63 / 213
引き裂かれた双子の宿命
神に導き〜兄の懺悔と弟の無垢〜
しおりを挟む私はゆっくりと目を開けた。
コポコポ…
ドーン…
「記憶の内容を整理しよう」
蓮くんがシャーペンを握った。
「みんな、何か考えたことは無い?」
サファイヤが皆に意見を伺っている間に、蓮くんが先に夢でのことをノートに書き連ねていた。
『事実④リオンドール皇子はクランシーの存在を獅子王様から聞いて受け入れようとした⇔国王はクランシーを認めない』
『事実⑤朱色は王国では滅ぼしの象徴=クランシーが王族から排除された理由』
シャーペンの芯がノートの上を滑らかに滑っていく。
「俺さ、気になることがある」
ウルフはもう、うなだれていなかった。目は真っすぐ、正面を向いている。クランシーの過去を見る覚悟を決めたようだ。
「どうして獅子王様はリオンドール皇子の夢で、クランシーの存在を仄めかしたんだろう。自分が死ぬきっかけになった朱色の瞳を持つ人間を、俺なら殺したいとまでは思わなくても、受け入れる勇気はない。クランシーを捨てたあの国王、最低な奴だけど、かつて立派な君主の命を奪った色に対して恐怖心を抱いてしまう気持ちは分かるんだ」
蓮くんはウルフが話している間、バットが前に書いてくれた【確かめること】リストに、ウルフが気になっていることを書き加えた。
「今のところ、リオンドール皇子とクランシーで記憶を共有しているような描写は無いな」
エメラルドがノートを目で照らしている。
「そろそろ次の記憶を見せようと思う。急がないと、りこちゃんが怪しみ始める。疲れたから寝るって言っても、丸一日眠っていたらさすがに違和感を抱き始めるだろ。たぶん、現実では今頃ちょうどお昼ごろだ。出来れば夕飯までには一度、現実に帰ろうと思う。夕飯の美味しそうな匂いで目が覚めたって誤魔化せるようにな」
私たちはサファイヤに指示されて、再び目を閉じた。
ズウゥーン…
『弟よ』
『お前が俺の兄?』
『そなたの瞳は美しい』
『近寄るな!』
『愛したい』
全く同じ声が立て続けに、支離滅裂なことを頭の中で叫んだ。
『龍王様』
リオンドール皇子が私を見上げている。
いや、そうか、記憶は像目線だから、リオンドール皇子は像に向かって話しかけているんだ。
国王と揉めた後だろうか。リオンドール皇子が少し疲れて見える。
『昨夜、獅子王様からお告げを頂きました。私に、朱色の瞳を持つ弟がいると』
リオンドール皇子の金色の瞳から、彼がどれだけ真剣にクランシーを受け入れようとしているかが手に取るように分かる。リオンドール皇子が、像の足元に口づけをした。
『龍王様、どうか、獅子王様のお命を奪った色を愛する私をお許しください』
そう言ってリオンドール皇子は、宮殿の中に何事もなかったかのように入っていった。しばらくすると、見覚えのある毛布で顔を隠した人物が、辺りを注意深く警戒しながら出てきた。顔は暗くてよく見えなかったが、金色のものが奥の方で光っている。
リオンドール皇子だ。
どこから手に入れたのか、リオンドール皇子はボロボロの庶民服を身にまとっていたが、動作の一挙手一投足が上品で高貴な身分であることが隠しきれていない。リオンドール皇子は衛兵の目をかいくぐって、城下町らしきところへ歩いていった。おそらく、クランシーに会いに。
『おーい、クランシー。運ぶのを手伝ってくれんか』
『任しておきな、おっちゃん』
知らないおじさん声と、リオンドール皇子と全く同じの声がしたかと思うと、私は民宿のような質素だけどなかなかにセンスの良い小さな建物を見下ろしていた。
『今回のお客様、荷物を大量に持ってきやがった』
クランシーが60歳くらいのおじいさんと一緒に、大量の荷物を宿に運んでいる。朱色の瞳には、自分が排除された存在であることを知らず、純粋に今の庶民の生活を楽しんでいるようだ。
『いててて、腰が』
『大丈夫かー?』
クランシーが宿泊客だと思われる団体と楽しそうに話している。
この人が、いずれ、憎まれ処刑されるなんて。
今、楽しそうにしゃべっている人たちに、罵詈雑言を浴びせられながら殺されるなんて…。
『あれ、クランシー、お前に双子の兄弟なんていたか?』
腰を押さえていたおじいさんが、人々で混みあっている市場の方を指さした。
『兄弟?いないけど。俺、お婆さんと二人で暮らしてきたからさ』
クランシーが市場の方に視線を向けた。おじいさんは、宮殿から城下町に続く道を指さしている。
まさか…。
『もし、ここに朱色の瞳を持つ者はいないか』
…リオンドール皇子だ。
『なんだ?どっかで見たことのある顔だな』
『お前、俺にそっくりだな!びっくりした』
『生き別れの兄弟じゃないか?』
『まさかー』
クランシーたちがリオンドール皇子を囲んで勝手にしゃべっている。リオンドール皇子がクランシーの朱色の瞳に気が付いた。
『我が…弟よ。獅子王様…お導きに感謝いたします』
『…は?』
瞳と髪の色だけが違う全く同じ顔の人間が、出会ってしまった。
『俺の兄?ふーん、お前は誰に育ててもらったんだ?俺はな、今はもう死んじゃったけどお婆さんに育ててもらったんだ。まあいいや、うちで何か食ってけよ。良いだろ、おっちゃん?』
そう言ってクランシーはリオンドール皇子の手を雑に引いて民宿の中に入っていった。
『お前、名前は何なんだよ』
クランシーはリオンドール皇子を木製の円いテーブルに座らせて、お茶らしきものを準備しながら話しかけた。
『私は…リオンドールだ』
クランシーの手がピタリと止まった。クランシーが目を丸くしてリオンドール皇子を見る。
『お前、獅子王様の名前を付けられたのか?!すっげーな』
クランシーは相手が王国の皇子であることにすら気付かず、コップをリオンドール皇子の前に置いた。コップの中の飲み物が揺れている。
『あれ?その毛布、俺も持ってるぞ』
クランシーはリオンドール皇子の頭を覆っている毛布を見ると、皇子をその部屋に待たせてどこかへ行ってしまった。
『ほら。俺がくるまれていたらしい。お婆さんが言っていたんだ』
クランシーが部屋に戻ってきて、リオンドール皇子に渡した。全く同じ毛布。二人が生まれた日の記憶で見た、あの毛布だった。
『…すまなかった!』
手渡された毛布をしばらく黙って眺めていたリオンドール皇子が突然、土下座をするようにクランシーにひれ伏した。顔が汚れることすら厭わず、床に額を付けていた。
『な、な、なんだよ。なんで謝るんだよ』
クランシーは慌てて部屋を見回して、部屋に誰もいないことを確認すると、部屋の扉に鍵をかけた。
『私はそなたの兄だ。獅子王様のお導きでそなたに出会うことが出来た』
『とーにーかく、顔上げろって!』
クランシーがひれ伏すリオンドール皇子の顎を、雑に手で上げた。リオンドール皇子の金色の瞳から涙がとめどなく流れている。
『なんで泣いてんだ』
クランシーはまだ、目の前の男が自分の兄であることに気付いていない。
クランシーはまだ、自分が王家の血を引いていることを知らない。
『そなたの瞳は美しいではないか。生命の輝きのようではないか』
戸惑った表情のクランシーを、リオンドール皇子がクランシーの目に魅入りながら頬を撫でた。
『すまないことをした…』
リオンドール皇子がクランシーを固く抱きしめた。もう、誰にも、捨てさせないという意思を感じた。涙を流す金色の瞳を、何も知らない朱色の瞳が困惑しながら見ている。
『お前、誰だ。何者だ』
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる

