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夏に散った桜
彷徨う霊魂の目的は〜仲間の誰かが死者だったかもしれない〜
しおりを挟む「佳奈美。夕飯は何が…」
峻兄ちゃんが台所から玄関にやってきた。
「…泣いてたな」
私が台所に入る時に、峻兄ちゃんが私の耳元で、低い声で囁いた。
夜ご飯までの五時間。本当なら、圭吾くんを除いた王国組でもう一度王国の記憶を見に行く予定だったんだけど、私と蓮くんの様子がおかしいことに気付いた王国組が、予定を明日にずらしてくれたのだ。
「連日はさすがにね。精神的にも、身体的にもしんどいし。大事よ、休憩は」
サファイヤが金魚と一緒に水槽の中を泳いでいた。水槽から人の声が聞こえてくることに、全く動じない自分がいる。
慣れたから?
いや、信じたくないことがあるから。
圭吾くんとりこちゃんは、近くの空き地で鬼ごっこをして遊んでいる。バットは扇風機の前で畳にうつぶせになっている。エメラルドは、バットの隣で窓から子供たちの様子を見守っている。峻兄ちゃんは、畳に寝転がりながらスマホをいじっている。
「みんな…」
『ん?』
蓮くんの声にみんなが蓮くんに振り向いた。
「やめて!」
私は蓮くんが皆に何を相談しようとしているかが分かった。アパート全体が揺れてしまいそうなほどの私の叫び声に、男子陣が目を丸くして一斉に私に振り向く。
「やめて、話さないで!りこちゃんが消えちゃう!」
シン…
畳の部屋が静まり返る。子供たちの遊ぶ声が空き地から聞こえてくる。
「どういう…こと」
峻兄ちゃんがスマホをいじるのをやめて畳の上に置くと、身体を起き上がらせた。
「皆、りこってさ…生きてると思うか…?」
シン…
「やめて!」
「佳奈美!」
蓮くんが私を抱きしめて落ち着かせようとした。でも、私の身体が変。蓮くんを殴ったり蹴ろうとしたりしようとしている自分がいる。
「佳奈美、落ち着け」
峻兄ちゃんが私を蓮くんから引き剥がすと、私を後ろから抱きしめてお腹をポンポンと優しく叩き始めた。
「消えちゃう…やだ…」
私の身体が変。涙が止まらない。腕が震える。
「あ」
蓮くんが洗面所へタオルを取りに走った。
「大人しい佳奈美さんが失禁するって…何があったの」
蓮くんとバットで畳を拭いてくれている。峻兄ちゃんはお腹を優しく叩いている。
「佳奈美さん…ごめんね。少しだけだから」
エメラルドが私の目の前で、何か印のようなものを結んだ。
眠い。瞼が重い。峻兄ちゃんの身体が暖かい。
そういえば、昔、私がママとパパに激怒された時にも、峻兄ちゃん、こうやって慰めてくれたなあ…
✮✮✮✮✮✮✮✮✮✮✮✮✮✮✮✮✮✮✮✮✮✮✮✮✮✮
佳奈美さんが眠り始めた。蓮は拭いたタオルを洗面所で洗って、畳の部屋に戻ってきた。
「蓮…りこが生きてるかどうかなんて…どういうことだ」
エメラルドの瞳がいつも以上に真面目だ。
「匂わないよな、ウルフ」
バットが俺を見た。そう、俺たち吸血鬼は、死んだ人間の匂いが分かる。だけど、りこからはその匂いがしない。
「…なんとなく…峻兄さん、今から桜大さんのお墓に連れて行ってくれませんか。お墓に「莉香」の名前が無いかを確認したいんです。なかったら、俺の嫌な想像で済む…」
「佳奈美はどうする」
バットが佳奈美さんを起こさないように、そっと峻兄さんから離させて畳の上に横たわらせた。
「俺が佳奈美さんの面倒を見ておいてやるよ。家に俺くらいいないと、圭吾たちが空き地から帰ってきたときに佳奈美さんを見てびっくりするだろ。ウルフ、お前は蓮たちと行け。それで目にしたことを、俺に交信して伝えろ」
蓮が心配そうに佳奈美さんを見たあと、不安な面持ちでりこたちがいる空き地に視線を向けた。りこの笑い声がする。
「佳奈美が言うように、りこが消えてしまわないかって…」
「大丈夫、俺が見ておいてやる。異変が起きたらすぐに知らせる」
バットはそう言って俺たちを送り出した。
「峻兄さん、案内をお願いします」
「…こっちだ」
何かが俺たちの前を風に吹かれて通り過ぎて行った。ピンクの花びら。
は?
この季節に?
その時俺は、今から俺たちが向かう墓に眠る少年の名前を思い出した。
桜大…お前か。
その花びらは、俺たちを導くように雑木林のほうへ飛んで行った。
風は吹いていないのに、花びらは自我を持っているように俺たちを雑木林の奥へ奥へと導いていく。峻兄さんも、エメラルドも、蓮も花びらの存在に気付いていた。
「お兄さん、あの花びらって」
「ああ、多分あいつだ。俺があいつの夢を見た時も、リビングの窓の外を花びらが舞っていたんだ」
雑木林の中は存外静かで、涼しささえ感じる。そうこうしてるうちに、雑木林の奥にお墓が寂しく並んだ墓地が見えてきた。
「あそこだ」
三人が墓地に向かって歩いていく。
…この匂い!
「おい!」
三人が俺に振り向いた。
「何だよ、ウルフ」
どう形容すれば良いか分からないけれど、匂う。間違いない。
「…死者の香りがする」
『峻』
一つの墓石から少年の声がした。まだ声変わりする前の、幼いガキの声だった。
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