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第28話「紙切れと朱色」
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あの日から三か月くらいが経ち、冬馬が通っている青葉高校は学校祭ムードに盛り上がっていた。毎年恒例の一大行事ともいえる学校祭は二日日程で開催され、一日目は校内でのアミューズメントや有志発表、二日目は一般開放として地域の人達も参加できる構成となっている。
そんな浮かれた空気の中、冬馬は休み時間は読書をしたり、放課後は出来るだけ早く帰宅をして小説サークルの課題に取り掛かったりして、落ち着かない感情を気を紛らわしながら過ごしていた。
……そうでもしないと、あの時の光景がフラッシュバックして気が滅入ってしまうような気がしてならないからだ。
だがあれ以来、冬馬が心配していたいじめは起こらず、周囲の生徒にもそう言った被害が及んでいないのを耳に挟んで安心していた。
(……明後日、学校祭かぁ)
現在は学校祭準備期間という事で、昼休みが終了してからの残りの二時間は、クラスの出し物や神輿の制作に時間を費やすことが出来る事となっている。
冬馬は教室内の装飾担当という簡単な仕事を担当しているが、もうすでに完成してしまっているので、昼休み終了後の残りの二時間は作業せずに家に帰るようにしていた。
喫茶店での一件以来、純とも話していない。何度か純がいつもの癖で冬馬に近寄ってくるようなことがあったが、心の中で何度も謝って避けていた。
それにいつもクラスの中心だった彼女の笑い声も聞こえなくなっていた。教室で見かけても心ここにあらずといった寂しそうな瞳に目が留まり、元気のない彼女につい声を掛けてしまいそうになる。
(何考えてんだろう……)
頭の中を必死に振り払って、私物を鞄に詰めて教室をあとにする。今回の冬馬のクラスは学校祭定番のお化け屋敷をするらしく、教室から洩れた楽し気な笑い声が廊下に響いていた。
それから同じような毎日を繰り返し、学校祭当日。教室内装飾の最終調整という事で、冬馬は何時もより早めに家を出て、始発の汽車に乗り込んで学校へと向かった。
流石にもう学校についている人はいないだろうと思いながら下駄箱を見てみると、何人かの生徒は冬馬の予想に反して学校に来ており、冬馬と同じように最終調整を進めているらしかった。
一番上の「10」と書かれた番号の下駄箱から上靴を取り出す。すると靴の中から白い紙きれのようなものが出てきて鼠色のタイルの上にひらひらと舞い落ちた。
(……なんだこれ)
一瞬、新手のいじめかと思ったが、危険そうな感じは一切見当たらない。
冬馬は恐る恐る紙を開いて見てみると、女の子特有の可愛らしい文字で「十二時くらいに、屋上に来て下さい」とだけ書いており、差出人などは記名されていなかった。
……これは屋上に行くべきなのであろうか。約三か月間いじめがなかったとしても、水城はそろそろ事を忘れているだろうと油断させておいて、屋上から突き落とすなどといった悪質な行為などをされるのではないだろうか。
かと言って自分に話しかけにくいこの現状に、何かしらの急用もしくは頼みごとがあって、教室だと話しかけにくいから屋上に来て欲しいという要件だった場合に申し訳がなくなる。
(どうしようかなぁ……)
結局その時点では答えが出せず、冬馬は軽い人間不信の思考になりながらも、ひとまずその手紙を鞄の中に詰めて教室へと向かった。
校舎内の人波を掻き分けて階段を上る。
今日のタイムスケジュール的に、そろそろ有志発表が始まるくらいだろう。冬馬の腕時計は正午付近を差していた。
(……とりあえず屋上に来てみたけど)
一番上まで階段を上り、冬馬の目の前には屋上へとつながる扉が待ち構えていた。
……もし、扉の向こうを覗き見して、伊達みたいな怖い男子生徒が見えたら速攻扉を閉めて階段を駆け下りよう。
白いドアノブに手を掛ける。冬馬は意を決して、音が立たないように扉を開けていくと、そこにいたのは慄然《りつぜん》していた伊達のような怖い男子生徒でもなく、冬馬を見限った花園でもなく、どこか見覚えのあるような一年生の女子生徒だった。
(あれ、確か……)
いつかは忘れたが、自分はこの女の子と関わったことがあるような気がする。でも気がするだけで鮮明に思い出せない。
この状況が上手く理解できずに黙って首をかしげていると、冬馬より先に目の前にいる女の子が口を開いた。
「冬馬先輩、球技大会の日はとてもお世話になりました。すぐにお礼を言えなくてごめんなさい!」
「……球技大会」
思い出した。この子たちは球技大会の日の放課後に冬馬が助けた女の子だ。あの日事故に遭ってからすぐに病院に運ばれて数週間入院していたので、あの女の子たちはどうなったんだろうと心配していたが、どうやら無事のようなので安心した。
「もう一人の女の子も大丈夫なの?」
「はい! 本当はここに二人で来る予定だったんですけど、アミューズメントのシフトと被って来れなくなりました……」
「そっか、二人が無事だったんなら俺もよかったよ」
もしあの時車に撥ねられたのが自分ではなくこの子だったら、自分のように骨折と打撲だけでは済まないので、怪我無くて本当に良かったと思う。
それにここ三か月、人との接触を避けて過ごしてきたために、話すのが久しぶりで何となく嬉しく感じる。
「あの、今日は冬馬先輩にもう一つ言いたいことがあって来たんです」
女の子は冬馬の目の前に立つと、顔を上げて少し赤みを帯びた頬を冬馬に向けた。
まだお礼の他に何かあるのだろうか、と頭の中に困惑の色を浮かべる。だがそんな心配をよそに、女の子は冬馬の目を真っ直ぐに見て、言葉を喉から絞り出した。
「冬馬先輩が好きです。私とお付き合いしてください!」
そんな浮かれた空気の中、冬馬は休み時間は読書をしたり、放課後は出来るだけ早く帰宅をして小説サークルの課題に取り掛かったりして、落ち着かない感情を気を紛らわしながら過ごしていた。
……そうでもしないと、あの時の光景がフラッシュバックして気が滅入ってしまうような気がしてならないからだ。
だがあれ以来、冬馬が心配していたいじめは起こらず、周囲の生徒にもそう言った被害が及んでいないのを耳に挟んで安心していた。
(……明後日、学校祭かぁ)
現在は学校祭準備期間という事で、昼休みが終了してからの残りの二時間は、クラスの出し物や神輿の制作に時間を費やすことが出来る事となっている。
冬馬は教室内の装飾担当という簡単な仕事を担当しているが、もうすでに完成してしまっているので、昼休み終了後の残りの二時間は作業せずに家に帰るようにしていた。
喫茶店での一件以来、純とも話していない。何度か純がいつもの癖で冬馬に近寄ってくるようなことがあったが、心の中で何度も謝って避けていた。
それにいつもクラスの中心だった彼女の笑い声も聞こえなくなっていた。教室で見かけても心ここにあらずといった寂しそうな瞳に目が留まり、元気のない彼女につい声を掛けてしまいそうになる。
(何考えてんだろう……)
頭の中を必死に振り払って、私物を鞄に詰めて教室をあとにする。今回の冬馬のクラスは学校祭定番のお化け屋敷をするらしく、教室から洩れた楽し気な笑い声が廊下に響いていた。
それから同じような毎日を繰り返し、学校祭当日。教室内装飾の最終調整という事で、冬馬は何時もより早めに家を出て、始発の汽車に乗り込んで学校へと向かった。
流石にもう学校についている人はいないだろうと思いながら下駄箱を見てみると、何人かの生徒は冬馬の予想に反して学校に来ており、冬馬と同じように最終調整を進めているらしかった。
一番上の「10」と書かれた番号の下駄箱から上靴を取り出す。すると靴の中から白い紙きれのようなものが出てきて鼠色のタイルの上にひらひらと舞い落ちた。
(……なんだこれ)
一瞬、新手のいじめかと思ったが、危険そうな感じは一切見当たらない。
冬馬は恐る恐る紙を開いて見てみると、女の子特有の可愛らしい文字で「十二時くらいに、屋上に来て下さい」とだけ書いており、差出人などは記名されていなかった。
……これは屋上に行くべきなのであろうか。約三か月間いじめがなかったとしても、水城はそろそろ事を忘れているだろうと油断させておいて、屋上から突き落とすなどといった悪質な行為などをされるのではないだろうか。
かと言って自分に話しかけにくいこの現状に、何かしらの急用もしくは頼みごとがあって、教室だと話しかけにくいから屋上に来て欲しいという要件だった場合に申し訳がなくなる。
(どうしようかなぁ……)
結局その時点では答えが出せず、冬馬は軽い人間不信の思考になりながらも、ひとまずその手紙を鞄の中に詰めて教室へと向かった。
校舎内の人波を掻き分けて階段を上る。
今日のタイムスケジュール的に、そろそろ有志発表が始まるくらいだろう。冬馬の腕時計は正午付近を差していた。
(……とりあえず屋上に来てみたけど)
一番上まで階段を上り、冬馬の目の前には屋上へとつながる扉が待ち構えていた。
……もし、扉の向こうを覗き見して、伊達みたいな怖い男子生徒が見えたら速攻扉を閉めて階段を駆け下りよう。
白いドアノブに手を掛ける。冬馬は意を決して、音が立たないように扉を開けていくと、そこにいたのは慄然《りつぜん》していた伊達のような怖い男子生徒でもなく、冬馬を見限った花園でもなく、どこか見覚えのあるような一年生の女子生徒だった。
(あれ、確か……)
いつかは忘れたが、自分はこの女の子と関わったことがあるような気がする。でも気がするだけで鮮明に思い出せない。
この状況が上手く理解できずに黙って首をかしげていると、冬馬より先に目の前にいる女の子が口を開いた。
「冬馬先輩、球技大会の日はとてもお世話になりました。すぐにお礼を言えなくてごめんなさい!」
「……球技大会」
思い出した。この子たちは球技大会の日の放課後に冬馬が助けた女の子だ。あの日事故に遭ってからすぐに病院に運ばれて数週間入院していたので、あの女の子たちはどうなったんだろうと心配していたが、どうやら無事のようなので安心した。
「もう一人の女の子も大丈夫なの?」
「はい! 本当はここに二人で来る予定だったんですけど、アミューズメントのシフトと被って来れなくなりました……」
「そっか、二人が無事だったんなら俺もよかったよ」
もしあの時車に撥ねられたのが自分ではなくこの子だったら、自分のように骨折と打撲だけでは済まないので、怪我無くて本当に良かったと思う。
それにここ三か月、人との接触を避けて過ごしてきたために、話すのが久しぶりで何となく嬉しく感じる。
「あの、今日は冬馬先輩にもう一つ言いたいことがあって来たんです」
女の子は冬馬の目の前に立つと、顔を上げて少し赤みを帯びた頬を冬馬に向けた。
まだお礼の他に何かあるのだろうか、と頭の中に困惑の色を浮かべる。だがそんな心配をよそに、女の子は冬馬の目を真っ直ぐに見て、言葉を喉から絞り出した。
「冬馬先輩が好きです。私とお付き合いしてください!」
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