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幕開け
正体不明の作者は誰だ?
しおりを挟む佳奈美さんが数年前に言っていたように、この小説は作者不明のはずだった。この小説が発売されてから、世間でも作者は誰なのかと騒がれてきた。その時、俺はふと幼少期の記憶を思い出した。
それは俺が5歳の時、水に濡らすと模様が浮き出るバスタオルを、親父が旅行先から買ってきてくれたというもの。まっさらな白いタオルを濡らすと、パトカーや消防車のような色々な車のイラストが浮かび上がるものだった。
もし、この表紙にも同じような技術が使われているとしたら、見えていなかっただけで、表紙には初めからちゃんと作者名が記載されていたということになる。
「っていうか…なんて読むの、この人の苗字」
俺は今まで出会ってきた人たちの苗字を思い出してみても、ヒントとなるような苗字を持った人は誰一人としていなかった。枕元のスマホを手に取り、「孔舎衙 読み方」と入力して読み方を調べた。
「…え?」
スマホの画面には、AIが必要以上に詳しく説明してくれていたが、その中のある3つの漢字に俺の目は釘付けになった。
「日下部…?」
説明をよくよく読んでみると、「孔舎衙」は元はある地域の名前だったそうだが、読み方が分かりにくいという理由で「日下部」と表記されるようになったというものだった。妙な胸騒ぎがする。
もしかして…。
俺は、もう一度本の表紙に記載された、滲んだ文字を確かめた。振り仮名はない。初めてこの人の名前を見た時は、「テツさん」かと思っていたが…。
俺は今度は、「徹 人名」と入力して、検索結果が表示されるのを待った。
『読み方の候補:てつ、とおる…』
とおる…。
くさかべ…とおる…?!
「いたぞ…!」
俺はLINEを開けて、すぐにグループチャットに送った。何かあった時にすぐに連絡が取り合えるように、俺たちは皆でグループLINEを設けたのだ。あの日、俺たちが死者の世界から生者の世界に戻って以来、チャットの内容は受験勉強とかの話ばかりで、本来の目的を忘れかけていた頃だった。
俺:至急!皆に伝えたいことがある。日下部透の正体が分かったかもしれない。
俺のメッセージに真っ先に反応したのは蓮だった。
蓮:詳しく教えろ。
間もなく、佳奈美さんや一裕からも、ビックリしたような顔のイラストのスタンプが送られてきた。
俺:例の小説の作者かもしれない。小説の表紙を水で濡らしてしまったら、「孔舎衙 徹」っていう人名が浮かび上がった。
俺がそう送ると、佳奈美さんが写真付きでメッセージを送ってきた。
佳奈美:こういうやつ?
佳奈美さんが送ってきたのは、淡いピンク色の傘に、紫色の花柄が散りばめられたデザインの傘だった。でも、よく見ると、その花柄は所々色が薄くなっている。
佳奈美:これ、1週間前に私と蓮くんが京都にデートしに行ったときに買った傘。水で濡れると柄が浮かび上がるんだって。
写真に写る傘の背後に、佳奈美さんが飼っている柴犬のモモがヒョッコリと顔を覗かせている。わざわざ玄関で傘を広げて濡らしてくれたらしい。
バット:で、なんて読むの?
案の定、バットから苗字の読み方を尋ねられた。
俺:俺が調べたところ、「くさかべとおる」と読む可能性が高い。
俺がそうメッセージを送ってから、スマホの左上の隅っこに表示される時刻が、ふと俺の視界の中に入った。
21:15。
俺:来週の日曜日に、バットと蓮と一裕と俺の4人で飲む予定がある。佳奈美さんたちも都合が良ければ来てくれるとありがたい
俺は続けてそうメッセージを送ろうとしたが、バットに先を越された。
翠:それなら私のマンションに集まっては?
彗星がチャットに参加してきた。俺達の中では「彗星」が呼び名だが、それは宇宙人としての名前。地球人としては「翠」という名前で、俺達の中で唯一その名前で呼ぶのは、一裕だけ。
翠:居酒屋だと、他のお客さんも沢山いるでしょ?他の人に聞かれると変な目で見られるかもしれない。でも、私のマンションに皆が来てくれるなら、その心配なく話せる。
というわけで、俺たちは来週の日曜日に彗星のマンションにお邪魔することに。
一裕:サファイヤはどうする?
俺がスマホを消そうとした時、一裕からメッセージが送られた。エメラルドは彗星が呼べるだろうが、サファイヤとは毎年夏の決まった日に会うという約束だったから、呼ぶ手段がない。
バット:俺、今から行ってくる
蓮:何処に
バット:海。サファイヤを呼びに
蓮:やめとけ。夜の海は危ない。
バット:でも、真っ昼間に人目がある状態で、サファイヤって叫ぶ勇気なんてない
バットがサファイヤを呼びに行こうとするのを、蓮が止めた。
翠:エメラルドがサファイヤも連れてきてくれるって
彗星は早くもエメラルドと連絡を取り合ってくれて、バットと蓮の言い合いは収まった。
「ねむ…」
俺はスマホの画面に表示されるやり取りを見つめているうちに、段々と瞼が重くなる感覚を覚えた。
俺:了解
俺はそれだけ送るとスマホを消して、スマホを枕元に置いた。部屋の光を常夜灯に変え、薄い掛け布団を足を使って俺の身体に掛けた。
カチッ…
何処からともなく、小石がぶつかり合うような音が部屋の外から聞こえた。
「閉めとこ」
俺は窓を閉めて鍵を掛けた。寝ている間に熱中症になって、正式に死者の世界に行くことになっては困る。俺はエアコンを除湿にして、掛け布団に潜り込んだ。
車が走る音。
電車が走る音。
信号機の音。
それらが、何処か遠い場所から聞こえてくるような感じがする。
孔舎衙徹…。
お前はいったい、何者なんだ…?
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