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夏に散った桜
死者でもなく生者でもない少年少女
しおりを挟む「桜大…?」
峻兄さんの視線の先には、10歳くらいの少年が俺たちの方を向いて、墓石の近くに立っていた。足が見えない。
こいつが…。
『久しぶり』
少年は自分よりも背の高い蓮に近づくと、優しく笑った。
『大きくなったな。蓮。佳奈美は元気か』
「…はい」
少年は見た目こそガキだが、雰囲気は正直峻兄さんよりも大人びている。
『初めまして』
少年が俺たちに気付いた。
『お前が好きそうな奴らだな、峻』
こいつ、俺たちの正体に気付いてやがる…。
「桜大、お前に聴きたいことがある」
峻兄さんが墓石の側面に立って、そこに眠る人の名前を確認している。
「ここに彫られてる…圭悟と莉香は…誰だ」
圭吾と、りこ…!
桜大は足音も立てずに峻兄さんの横に立って、一緒に彫られた名前を見つめた。
『俺の弟になるはずだった子と、俺の妹。今、峻たちと一緒に過ごしている子供達だよ』
蓮の全身が震えている。カタカタと歯が鳴る音がする。峻兄さんは覚悟が決まっていたのか、震えることもなく、墓石の側面を凝視している。
「りこと圭吾は…死んでいる…のか?」
エメラルドは圭吾を他の誰よりも可愛がっている。エメラルドの狼の血が騒ぎ始めている。目は緑色に爛々と光り、鋭い牙で唇を嚙んでいる。真っ赤な血が唇から流れている。
『本当はね…だから、返して』
エメラルドが桜大に飛び掛かった。桜大が地面に押し倒されてエメラルドの下敷きになっている。
…あれ、桜大にも身体がある…?
エメラルドは食い殺さんばかりの勢いで桜大の顔を睨んでいる。
「圭吾たちを殺すな!」
エメラルドが桜大を睨んだまま、俺を指差した。
「ここに死者の匂いを感じ取れる奴がいる。でも、そいつは圭吾たちから死者の香りはしないって言ってる」
エメラルドは俺を指差していた手で、今度は桜大の胸を叩いた。
バシンッ
「お前だって身体を持っているじゃないか。お前は死んだんじゃないのか?どういうことだ!」
「ちょっ、待て」
エメラルドの言っていることはほとんど合っているけど、何かがおかしい。
「桜大、お前からはちゃんと死者の香りがする…」
桜大は、死者であり生者…?
どういうことだ。
峻兄さんと蓮はエメラルドを止めることもなく、傍から二人の様子を見守っている。
『そう、俺は死んでる。本当は峻と同い年。でも今は圭悟より年下。だから不思議な感じがするんだ』
桜大は冷静にエメラルドを手で軽く押して、お尻の砂をパッパッと払って立ち上がった。
『だけどね、俺のことを生きているって思っている人がいるんだ。俺の両親。三人の子供を立て続けに亡くして、耐えられなかったんだろうな。死後もなお、心のどこかで俺たちが生きているって思い込んでる』
峻兄さんは桜大の頬を撫でた。
「痛くないか…?」
『…痛かったよ。でも今は楽』
空から何か赤いものが舞ってきて、それが蓮の足元に落ちた。桜大はそれを拾った。
『峻、お前らはこの子を探しているんじゃないか?』
…楓の葉!
桜大はフッと少年の笑みを浮かべた。
『俺にも手伝わせてよ。この子を探すの。それには…母さんと父さんに俺たちの死を受け入れてもらわないと。だから、俺の弟と妹を二人に会わせないといけないんだ』
桜大はエメラルドの前に立った。エメラルドは牙を剝き出しにして、桜大をきつく睨んでいる。
『殺すなんて物騒な言い方はやめてくれ。一度帰るだけだ。また戻ってくるさ、三人で』
桜大はきっと、俺たちの知らない世界を知っている。
…このこと、どうやって佳奈美さんに伝えよう…。
「待ってください、桜大兄さん」
今まで一言も発さなかった蓮が、エメラルドと桜大の前に立った。震えは収まっている。
「圭吾は、流産した後に王国に転生しました。今、俺の友達が王国にいた頃の記憶を確かめてるところなんです。俺の友達は、楓の名前を聞くたびに、返せって怒りに狂い出すんです。楓の居場所をまず教えて下さい。それさえ分かれば、大部分の謎は解決できるはず。そのために圭吾とりこを見届ける必要があるなら…覚悟します」
エメラルドが蓮を殴ろうとした手を、峻兄さんが腕で止めて守った。
「いつか、あなたも圭吾もりこも戻ってくるなら、それで良いんです…」
桜大は真っすぐ蓮を見つめている。
『蓮、佳奈美と仲良くしていけよ』
…なんでこいつ急にそんなこと言い出すんだ。
桜大が蓮を見上げて話し出した。
『楓はね、俺の母さんと父さんのところにいる。俺が何歳で死んだか分かる?ちょうど楓と同じくらいの年齢。楓を俺と思い込んでる。顔はね、正直全然似てない。だけどさ、自然界では我が子を失った動物が他の動物の子供を実の子供として育てることがあるって知ってるか。雌ライオンがガゼルの赤ちゃんを世話したりな。そんなもんだ』
桜大が峻兄さんに向き合った。
『俺たちは兄弟揃って、生者としても死者としても取り扱ってもらえない中途半端な存在だ。このままでは、生まれ変われない。圭悟が王国に転生できたのは、俺が認めたからだ。俺の弟が死んじゃったって。でも、俺たちが全員死んでからは、俺たちの死を認めてくれる人はいなくなった。峻、お前もだろ?お前だって、本当に俺の死を受け入れてくれたなら、毎年誕生日にもう繋がらない俺のスマホに会いたいなんてメールを送る訳ないもんな』
「悪かった…忘れたくなかった…なのに、俺は大切なことを忘れてしまってた。お前が莉香のことをどれだけ楽しみにしてたか…どうして…」
峻兄さんが小さな子供みたいに泣きじゃくり始めた。蓮も俺もエメラルドもどうすればいいか分からなくて、右往左往するしかない。だけど、桜大は違ってた。地面に座り込んでしまっている峻兄さんの頭を撫でで上げている。
『良いよ。お前だけだから、同級生の中で最後まで俺を覚えていようとしてくれたの。人間の記憶なんて、限られたものだよ。…峻、この話は俺が直接佳奈美にする。弟と妹の責任を、兄である俺が負ってやらないと』
楓を探すたびに、新しいメンバーが加わった。だけどきっと間もなく、三人離脱する。
…いつになってもいい。ちゃんと戻って来い。桜大、圭悟、莉香…。
『ウルフ!』
バットから交信が来た。
『すぐに戻れ!りこが消えかけてる。圭吾もだ!佳奈美さんが発狂しかけてる!』
りこが…消え…る…!
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