会場に連れて行くと言ってやってきた。りこちゃんは峻兄ちゃんと一緒に魚の絵を描いていた。峻兄ちゃんが黒いペンで描いた魚の形に、りこちゃんが思いっきりはみ出させながら色んな色で塗っていく。圭吾くんは狼姿のエメラルドの銀色の髪を一本一本観察していて、エメラルドは何時間も体勢を変えることができない苦行にひたすら耐えていた。蓮くんとバット、ウルフの三人は、ベットに寝そべりながらぼんやりとテレビを眺めていた。
「夜ご飯を用意したから」
そう言って男子は私たち皆を部屋の外に連れ出した。
太陽が海の向こうに沈んで、淡いオレンジの光がぼんやりと紫色の空を染めていた。
宴会場は1階。私たちの部屋からは3階降りるだけでいい。男子はエレベーターではなく、階段を通って宴会場に案内した。階段は若干電気が青っぽい以外は、ただの階段でしかなかった。
「どうぞ、ここで靴を脱いで」
宴会場は何畳もある畳の部屋。群青色の透明な長い机がただ一つだけ、中央付近に置かれている。座布団は紫色の星空に浮かぶ月の中にクジラの泳いでいるシルエットが施されていて、ちょっと欲しいと思ってしまった。座布団に座って机の柄をよく観察した。机の中に、ガラス細工の小さな魚たちが泳いでいるように埋め込まれていた。
「召し上がれ」
男子は私たちの前に料理を並べ始めた。意外にも海鮮料理ではなく中華料理だった。その中に、魚介類は含まれていなかった。海の近くのホテルの、和風の宴会場で、魚介類のない中華料理を食べる。なんか、男子の行動を深読みしてしまう。
「食べ終わったら、僕の姿見せてあげる」
そう言って男子は宴会場から海に直接行くことが出来る通路の扉を開けて出て行ってしまった。
「…いただきます…」
ピリッと舌に刺激が走る。バットとウルフは真っ赤な料理に興奮が隠せないでいる。エメラルドと圭吾くんたちは、水を飲んでは少し食べてを繰り返していた。蓮くんと峻兄ちゃんが、お互いに意識することなく全く同じ料理を全く同じタイミングで食べているのが何だか面白かった。
蓮くんが大事に残していた餃子の最後の一切れを口に運ぼうと箸でつまんだけど、宴会場の海が見える大きな窓に視線をやると、口を開けたまま餃子をボトリと机に落とした。
「あれ、見ろ」
蓮くんの視線の先。
海には真っ白に輝く大きな月が浮かんでいた。その月に、大きなシルエットがくっきりと浮かび上がる。
あれは、古代の生物図鑑で見た…。
「あいつ、ネッシー…か?」
峻兄ちゃんが蓮くんと全く同じポーズで窓の外の光景にくぎ付けになっていた。
「お兄さん、お姉さん、見て見て見て」
圭吾くんたちが未知の存在に大興奮して、窓にへばりついている。
「あれは、蓮のバスタオルに収まるわけないな」
ウルフが赤唐辛子を丸ごと口の中に放り込みながら、海に続く通路に向かった。
「行こうぜ。あいつの姿を確かめに」
男子が宴会場から海に向かっていった通路を、今度は私たちがぞろぞろと進んでいく。通路はまっすぐ海まで伸びていて、波の音が通路の中を反響する。夜の海の中に潜っているよう。暗い。遠くに見える出口から差し込む月の明かりだけが頼りだった。峻兄ちゃんが先頭。りこちゃんは私に、圭吾くんは蓮くんにしがみついて進んでいく。動物姿になった三人が私たちを追い抜いて、あっという間に出口から海に出て行ってしまった。
海に出た。
波の音が静かな浜辺を揺らすように音を奏でいる。目の前に、「ネッシー」がいた。ネッシーは月の光を見ていた。ネッシーの首は月に届きそうなくらいに高い所にあった。
「…びっくりした?」
波が遠慮がちに引いていく。男子が誰に聴くでもなく、独り言みたいに月に向かって話しかけた。
「デカさには驚いたぞ」
バットとウルフが、ネッシーの顔のところまで高く高く飛んでいった。
「心配すんなー!」
エメラルドが浜辺からネッシーに叫んだ。
「ここにいる人間たちは、お前を拒まない!俺たちと一緒にいることが、何よりの証拠だ!」
エメラルドの叫び声が夜の浜辺に響く。
「…よかった…」
ネッシーがゆっくりと首を動かした。ネッシーが私たちを見下ろしている。図鑑で見たよりも、ずっと迫力があって、どこか優しい首長龍が今、私たちの前にいる。
ザザン…
引いていった波が再び私たちの足を濡らした。
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