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静かなる暴走
ただいま〜いつの間にか地球に戻ってました〜
しおりを挟む俺は目隠しを外した。見慣れた天井に見慣れた壁。アパートの寝室だった。時計の針は6時を指している。
俺達はいつの間に地球に戻ってきたんだ?
「一裕さん…獣神国と澄白国…どうだった?」
俺の隣に横たわっている一裕の顔を彗星が覗き込んでいる。
「翠ちゃん!」
一裕は横たわったまま彗星を自分に抱き寄せた。その様子はまるで、彗星も自分も生きていることを確認しているようだった。
「一裕さん…」
彗星は俺達が見てきた、一裕と彗星の死の真相を知ってか知らずか、隣から俺に見られていることにも構わず2人は堅く抱きしめ合っていた。
俺達はいつ地球に戻ってきたのだろうか。
フロストは何処にいった?
アドルフとランドルフは今、どうしてるんだ?
寝室にエメラルドとサファイヤの姿が見当たらない。俺は彗星と一裕に軽く挨拶して、2人を探しに台所に行ってみた。
「あ、おはよう」
台所では佳奈美と蓮が味噌汁と白米を朝ご飯に食べている途中だった。峻兄さんは新たなレポートの課題を終わらせるのにリビングに一人で籠もっていて、バットは鉄分補給サプリを取りに自宅に一度戻ったらしい。
「エメラルドとサファイヤは?」
俺は木製の御椀に味噌汁を入れて、冷蔵庫からプチヨーグルトを取り出して机に置いた。
「サファイヤなら畳の部屋で涼んでるけど、エメラルドは知らないな~。寝室にいなかったの?」
リビングにも寝室にも畳の部屋にもいない?
あいつ、マジで何処に行ったんだ?
俺は朝ご飯を食べる前に、ひとまず畳の部屋に向かった。
「あ、ウルフ。起きたんだ」
サファイヤは珍しく魚姿ではなく、人間姿で畳に横たわって、左手に持った団扇で顔を仰いでいる。
「サファイヤ、エメラルド知らないか?」
台所の方から、朝ご飯は食べないのかと蓮が声を掛けてくる。
「エメラルドなら、フロストとアドルフの3人だけで話したいことがあるから先に帰ってきてくれって頼まれたんだ。お昼前には帰ってくるんじゃない?」
団扇のパタパタと扇ぐ音が、風鈴の涼しい音と若干ズレて聞こえる。
「お前、朝ご飯はもう食べたのか?」
サファイヤは今朝、誰よりも早く起きてしまって、朝ご飯を食べ終えても誰も起きてこなかったから暇で死にそうだったらしい。台所から味噌汁の香りが漂ってきて、俺の鼻を撫でていく。正直、檻の記憶に関して気になることはまだ少し残っているんだが、俺は朝ご飯を食べに台所に向かった。
「おい、ウルフ」
一裕は彗星と並んで、俺の横で朝ご飯を食べていたが、先に食べ終わった彗星が歯を磨きに洗面所に行っている間に、一裕が俺に耳打ちしてきた。
「彗星が死の真相を知りたがってるんだけど、言ったほうが良いかな…?」
彗星は今回でさえ、地球人を愛したことで澄白国からは無かったことにされた。それだけで彗星にとっては辛いことの筈だ。
ましてや、楓を産んだ彗星が、自分が王族や国民の記憶を操作して妊娠を誤魔化したり、自分の死後には「一裕に暴行されて亡くなった」という不名誉な嘘を公式に発表されたりしたと知れば、どれだけ傷付くだろうか。
それに、自分の家族が喜んで一裕を殺そうとしたと知れば、どれだけ憤るだろうか。
自分の愛した一裕が、名前も知らない一人の澄白国人が身代わりになってくれたおかげで死なずに獣神国まで逃げたと知れば、愛した人が死なずに済んだ喜びと、本来王族の一員として守るべきだった国民を一人殺してしまった罪悪感に板挟みになって苦しむに違いない。
「一裕…彗星は…楓を産んでそのまま失血死で亡くなったとだけ伝えろ。それ以外は…やめておけ」
彗星が歯磨きを終えて、台所に戻ってきた。一裕は彗星に気付かれないように、俺に小さく頷いた。
「一裕さんってば、教えて?もう一人の私がどうやって死んだのか。私、怖くないから。楓についても知ってるんじゃないの?」
一裕は彗星に身体を揺さぶられても、固く口を閉ざしたままだ。
「ウルフさん、如何だったの?」
そう来たか。
俺はてっきり、一裕の胸に抱かれながら教えてもらうのかと思っていたが、俺に聞くという手に出たか。
「ええと、彗星はね、楓を産んだ後に亡くなったんだ。失血死で」
「あら…一裕さんは?一裕さんは…どうやって亡くなってしまったの?」
一裕の右眉がピクリと動いた。
『自分の保身のために嘘を付くな。だが時には嘘をつけ。嘘は時に、人を助けるから』
俺の心の中に親父の言葉が浮かんだ。
俺は、一裕の死の真相を伏せるべきか?
正直に話すべきか?
でもそうすれば、彗星は、自分が一裕を愛したばかりにと自分を責めるに違いない。
それならばいっそ…
「か、一裕はさ、ほら、彗星を溺愛しているから、自分の目の前で亡くなられたショックでそのまま心臓が止まったんだ。な?」
「あ、ああ!」
サファイヤが畳の部屋から叫んだ。
「楓ならね、澄白国人でアドルフの友達だったっていう人が、偶々森で産後間もない楓を見つけて保護したんだってさ」
サファイヤも、事実に少しの嘘を加えた。
「そうなんだ…私、その人に頭が上がらないわ…キャ?!」
一裕が彗星を抱き寄せた。一裕は何処か遠い所を見つめるような眼差しを、彗星の背中に向けている。
「俺は翠ちゃんを好きになって良かったと思う。俺は今度こそ、翠ちゃんと楓の3人で幸せな家庭を築きたい…翠ちゃんは、俺のこと、好きになって後悔してない?」
「まさか」
彗星は一裕の首に腕を回した。
「私は今すぐにでも一裕さんと結婚したいくらいの気持ちよ。でも、私達はまだ高校生。大学生になって、社会に出てからの経験も、親になるには必要。だから私、一生懸命にその準備をしているところですわ」
俺は今までこの2人を、常にいちゃついているだけのバカップルかと思っていた。
でも、それは違うんだ。
今とは別の世界で、関係者でない俺でさえ胸が張り裂けそうな辛い運命を辿ったから、今度こそは幸せになりたいと無意識に思っているのだろう。
どうか、遠慮なく、今後もイチャイチャしたまえ。
「うわ、間違えた!」
畳の部屋からエメラルドの叫び声がした。
「エメラルド、何でお前は水槽に足を突っ込んでいるんだ」
サファイヤが冷静にツッコミを入れた。
…いったいどういう状況だ。
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