【1月3日完結!】冥刻の子守唄――許されないことをした俺は――

ラムネ

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第五章 夢のオハナシ

広大なこの世界で

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「スピー……スピー……」

呑気なバクの寝息とは裏腹に、陽炎の心は絶望と焦燥で揺れていた。蛍と世央の未来を壊してしまうきっかけは、既に過ぎ去ってしまった。残酷な未来への引き金が引かれるのを防ぐ手は無い。色を失って荒れ果てた心に、後悔が芽吹く。なぜ、自分はもっと早く行動を起こさなかったのか。なぜ、自分は1ヶ月もの間、呑気に様子なんて伺っていたのだろうか。

手前に見える破れて穴だらけになった網戸の向こうには、太陽に向かって強く咲き誇る野花が見える。何色なのだろう。黄色いのだろうか、白いのだろうか、赤いのだろうか。陽炎には、モノクロ写真に吸い込まれたような気分になった。


薄汚れた床の上に、膝を抱えて項垂れながら体育座りをしていた陽炎の傍らには、メラがバクの方に視線を向けて立っている。
「へっぷちっ!!」
バクは、間抜けな寝顔を陽炎たちの方に向け、小さな口を半開きにして気持ち良さそうに眠っている。一匹の白い蝶がどこからともなく舞ってきて、興味深そうにバクの鼻の周りを飛んでいると、バクは擽ったかったようで大きなクシャミをした。蝶はそれに驚いたのか一瞬体勢を崩し、一目散に逃げるように裏庭の方へと飛んでいった。
「バク、起きてちょうだい。聞きたいことがあるの」
メラがバクに歩み寄り、真っ黒な細い手で真っ白な腹を気持ち強めに揺らした。
「眠いの…」
バクはメラに揺すられると、ショボショボとした両目を精一杯開けてその場に腰を下ろした。メラは、眠たそうに俯くバクの顔を伺うように目線を合わせた。
「バク。世央くんの悪夢って、毎回同じ?それとも違うの?」
メラにそう尋ねられると、バクはピクリと肩を震わせてメラの方を見た。先程までの眠気が一瞬にして飛んだようで、メラには劣るが大きく目を見開いていた。

バクに尋ねたメラの声は、傍らから聞き耳を立てていた陽炎の耳にも滑らかに入り込んでいった。宇宙が生まれる前の何も無い空虚な世界に、コツンと小さな星の欠片が落っこちた。そんな音だった。

「違う。でも、一緒……嫌な夢。食べ飽きるくらい…」
バクは顔こそメラに向けていたが、目線は他所に向けていた。自分の近くの床の上に空いた穴の奥から這い出てくる小さな蟻たちが彷徨うのを、チラチラと見ている。
「細かいところは違うけど、同じなのね」
メラは何時になく真剣な眼差しで、バクの黒い瞳を見つめている。バクもその眼差しを見れば、目を逸らすことは出来ず、静かに頷いた。

「陽炎。今のバクの言葉……どういう意味か分かる?」
メラはバクに背中を向けると、強張った表情で陽炎の隣に腰を下ろした。その頃、バクはまたもコテンと小さな身体を横たえて眠ってしまっていた。普段は真夜中に人々の悪夢を食べて回るバクにとって、昼間に起きていることは苦痛だったのだ。誰にも聞かれることのない、バクの呼吸。陽炎はそれに耳を澄ませ、混乱する頭の中を整理するようにポツリポツリと口を開いた。

「夢の中の細かい内容は日によって違う…けど、結末は一緒……」
「そうよ」

不意に突風が吹いて、斜めになって歪んだ木製の扉がバタンと勢い良く開き、ギィギィと不愉快な音を立てた。

「世央くんは……蛍くんと一緒になる方法を探している。一緒になれるなら…たった1つの命さえも犠牲に出来てしまう。世央くん…あの子は恐ろしい子よ」


「いや!!」


メラの黄金色の瞳が曇った時、陽炎は両手の拳を強く握り締めて立ち上がっていた。自分の中の不安と諦めの気持ちを押し殺すように、自分の中に眠る希望と誇りを目覚めさせるように、陽炎は震える拳を強く握った。

「この世界には、蛍と世央のただ2人しかいないわけじゃない。世界は広い。海と川と雨の水が繋がっているように、必ず2人は何処かで繋がる。いや、繋がっている!」

人間には認識してもらえない自分の弱さに、引け目を全く感じていなかったわけではなかった。だが、不思議と陽炎にはメラメラと燃える何かが全身に染み渡っていくのが感じられた。凍えた石のようだった心臓に熱い何かが吹き込まれる。陽炎は正面を見据えて、自身を奮い立たせるように雄叫びを上げた。



「俺は死神だ!必ず、運命を打ち壊してみせる!」

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