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第五章 夢のオハナシ
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なぜ。なぜ。なぜ。
空は、待ち受ける未来への恐怖の色。山は、蛍と世央がこの世界から消えてしまうかもしれない戦慄の色。街は、自分が果たして運命に抗えるものかという諦めの色。生気を失い、音を失い、色褪せていく世界に飲み込まれる。
陽炎の数歩先を走るメラの後ろ姿と、陽炎の胸に抱かれるバクの温もりが、陽炎を辛うじて世界と繋ぐ。陽炎が絶望と諦観に蝕まれてしまわないように、ギュッと掴んで離さなかった。
「未来を見られて良かったじゃないの」
世央の自宅から約100m離れた場所にある廃屋の酸っぱい香りが、陽炎の鼻をツンと突く。周囲に立ち並ぶ竹林の隙間から漏れる太陽の光は、庭に放置されたパンクして無残に凹んだタイヤを照らす。乾いた砂の香り。湿った苔の匂い。嘗て人がいたという僅かな面影の中、地面に蹲り震える陽炎の背中にメラが優しく手を添えた。
「本当なら、ある日突然失ってしまうところだったのよ。まだ猶予はある。しかも、まだあと1年弱」
メラの言葉に小さく頷く陽炎の耳の奥で、様々な問いが喧しく鳴り響く。
何が世央を自死に誘った?
いつから世央は死に憧れた?
なぜ、世央はあの日を選んだ?
なぜ、世央の残り時間が俺には見えない?
だが幸い、陽炎は夢の中で世央が亡くなる日を偶然にも知った。◯◯月◯◯日。あと11ヶ月。蛍の死の直前。
悪夢の景色が瞼の奥にまざまざと浮かぶ。
世央の墓の前で血を吐きながら泣き叫ぶ蛍の涙の粒の色までも鮮やかに。世央の墓に口付けをした蛍の唇の温もりまでも生々しく。蛍の命を懸けた愛を拒み、泣き叫ぶ世央の声は今も陽炎の鼓膜を震わす。
「陽炎」
メラの声はまるで、夜の森にふと差し込んだ月明かりのように冷静で、温かい。
竹の葉がそよ風に揺れる音に包まれ、小鳥の囀りを運ぶ風に吹かれていると、陽炎にはこの世界が恐ろしく思えた。こんなにも静かなのに、ある日突然、残酷な未来を運んでくる。静けさの裏に隠された、静かな呪いに、陽炎の心は絶えず揺れ動いた。
「気付いた?世央の本当の気持ち」
「本当の気持ち……?」
バクはメラの傍らで、日向ぼっこをしているうちにスヤスヤと眠ってしまった。小さなシャボン玉のような鼻提灯が、ポンと弾ける。柔らかな白い毛が、涼しい風にさわさわと揺れている。
「世央…あの子、蛍の死を心の奥底では喜んでいるように見えたわ」
「何をっ?!」
陽炎の右手は勝手に、メラの胸の毛を鷲掴みにしていた。陽炎の怒鳴り声に、仰向けで寝ていたバクは一瞬だけ手足をピクッと動かしたが、すぐに何やら寝言を言いながら寝息を立て始めた。
「世央は蛍が好きなんだぞ?!」
「だからよ」
メラは陽炎に胸を掴まれようが怒鳴られようが、全く怯えた様子を見せない。太陽が大きく燃え盛るのを、傍らから静かに見守る月のような冷静さ。寧ろその冷静さをもって、陽炎を圧迫しているようだった。
「俺はやっと蛍に振り向いてもらえたって。世央くんは、自分が死んだ悲しみよりも、蛍くんの涙に酔いしれていたわ」
遠くから、温い風に乗って、学校の始業のチャイムの音が聞こえた。1枚の枯れた葉が、その風に乗ってカサリと陽炎の足元に舞い落ちた。
「世央くんは、心の何処かで悪夢のような世界に憧れを抱いている。世央くんは、追い詰められて、追い詰められ続けて死に救いを求めたんじゃない。あの子は……嬉々として死にに行く子よ。だから、貴方には世央くんの残り時間が見えないの。誰にも救いを求めていないから」
乾いた風が吹く。陽炎の足元に舞い落ちた枯れ葉は、カサカサと乾いた音を立てながら、シミが付いて薄汚れたコンクリートの床の上を転がっていく。
「陽炎…世央くんが死ぬ日。何か心当たりはないの?」
「蜂さんがブゥン!」
バクは、空気が気道を締め付けるような雰囲気には似合わない寝言を大声で叫ぶと、コロリと寝返りを打った。
◯◯月◯◯日。
思い出せ。何があったのか。
『蛍、俺…本当は…』
『世央!』
『応援する』
『友達として』
『…わかった』
1ヶ月前。初めて蛍の頭上に数字が現れた夜。その日、蛍は蝶舞と模試を受けに行った先で偶然世央と再会し、世央の言葉を拒んだ。あの日の夜の蛍と世央の言葉が、冷たい流れ星のように陽炎の記憶を走った。
「蛍が…世央の…想いを……拒絶した」
陽炎の口から、ポロポロと言葉が零れた。少しずつ、少しずつ。まるで陽炎の脳の奥深くに眠っていた記憶が、初めて言葉を口にしたように。
「厄介なことになったわね」
竹の葉がザザザと風に揺れる。古いテレビの砂嵐のような視界。陽炎も既に気付いてしまっていた。蛍と世央の間に渦巻く感情は、ただの恋心でも友情でもない。
「世央くん……あの子は既に狂い始めている。残酷な未来の引き金は、既に過去のものになってしまったのよ」
堀道世央。彼は今、スマホで音楽でも聴きながら、ベットの上に横たわっているのだろう。くだらないYoutubeでも観ながら笑っているのだろう。
果たして世央は気付いているのだろうか。
恋煩いという名の死神に、取り憑かれていることに。
空は、待ち受ける未来への恐怖の色。山は、蛍と世央がこの世界から消えてしまうかもしれない戦慄の色。街は、自分が果たして運命に抗えるものかという諦めの色。生気を失い、音を失い、色褪せていく世界に飲み込まれる。
陽炎の数歩先を走るメラの後ろ姿と、陽炎の胸に抱かれるバクの温もりが、陽炎を辛うじて世界と繋ぐ。陽炎が絶望と諦観に蝕まれてしまわないように、ギュッと掴んで離さなかった。
「未来を見られて良かったじゃないの」
世央の自宅から約100m離れた場所にある廃屋の酸っぱい香りが、陽炎の鼻をツンと突く。周囲に立ち並ぶ竹林の隙間から漏れる太陽の光は、庭に放置されたパンクして無残に凹んだタイヤを照らす。乾いた砂の香り。湿った苔の匂い。嘗て人がいたという僅かな面影の中、地面に蹲り震える陽炎の背中にメラが優しく手を添えた。
「本当なら、ある日突然失ってしまうところだったのよ。まだ猶予はある。しかも、まだあと1年弱」
メラの言葉に小さく頷く陽炎の耳の奥で、様々な問いが喧しく鳴り響く。
何が世央を自死に誘った?
いつから世央は死に憧れた?
なぜ、世央はあの日を選んだ?
なぜ、世央の残り時間が俺には見えない?
だが幸い、陽炎は夢の中で世央が亡くなる日を偶然にも知った。◯◯月◯◯日。あと11ヶ月。蛍の死の直前。
悪夢の景色が瞼の奥にまざまざと浮かぶ。
世央の墓の前で血を吐きながら泣き叫ぶ蛍の涙の粒の色までも鮮やかに。世央の墓に口付けをした蛍の唇の温もりまでも生々しく。蛍の命を懸けた愛を拒み、泣き叫ぶ世央の声は今も陽炎の鼓膜を震わす。
「陽炎」
メラの声はまるで、夜の森にふと差し込んだ月明かりのように冷静で、温かい。
竹の葉がそよ風に揺れる音に包まれ、小鳥の囀りを運ぶ風に吹かれていると、陽炎にはこの世界が恐ろしく思えた。こんなにも静かなのに、ある日突然、残酷な未来を運んでくる。静けさの裏に隠された、静かな呪いに、陽炎の心は絶えず揺れ動いた。
「気付いた?世央の本当の気持ち」
「本当の気持ち……?」
バクはメラの傍らで、日向ぼっこをしているうちにスヤスヤと眠ってしまった。小さなシャボン玉のような鼻提灯が、ポンと弾ける。柔らかな白い毛が、涼しい風にさわさわと揺れている。
「世央…あの子、蛍の死を心の奥底では喜んでいるように見えたわ」
「何をっ?!」
陽炎の右手は勝手に、メラの胸の毛を鷲掴みにしていた。陽炎の怒鳴り声に、仰向けで寝ていたバクは一瞬だけ手足をピクッと動かしたが、すぐに何やら寝言を言いながら寝息を立て始めた。
「世央は蛍が好きなんだぞ?!」
「だからよ」
メラは陽炎に胸を掴まれようが怒鳴られようが、全く怯えた様子を見せない。太陽が大きく燃え盛るのを、傍らから静かに見守る月のような冷静さ。寧ろその冷静さをもって、陽炎を圧迫しているようだった。
「俺はやっと蛍に振り向いてもらえたって。世央くんは、自分が死んだ悲しみよりも、蛍くんの涙に酔いしれていたわ」
遠くから、温い風に乗って、学校の始業のチャイムの音が聞こえた。1枚の枯れた葉が、その風に乗ってカサリと陽炎の足元に舞い落ちた。
「世央くんは、心の何処かで悪夢のような世界に憧れを抱いている。世央くんは、追い詰められて、追い詰められ続けて死に救いを求めたんじゃない。あの子は……嬉々として死にに行く子よ。だから、貴方には世央くんの残り時間が見えないの。誰にも救いを求めていないから」
乾いた風が吹く。陽炎の足元に舞い落ちた枯れ葉は、カサカサと乾いた音を立てながら、シミが付いて薄汚れたコンクリートの床の上を転がっていく。
「陽炎…世央くんが死ぬ日。何か心当たりはないの?」
「蜂さんがブゥン!」
バクは、空気が気道を締め付けるような雰囲気には似合わない寝言を大声で叫ぶと、コロリと寝返りを打った。
◯◯月◯◯日。
思い出せ。何があったのか。
『蛍、俺…本当は…』
『世央!』
『応援する』
『友達として』
『…わかった』
1ヶ月前。初めて蛍の頭上に数字が現れた夜。その日、蛍は蝶舞と模試を受けに行った先で偶然世央と再会し、世央の言葉を拒んだ。あの日の夜の蛍と世央の言葉が、冷たい流れ星のように陽炎の記憶を走った。
「蛍が…世央の…想いを……拒絶した」
陽炎の口から、ポロポロと言葉が零れた。少しずつ、少しずつ。まるで陽炎の脳の奥深くに眠っていた記憶が、初めて言葉を口にしたように。
「厄介なことになったわね」
竹の葉がザザザと風に揺れる。古いテレビの砂嵐のような視界。陽炎も既に気付いてしまっていた。蛍と世央の間に渦巻く感情は、ただの恋心でも友情でもない。
「世央くん……あの子は既に狂い始めている。残酷な未来の引き金は、既に過去のものになってしまったのよ」
堀道世央。彼は今、スマホで音楽でも聴きながら、ベットの上に横たわっているのだろう。くだらないYoutubeでも観ながら笑っているのだろう。
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恋煩いという名の死神に、取り憑かれていることに。
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