61 / 213
引き裂かれた双子の宿命
狼男が初めて涙を流した時〜2人は何も知らない〜
しおりを挟む『リオンドール皇子様!万歳!万歳!』
『クランシーや、こっちにおいで』
『そなたは大切な跡取りだ、リオンドール』
サファイヤが見せてくれる記憶は、どうやら声だけのものから始まるらしい。
コポコポ…
空気の層の外を水が流れていく音。
真実を示し裁く像よ、私たちに見せてください。
王国の真実を。
ズウゥーン…
像が返事するように、地球の底から聞こえてきそうな深い音が聞こえた時、見え始めた。
視点は相変わらず、取り壊される前の彫刻の像のようだ。宮殿の5階くらいのベランダに、焦げ茶色の豪華な軍服に身を包んで、堂々と胸を張って宮殿の広場に群集に手を振っている20歳くらいの青年がいるのが見える。
金色の瞳。茶髪に何本か金色の毛。
それは、間違いなく、双子の片割れのうちの一人だった。
群集は国旗と思われる旗を振って、5階にいる皇子を見上げている。何とか一目だけでも皇子を見ようと、群衆が押し合いへし合いしている。群集の顔は歓喜に満ちている。王国の将来が、自分達の生活が、金色の瞳をした皇子に委ねられていることに歓喜している。
『リオンドール皇子様!』
群集は絶えず皇子の名を叫んでいる。皇子が群衆に微笑んだ。威厳に満ちた表情。
『万歳!リオンドール皇子様、万歳!』
群集の歓喜に満ちた声が、王国を揺らす。太陽に照らされて、群衆に歓迎されて、金色の瞳を持った「リオンドール皇子」。彼は、ライオンの顔の勲章を胸に付けていた。
ライオンもドラゴンと同じように、聖獣扱いなのかな…。
私は群衆の顔を一人一人丁寧に確認した。でも、朱色の瞳は見当たらなかった。
いったい、どこにいるんだろう…。
『クランシーや、こっちにおいで』
お婆さんの優しそうな声。
「クランシー」が、朱色の瞳のあの赤ちゃんなの?
『はい』
この声、聞き覚えがある…。
視界がぼやけ始めて、群衆の叫び声が遠のいていくと、灰色の土で作られたような四角い空間が見え始めた。今回も、天井から見下ろしている視点。
今見えているのは、色々なところにクモの巣が張っている灰色の狭い部屋だった。部屋の隅に、今にも足が折れてしまいそうな低いベッドにお婆さんが横たわっていて、若い青年がお婆さんの手を握っているのが見える。お婆さんは顔色が悪くて、息が浅くなっている。今にも寿命を迎えようとしているようだ。若い青年の後頭部しか見えない。だけど、茶髪に何本か混ざっている朱色の髪。
この青年が、あの朱色の瞳の赤ちゃんだった人…。
『クランシーや、わしはもう長くない』
『そんな寂しいことを言わないでよ、お婆さん』
「クランシー」が骨の浮き出たお婆さんの手を両手で優しく包んだ。
『俺、お婆さんと一緒にいたい。一緒に色んな所に旅したいよ』
「クランシー」の声には嗚咽が混ざっている。お婆さんが涙を流しているだろう「クランシー」の顔を撫でる。しわがいっぱいの手で。捨てられた赤子を一人で育て上げた手で。
『わしは朱色の瞳が大好きじゃよ。わしは息子を80年も前に亡くしてな…十分に食べさせてやれなかった。だから、お前が大人になってくれて、本当に心から幸せじゃ。…息子が迎えに来たようじゃの…』
『お婆さん!お婆さん!』
お婆さんは息も絶え絶えに「クランシー」の頭を優しく撫でると、息絶えてしまった。顔には笑みが浮かんでいる。「クランシー」はお婆さんを何度もゆすって、目を覚ましてほしいと叫び続けた。でも、お婆さんがもういなくなってしまったことを受け入れたのか、泣き疲れたのか、溜息をつくと天井を仰いだ。涙が沢山流れた後が見える。朱色の瞳が、涙で潤っている。
「クランシー」は、間違いなく「リオンドール皇子」の双子の片割れだ。
瞳と髪の色さえ違っていなければ、誰が別人だと信じようか。
私は「クランシー」を知っている。
声も、顔も、瞳の色も。
ウルフが言っていたように、この人は、ウルフたちを守ろうとした、あの男の人だ…。
「みんな、一回休憩しよう」
サファイヤが岩のところへと歩いていく足音がする。ウルフの息遣いが激しくなっている。目を開けると、圭吾くんが一生懸命に背伸びしながらウルフの背中をさすってあげていた。
「みんな、こっち来て」
サファイヤが岩の上でノートを広げて待っている。
「ここでいったん思いついたことがあれば、書き出していこうと思うんだけど」
蓮くんがシャーペンを握ってノートの前に腰を下ろした。目が爛々と光っている。これは、蓮くんが何かに物凄く集中しているときのサインだ。
「朱色の瞳の男が、ウルフたちを助けた男だっていうことは確定だと思う」
全身に力が入らないのかウルフがフラフラと倒れそうに歩いているのを圭吾くんが何とか支えて岩に向かってきている。先にサファイヤと一緒にノートの前で待っていたエメラルドがそれに気づくと、圭吾くんを手伝いに岩を離れた。
『事実③朱色の瞳=ウルフたちを守ろうとした男=クランシー』
『事実④金色の瞳=リオンドール皇子』
蓮くんがノートにその2行を書き終えた頃、ウルフたちが岩に着いた。エメラルドと圭吾くんが、力が抜けて上の空になっているウルフを蓮くんの隣に座らせた。
「ウルフ?」
蓮くんがウルフの目を伺うようにうなだれているウルフの顔を覗き込んだ。ウルフの目の焦点が合っていない。
「もしかしてさ」
エメラルドが再び目から光を発すると、ノートに蓮くんの手とシャーペンの影がにゅっと伸びた。
「ウルフたちを助けた男…朱色の瞳のクランシーっていう人、育ててくれたお婆さんのためにもウルフたちを助けようとしたんじゃないかな」
蓮くんがエメラルドの話していることを『推測③』として書き始めた。
「お婆さん、自分の息子を餓死させてしまったって言い遺しただろ。ウルフとバットも孤児で飢えていた。それにクランシー自身も生まれて間もない頃に餓死していたっておかしくない境遇だった。お婆さんの亡くなった息子のため、そして自分のためにウルフたちを助けたんじゃないか?あの、国王の奴…クランシーの瞳の色を忌み嫌ったけど……」
ポタ…
ノートに一滴の雫が落ちた。蓮くんの書いた文字が少し滲んでいる。今までずっと理論的に謎を解き進めてきたエメラルドが、初めて涙を流した。
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる