『狭間に生きる僕ら 第二部  〜贖罪転生物語〜 大人気KPOPアイドルの前世は〇〇でした』

ラムネ

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静かなる暴走

ビビったぁ 〜宇宙生物満載の実験室〜

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「皆様、こちらへどうぞ」

通路を暫く進んで、通路が二手に分かれた。レオは左手に。俺達は右手に。

仮設研究室らしき小屋みたいな箱が通路のちょっとした空きスペースに設置されているのが見えた時、レオの後ろ姿が視界からフッと消えた。

「エメラルドはどうなりましたか」

佳奈美さんの問いに、リオネルはピタリと歩みを止めて佳奈美さんの方を振り向いた。

「エメラルド?」
「あ…違う、ラルフです、ラルフ。エメラルドっていうのは愛称で…」

佳奈美さんは、長い爪の生えた両手を顔の前で小刻みに横に振った。紫色の爪が、通路の照明に反射して鈍く光っている。右手の小指だけが、ピングに近い赤色の爪を生やしていた。

「ああ、なるほど。ラルフ様なら、今頃父が医務室で検査をしていると思います。ラルフ様も元気でいらっしゃいますよ」

リオネルのその言葉に、俺の斜め前に立っていたバットが安心したように溜息を付きながら足元に視線を落としたが、すぐに顔を上げてリオネルに尋ねた。

「今…父って…」
「え…あっ。」

リオネルはバットの方を見ながら口を手で軽く押さえた。そして若草色の瞳が、フフッと微笑みの色を宿した。

「レオ師匠は僕の父なんですよ」

リオネルはそう言って、誇らしげに微笑むと、再び俺達に背中を向けて研究室に向かって歩き出した。

「どうぞ」

レオがリオネルの父親だと知ってから研究室までは、さほど長くなかった。リオネルは金属か木材か何で出来ているのかよく分からない扉を手で押さえ、俺達を研究室の中に入れた。

「うわ…すげ…」

病院特有の、薬と医療機器が混ざったような不思議な香りが俺達を包んだ。通路から見た時の研究室は、たったの5畳半くらいの広さしか無いように見えたのに、中に入るとちょっとした運動場くらいは作れそうなくらい広かった。

研究室の壁一面を覆うように取り付けられた棚。大小様々な試験管やフラスコのようなものが、丁寧に並べられている。

ガラス張りの細長い箱のようなものが、研究室の隅に置かれた長細い机の上に置かれている。赤や青の液体が入った試験管が、その中でコポコポと音を立てる。

「こちらへお越し頂けますか」

リオネルは俺たち全員が研究室の中に入ったのを確かめると、扉をそっと閉めて、俺達を研究室の奥へと連れて行く。

俺達の視界を、水槽や籠に入れられた見慣れない生き物が前から後ろへと横切っていく。

胴体にある赤と白の縞模様が、ある時は直線になったりある時は曲線になったりと絶えず形を変えている、小指くらいのサイズの魚。

平然とした顔で皮膚から炎を上げる、手のひらサイズの真っ赤なトカゲ。

何の生物かは分からないが、透明な球体の容器の中で半径5mmくらいの球体のピンク色の生物が、クリオネのように水槽の中を優雅に泳ぐ。

「では、僕の方から皆様に説明致します」

リオネルはそう言って、研究室の床に取り付けられた縦×横が1mくらいの扉を、パスワードのような番号を入力して開けた。リオネルが開けた扉からは、雨の日の湿った香りがした。何だか、嗅いだことのあるような匂い。リオネルは床にあるその扉の中に身を乗り出し、底の方から虫かごを取り出した。

1cmくらいの真っ黒な虫。蟻とカナブンを混ぜたような形状。弱っているのか、その虫は虫かごの隅の方で仰向けになったまま動かない。細い足だけが、極僅かに動いている。

「これ…」

蓮が腰を屈めて、その虫かごの中のちっぽけな虫を凝視した。リオネルが首を静かに縦に振った。


「これが楓くんに寄生していた虫。…黒憶虫です」


リオネルが両手に持っている透明な虫かごの中。一匹の瀕死の黒憶虫が、虫かごの隅に弱々しく倒れている。

「黒憶虫について、僕の方から説明させて頂きますね」

そう言ってリオネルは虫かごを、研究室の真ん中あたりに置かれた広い机の上に置いた。

カシャン

プラスチックのような乾いた音が、研究室の中に響く。虫かごが置かれた反動で、中にいた黒憶虫が転がり、もう反対側の壁にぶつかった。

「改めて、こちらが黒憶虫です。この虫は我々が獣神国から採取してきたもので、楓くんの中にいた本体は、容器に全て回収して厳重に保管しております。楓くんの中にいたのは、幼虫でした。この後、皆様にも楓くんの中にいた幼虫をお見せしようかとは思いますが、まずはこちらを」

俺達は虫かごを囲むようにして立っていた。黒憶虫は、やっと自分がまだ生きていたことに気が付いたように、細くて黒い脚を僅かに動かしていた。リオネルは虫かごの中の黒憶虫を俺達が見やすいようにゆっくりと回転させながら、黒憶虫について説明し始めた。

「幼虫って…芋虫とか…?」

頭の中に幼虫の姿を想像してしまったのだろうか。佳奈美さんはそう言うと、頭の中に浮かべてしまったイメージを拭い去るように頭を激しく横に振って、蓮の手を固く握り締めた。そういえば佳奈美さん、アパートの壁を芋虫が一匹這っているのを見つけた時、半狂乱になったことがあったな。

「佳奈美?」

蓮はいったい何故そんな悪戯を思い付いたのだろうか。蓮は右手の人差し指をクネクネさせながら、佳奈美さんの腕を芋虫のように這わせた。その瞬間、佳奈美さんの目が大きく見開いた。濃いピンク色の瞳が、蓮の人差し指を睨んだ。

「嫌!!」

佳奈美さんが光の速度で蓮の手を払い除けた。

バシンッ!

「いぃってええ…」

蓮は満更でもない表情を浮かべ、佳奈美さんに振り払われた人差し指に息を吹きかけていた。

「フフッ…い…フッ…いいえ、ご安…フッ…心を…」

リオネルは佳奈美さんと蓮のやり取りに笑いを堪えながら、黒憶虫の幼虫はカマキリとかと同じように、成虫と同じだと言って佳奈美さんを安心させた。

「黒憶虫の餌は主に感情や記憶ですが、辛い記憶と幸せな記憶は特に大好物なのです」

リオネルはそう言って虫かごを自分の顔の高さに持ち上げた。黒憶虫が虫かごの中を、死骸みたいに転がる。

「軽めの実験しましょう。皆さま…お許しを」

リオネルはそう言って、ゆっくりと目を閉じて何度か深呼吸をした。実験くらい、良いのに。そう思った途端、俺の目の前に立っていたリオネルの目が大きく開かれた。

リオネルが、吠えた。

今までに聞いたこともないような鳴き声。

本物のライオンも尻尾を巻いて逃げてしまいそうな声。

リオネルの大きな牙が、研究室の白い照明に照らされる。

若草色の瞳は、まさに肉食獣そのものだった。

獲物を狙うその炎が、瞳の中で燃えていた。

心臓が揺れる。

心臓が俺の身体から逃げ出そうとする。

心臓が骨に当たるような感触。

骨が懸命に俺の心臓を逃がすまいとしているような感触。


「あ、ご覧ください」

リオネルはケロリと表情をもとに戻して、虫かごの中を見つめた。

おい…てめぇよ…。
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