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静かなる暴走
未知の医術は獣によって
しおりを挟む「待って!マジでヤバいかも!」
蓮が俺の斜め後ろで後ろを振り返りながら走っている。
楓が吐いたのよりも更に真っ黒な煙が、楓が運ばれていった部屋の方から、俺達を追いかけるように拡がる。
「走れ!」
最後尾にいた峻兄さんが、ハエを追い払うように煙を手で払いながら、走る速度を速めた。
『ウルフ…』
晴馬の不安げな声が、皆の息切れに混ざって聞こえる。
「大丈夫だって。晴馬がさっき言ったんだろ?」
俺は晴馬をズボンのポケットの奥深くにしまった。晴馬の温もりが、俺の右太腿に伝わってくる。
『こっちー!』
通路を走り続けると、地下に続く階段が現れた。階段の下から、圭吾と悠馬の声が聞こえてくる。
階段を降りると、大量の火の玉が地下シェルターの扉を開けて俺達を待ってくれていた。
「大丈夫…大丈夫!」
俺は理由も分からずそう叫んで、シェルターの中に飛び込んだ。
真っ暗な天井と壁に包まれた密閉空間。
何処からともなく湿った香りが立ち昇り、俺達の全身を包み込む。
俺達は、火の玉仕様に作られた小さなシェルターの中、首を前に曲げて体育座りをしていた。
晴馬、悠馬、圭吾、桜大、りこ。
火の玉たちが燕の子のように、俺達の足元で小さい身体をくっつけ合って、不安そうにプルプルと小さく震えている。
ドクン…ドクン…
俺の心臓の音と、俺の呼吸音が共鳴し合う。
何も聞こえない。
俺の息遣い以外は。
俺の乾いた息が、膝頭に当たる。
俺の隣に同じような体勢で座っていたサファイヤが、ハッと目覚めたように突然顔を上げると、自分の唇に人差し指を当てた。サファイヤの水色の瞳だけが、光のないシェルターの灯りだった。
「聞こえる…?」
サファイヤの声に、俺達は皆ほぼ同時に顔を上げた。
「誰かやって来る…」
サファイヤは、シェルターの入り口を見つめている。サファイヤの後頭部のシルエットが、ボンヤリと陽炎のように見えた。
カツ…カツ…
硬い床を革靴で歩くような音が近付いてくる。
足音が近づく度、俺の心臓の鼓動が速くなる。
俺達は息をするのも忘れて、見えない足音の主を見つめていた。
カツ…カツ…カツ
足音が…止まった。
「皆さま、宜しいでしょうか」
シェルターの扉の向こうから、レオともエメラルドとも中村とも夜桜とも違う、知らない男の声が聞こえた。プラネタリウムの司会者のような、安心感のある、でも何処かに若さも感じさせる声。
『誰…?』
火の玉の群れから抜けて、シェルターの扉を開けに行こうとする晴馬を、俺は考えるよりも先に勝手に手が動いて、晴馬を自分の背中の後ろに隠した。
「私はレオ師匠の弟子、リオネルと申します。只今、黒憶虫の胞子の除去作業です。扉越しで大変申し訳御座いませんが、私から少年たちの容態のご報告と、黒憶虫のご説明をさせて頂きます」
姿の見えない男の名前は、リオネル。
レオの弟子。
名前の感じと彼の肩書からして、彼もライオンだろうか。
「楓は…楓はどうなりましたか?!」
彗星と一裕が、シェルターの扉に飛び付き、へばり付くようにしてドアに向かって叫んだ。シェルターの南京鍵の、ガチャガチャンと鈍い金属音が響いた。
「嘔吐した少年の手術は、無事成功しました。今は眠っておりますが、3日間安静にしていれば、問題はないでしょう」
リオネルの言葉を聞くと、一裕は、笑っているような短い息を吐くと、そのまま力が抜けたように床に倒れ込んだ。
「あ…良かった…本当に…」
晴馬の後ろでリオネルの話をじっと黙って聞いていた桜大が、シェルターの扉に近付いていった。
『3人は…?楓のゲロの煙を吸った奴らは…』
「無事だよ」
レオの深くて低い声が扉の向こうから聞こえた。
ガチャ…ガチャン!
南京鍵の開く音が狭いシェルターに響いた。
扉がゆっくりと開く。
白い光の線が、扉から差し込む。
シェルターの中が、次第に明るくなる。
「ちゃんと治療したから」
扉の向こうには、レオがしゃがんでいた。
小さな火の玉3つを、群青色の獣毛が生えた大きな手の上に乗せて。
火の玉がレオの手から、1つ、2つ、3つと順番に飛び降りると、シェルターの中の火の玉の群れに向かって飛んでいった。火の玉たちが、一斉に3人を囲うようにして集まった。色とりどりの火の玉が集まって、お洒落なランタンみたいに輝いている。
「ラルフ様のご友人と伺いました」
レオが大きな身体を一生懸命にかがめて、シェルターに入ってきた。
「改めて皆様にご挨拶申し上げます。私は獣神国専属医師のレオと申します。この度、楓くんと3人の少年少女たちの治療をさせて頂きました」
レオはそう言って、俺達の前にひれ伏した。
「いや…ちょっと…。やめてくださいよ」
エメラルドは、王族の血を引いているが、俺達は生粋の庶民だ。
蓮が両手を顔の前でヒラヒラさせて、レオの顔を上げさせようとしたが、獣神国の専属医師に勝手に手を触れて良いものかと、行き場を失った両手が、蓮の隣に座っていたバットの太腿に理由もなく触れた。
「楓に…会えますか?寝てても良いですから…」
彗星の透き通った低い声が、夏の涼しい風のようにシェルターの中をスッと流れる。彗星の言葉にレオが顔を上げた。レオの群青色のたてがみが、風に吹かれる稲穂のように揺れた。
「構いません。ですが…私からもお伺いしたいことが御座います」
レオはそう言って俺達をシェルターから出てくるように促し、俺達を楓の寝ている部屋に案内し始めた。
『俺達もついて行って良い?』
振り向くと、晴馬を先頭に大量の火の玉がまるで大名行列のように1列に並んで俺たちの後をついてきていた。
「フっ…そうですね」
あまりにも大量の火の玉にレオは一瞬だけ吹き出したが、すぐに我に返ったような表情を見せて、火の玉たちは後で呼ぶから部屋で待機するようにと、先頭にいる晴馬にしゃがんで伝えた。
「師匠」
俺達が全員、シェルターから出て階段を昇り、通路に出たとき、俺の背後からリオネルの声がした。リオネルの声に、先頭を歩いていたレオが立ち止まり、ゆっくりと振り返った。レオの後ろを歩いていた俺達も、彼に釣られて後ろを振り向いた。
振り向いた先に立っていたのは、俺と丁度同じくらいの身長のライオンだった。レオと言い、リオネルと言い、ライオンを無理やり二足歩行できるように神様が身体を作り変えたような、無駄にガタイが良い。
黒に近い緑色のたてがみ。毛の先が、僅かに明るめの緑に染まっている。若草色の瞳。まるでそれは、森の化身のようだった。
「師匠、どうします?黒憶虫の説明を先に済ませておいたほうが良いかと」
楓の無事が分かったからだろうか。ついさっき初めてリオネルの声をシェルターの扉越しに聞いた時よりも、胸の蟠りを全て取り去られるような安心感を俺は覚えた。
「…ああ、そうだな。リオネル。私は先に医務室に戻って楓くんの様子を見てくる。皆様を医務室の横の仮設研究室にお連れして、黒憶虫の説明を済ませておいてくれないか」
「分かりました」
俺達を挟んで、2人のライオン男が向かい合って会話している。師匠と弟子と言うには、あまりにも打ち解け合っている気がする。リオネルと会話する時のレオの声は、何処か俺の親父を彷彿とさせた。
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