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静かなる暴走
血の指輪
しおりを挟む「勿論でございます」
フロストはその指輪を彗星に差し出し、跪いた。フロストの白衣が、床と触れ合う音。
「あなた…」
彗星はフロストからその指輪を受け取ると、カタカタと手を小刻みに震えさせた。表情は辛うじて平静を保っているようだったが、跪くフロストの頭部を見つめる彗星の声は、自分の過去、そして故郷を思い出しているように震えている。
「フロスト…?お前、何やってるんだ…」
レオは腕を組んで楓の寝ているベットの縁の辺りをぼんやりと見つめていたが、フロストが彗星に跪いていることに気が付くと、妙に慌て始めた。そして、レオもリオネルもフロストに釣られるように彗星に跪いた。エメラルドだけは、何かを知っているような面持ちを顔に浮かべ、遠くからその様子を腕を組んで見守っている。
「エメラルド、いったい何が起きてる?あの赤い宝石は何だ」
一裕がエメラルドに近づくと、エメラルドの耳に自分の口を近づけて、もはや何を言っているのか聞き取れないほどの早口で尋ねた。エメラルドは俺とバットに目配せすると、一裕と一緒にトイレに行ってくると言って医務室を出ていった。
「お前は彗星の夫になり、楓の父親になる男だ。お前にだけ教えてやる」
エメラルドが一裕に、小声で話しているのがトイレの個室から聞こえてくる。
悪いな…。エメラルド。俺の身体は既にコウモリに戻った。聴力は人間の何倍もある。お前たちの会話は、俺には筒抜けさ。
俺は敢えてエメラルドと一裕のやり取りが全く聞こえないふりをして、こっそりと二人の会話に耳を澄ませながら彗星の背中を見つめていた。
「澄白国には、白以外はほとんど他に色がないことは知っているだろ」
「ああ。何もかもが真っ白だった」
エメラルドと一裕の声が、真隣で話しているように思えるほど明確に聞こえてくる。
「色のついた宝石を献上するのは、相手が王族に限る。つまり、フロストはあの場で彗星が澄白国王女であるという扱いをしたんだ」
「…何で。翠ちゃんは、澄白国人から地球人になったのに」
「だからだよ」
エメラルドたちの会話と、彗星たちのやり取りが同時に聞こえてくる。
俺が聖徳太子だったら良かったんだけど…。ちょっと、処理が大変だ。
「まさか…。あなたは、澄白国王女様…?」
彗星に跪いているレオの瞳が、彗星に畏れて揺れ動いている。
「ええ…。以前は、ね」
彗星がゆっくりと静かに首を縦に振ると、レオとリオネルは額を床にぶつけるほどの勢いでひれ伏した。
「恐れ多くも、王女様だとは気づかず…」
床にひれ伏すレオの声が、ブルブル震えている。冬の氷点下の夜に、わざと素っ裸で出て話しているのかと思うほどだ。
「貴女様が王族であろうとなかろうと、私は愛証石を献上いたします」
彗星がフロストから受け取った指輪をフロストに返そうとすると、フロストはそれを丁重に断り、静かな声で話し始めた。
「私は楓くんを引き取り、10年間育ててまいりました。しかし、私は楓くんを澄白国社会からの差別、排除から守ることが出来ませんでした。育ての親だと名乗る資格は微塵も御座いません。王女様、どうかこちらを」
「駄目!この愛証石は、あなたが楓のことを実の息子のように愛してくれたから出来たもの。それを私と一裕さんが受け取れるわけないわ!」
「一裕…フロストが彗星に渡した赤い宝石は、愛証石だ」
「愛証石…?」
エメラルドと一裕の会話が遠くから耳の中に流れ込んでくる。
「愛証石は、澄白国人の血から作り出される。だが…愛証石は簡単に取り出せるものではない。何故なら…」
「あなたは亡くなったら、必ず地球人に生まれ変わってしまうのよ?それでも良いの?」
エメラルドの語尾と、彗星の声が綺麗に繋がった。
「王女様は、地球人を愛し、地球人となったことを後悔なさっておいでですか?」
フロストの問いに、彗星は一瞬だけ戸惑った表情を見せたが、すぐに首を大きく横に振った。
「確かに地球は恐ろしい。災害。戦争。犯罪。でも…悪くないと思ったのです。色が溢れた世界に生きることも。それに…我々澄白国人がたった一人の少年…楓くんにした仕打ちを考えてみれば…私がいつの日か地球に生まれ変わったとして変化は御座いますまい」
フロストはそう言うと、2つの赤い指輪を持っている彗星の透き通るように色の白い手を両手で強く握りしめ、彗星の目をしっかりと見つめながら静かに頷いた。
「愛証石は、自分の命を捨てても守りたいと願う相手がいる時にしか作られない希少な石。フロストは楓を育てるうちに愛情が湧いたんだろう。石を取り出す方法は、自分の身体に傷をつけて血を流すこと。やがて血が固まり、宝石のような輝きを放つ石となる。フロストがそれを、彗星と一裕に譲ったということは…」
「王女様。どうか、一裕さまとご一緒に、楓くんを精一杯愛してやってくださいませ。私が愛せなかった分もどうか。どうか…お受け取り下さい」
フロストは真剣な表情で彗星を見つめる。彗星は暫く黙って俯いていたが、すぐに顔を上げるとしっかりと首を縦に振った。
「まあ、安心しろ。血で出来ているとはいえ、人間の物とは違う。澄白国人の血は、ルビーとガーネットの液体混合物だから、人間の血みたいに臭くなることはないさ」
ガチャ…
トイレの個室が静かに開いた音がして、2人の足音が段々と近づいてきた。
「…一裕さん、これ」
彗星は一裕が戻ってきたことに気が付くと、片方の指輪を一裕の手にしっかりと握らせた。
「フロストさんが…」
一裕は、黙って首を縦に振ると、人目も憚らず彗星を強く抱き締めた。
『ウルフ…眠いから、少し貸して』
晴馬は、彗星たちが指輪について話し始めた頃からウトウトとしていたが、遂に我慢しきれなくなったのか、俺の服の中に潜り込むと、数秒数え終わらないうちに眠りに落ちた。
楓の寝息と晴馬の寝息。
2人の少年の息吹が、抱き合う2人の間を静かに流れていた。
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