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真実との対峙
超能力は食卓にて
しおりを挟む彼は続けて、スマホに入力し、それを俺たちに見せた。
『僕は幼少期から、血が滲んだような暗くて真っ暗な空に向かって、ひたすら謝り続ける夢を見ます。実は一昨日から、私に似た声が脳の中に流れ込むようになりました。その声は他人には聞こえません。その声は、断片的です。その声は、『俺は禁忌を犯した』と言います。不気味で鬱陶しいです』
コンコン
部屋の扉がノックされた。彼は慌ててスマホの画面を消してポケットに仕舞い、俺達は慌てて人間姿に戻った。イ・ソクヒョンは吸血鬼化したままだったが、俺とバット以外には見えないから良しとしよう。
「夜ご飯…。もしかして体調悪い?」
チェリーさんが不安そうな表情を浮かべながら能力をドアの向こうから顔を覗かせた。
「血洗。大丈夫か。滅茶苦茶静かだったけど、何の話してたんだ」
「ソクヒョン…ムスン イヤギヨッオヨ?(何の話してたんですか?)」
吸血鬼化の話をしてました…なんて言えるか。
「アニ…クェンチャナ(いや…大丈夫)」
イ・ソクヒョンは下手に誤魔化しながら、鋭い牙を生やしたまま、部屋を出て台所に向かった。
台所の机には、一口も口が付けられていない料理が沢山の皿に盛り付けられており、席に付いていたKORJAのメンバーが、訝しそうな表情で俺とバットを睨んでいた。
「折角なら貴方達も食べていって下さいよ」
チェリーさんが俺とバットを、イ・ソクヒョンの隣の席に座るように促した。本当はさっさと話して夕飯頃には帰る予定だったが、俺達はチェリーさんの勢いに負けて夕飯を頂くことになった。
「失礼しますね」
俺達はイ・ソクヒョンの隣に、ペコリと頭を下げて腰を下ろした。
『どうしよう…俺が吸血鬼なんて…どうして…何で…?俺はどうすれば…』
あ。聞こえる。
俺は夕飯を食べ始めた頃、吸血鬼交信スイッチ(俺が勝手に名付けた)をオンにしていた。
俺達が夕飯を半分くらい食べ終わった頃、俺の頭の中にイ・ソクヒョンの声が届いた。これは、吸血鬼同士の通信に適宜使われる超能力で、イ・ソクヒョンは自分の考えていることが吸血鬼である俺やバットに知られていることには気が付いていない。因みに、これに関しては外国語だろうと何だろうと意思疎通が出来る。慣れさえすれば遠隔地にいてもやり取りは出来るし、スマホが無くても良いから便利。ただ、人間とのやり取りにはスマホが必要不可欠。俺が今晩、ここに来たのも、先に彗星から電話で連絡を受けたバットから交信が送られてきたのだ。
彼は何も気にしていない振りをして、チェリーさんの手作りのお寿司を美味しそうに食べていたが、内心は自分の吸血鬼化に夢中になっている。
『もしもし?』
俺はワカメの汁物を吸いながら、隣に座っているイ・ソクヒョンに交信してみた。彼が吸血鬼なら、俺が声に出さなくても、俺が韓国語を話せなくても意思疎通が出来るはずだ。
『…ん?今、何か聞こえた?』
イ・ソクヒョンが、お箸でキムチの漬物を掴んだまま、部屋に紛れ込んだハエを探すように天井をキョロキョロと見渡した。
やっぱり…。聞こえてる。
『おい、ウルフ』
『あ?』
バットから交信だ。バットは素知らぬ顔で、マグロのお寿司を次から次へと口の中に入れていく。
『吸血鬼化のこと、いずれはイ・ソクヒョン自身が納得しないと駄目だ。どうする。どう伝える』
…そもそも、イ・ソクヒョンが何故吸血鬼化するのかは、推測で止まっていて事実と決まったわけではない。推測で物事を進めるのは危険。
イ・ソクヒョンの前世が本当に宮司龍臣なのか、彼が本当にドラゴンの禁忌を犯したのか、それが彼の不思議な吸血鬼化の原因なのか…。
それらを全て明らかにしてからでないといけない。
取り敢えず今日は、吸血鬼化しても何ら問題はないから気にするなとしか言えない…か。
『…あの…?』
イ・ソクヒョン?
俺はチラリと左横に視線をやった。俺は皆に怪しまれない様に彼を見ているのに、彼は俺の顔を穴が空くほど凝視している。
『……何で、俺は今、貴方の考えていることがわかるんですか』
彼の瞳が激しく揺れ動いている。一生懸命に平静を装って、空になったワカメの汁物が入っていたお椀を口につけている。
『吸血鬼だからですよ。だから、近くに吸血鬼がいる時は十分に気を付けましょう。もし、エッチな事を考えていたらバレバレですからね』
高級そうなウニを口にかきこみながら、バットが彼に交信したのが分かった。だが、イ・ソクヒョンは全く気にしていないようだった。他の何かに気を取られているような様子だ。
あ……。待って。バレた?
さっきの部屋にいた時は、俺達が吸血鬼スイッチをオフにしていたから、ドラゴンの禁忌について話しても、彼には伝わっていない。吸血鬼スイッチは、双方がオンにしておかないと機能しない。
あ……。終わった。
『ウルフさん、バットさん』
俺の嫌な予感が当たる。イ・ソクヒョンは、目の前にある帆立の貝柱に視線を落としながら、俺たちに交信してきた。彼は段々と、自身の吸血鬼としての特異性を受け入れ始めた。そしてそれは、俺達が現段階では望まない方向へと進んでいく。
『貴方達の考えていたことを盗み聞きしたようで申し訳ありませんが…』
最後の一つのお寿司に伸びていたバットの箸の先が、ピクリとごく僅かに揺れた。
『宮司龍臣って、誰ですか?私がドラゴンの禁忌を犯したって、いったいどういう意味ですか?』
あぁ…。
吸血鬼交信スイッチって、時にはこんなに厄介なものになり得るんだな。
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