ステータスなしの元人気メンタリスト、異世界の最強ドラゴンをお手だけで服従させる~目を見ただけで思考が読めるので、魔法使いが詠唱してくれません

マーマー

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第2章第11節 竜殺し(物理)の英雄

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 学園祭の闘技場は、漆黒のドラゴンと、その前に立つ一人の男――レン・クロウリーによって、異様な静寂に包まれていた。
 ドラゴンはレンの「お手」の指示に従い、巨大な右前脚をレンの小さな掌(てのひら)に乗せている。
 その重みは尋常ではない。レンの膝は小刻みに震え、額からは冷や汗が滝のように流れている。
 (……痛い痛い痛い! 重いって! 関節外れる! お願いだから早くどけて!)
 レンの内面は絶叫しているが、顔には必死に「賢者の微笑み」を張り付けている。

「……よし、いい子だ」

 レンはドラゴンの硬い鱗を震える手で撫でた。
 ドラゴンは「グルル……」と低く喉を鳴らし、気持ちよさそうに目を細めた。
 野生の王が、完全に服従した瞬間だった。

 観客席から、割れんばかりの歓声が上がる。
 「すげえ!」「ドラゴン使いだ!」「レン様万歳!」
 興奮は最高潮に達していた。

 だが、その時。
 ドラゴンの背後から、一人の男が姿を現した。
 全身を黒いローブで覆い、手には不吉なオーラを纏った杖を持っている。
 魔法学主任、ケインだった。

「……チッ。まさか、こんな見せ物で時間を稼がれるとはな」

 ケインが忌々しそうに舌打ちする。
 彼は、ゴート教頭を焚き付け、レンを学園から排除しようとした黒幕だ。
 そして、このドラゴンを召喚した張本人でもあった。

「……ケイン先生? なぜ貴方がそこに?」
「決まっているだろう。この駄犬(ドラゴン)の飼い主だからさ」

 ケインが杖を掲げると、ドラゴンの首輪(レンは今気づいたが、目立たない色の首輪がついていた)が赤く発光した。

「このドラゴンは、古代遺跡から発掘された『竜の卵』を、私の禁呪で孵化させ、洗脳したものだ。……貴様のようなペテン師に、私の最高傑作が奪われてたまるか!」

 ケインが叫ぶと、ドラゴンの目が赤く染まり、再び凶暴な咆哮を上げた。
 洗脳が強化されたのだ。
 ドラゴンがレンの腕を振り払う。
 レンは吹き飛ばされ、石畳に叩きつけられた。

「ぐはッ!」
「レン様!」

 セシリアが駆け寄ろうとするが、ドラゴンの尻尾の一撃で薙ぎ払われる。
 アリアが魔法を放つが、ドラゴンの鱗には傷一つ付かない。

「ククク……無駄だ。このドラゴンは魔法耐性が異常に高い。……さあ、我が僕(しもべ)よ。あの目障りな男を焼き尽くせ!」

 ケインの命令で、ドラゴンが口を大きく開け、灼熱のブレスを溜め始めた。
 逃げ場はない。
 レンは、地面に這いつくばったまま、迫り来る死の予感に震えた。
 (……終わった。今度こそ本当に終わった。……トイレ行っとけばよかった)

 だが、その時。
 レンの脳裏に、ある光景がフラッシュバックした。
 それは、前世で見た、あるドキュメンタリー番組の映像。
 『動物のしつけ』に関する番組。

 (……そうだ。動物は、言葉(言語)は理解できない。だが、音(トーン)と、動作(アクション)は理解する)

 レンは、最後の賭けに出た。
 彼は、最後の力を振り絞って立ち上がり、ドラゴンに向かって叫んだ。

「――待てッ!!」

 その声は、闘技場全体を震わせるほどの大音量だった。
 音響効果を最大限に利用した、威嚇の咆哮。

 ドラゴンが、ビクリと動きを止めた。
 ブレスが口の中でくすぶる。

「……フン、無駄な悪あがきを。……やれ! 焼き殺せ!」

 ケインが杖を振るう。首輪が激しく発光し、ドラゴンに攻撃を強制する。

 レンは、ドラゴンの目を凝視した。
 (……呼吸が浅い。瞳孔が収縮と散大を繰り返している。……ケインの命令と、僕の威嚇の間で葛藤している)

 レンは、さらに畳み掛ける。
 彼は、ポケットから銅貨を一枚取り出し、ドラゴンの目の前で弾いた。
 キンッ!
 甲高い金属音が響く。

「……見ろ、これだ。……『ご褒美(エサ)』だ」

 レンはニヤリと笑った。
 ハッタリだ。ただの銅貨だ。
 だが、洗脳で判断能力が低下しているドラゴンにとって、その輝きと音は、強烈な「快楽(エサ)」の刺激となる。

 ドラゴンの視線が、銅貨に釘付けになる。

「……チッ! たかが銅貨一枚で……! やれ! 言うことを聞け!」

 ケインが焦って叫ぶ。
 だが、ドラゴンの本能は、すでに「恐怖(ケインの命令)」よりも「快楽(レンのエサ)」を選んでいた。

 ドラゴンが、ケインの方を振り向いた。
 その目は、もはや従順な僕のものではない。
 餌を邪魔する「敵」を見る目だ。

「……え? な、何を……! やめろ! 私はお前の主人だぞ!」

 ケインが後ずさる。
 だが、遅かった。
 ドラゴンが、口の中でくすぶっていたブレスを、ケインに向かって吐き出した。

 ドォォォンッ!!
 凄まじい炎がケインを飲み込む。
 断末魔の叫びすら聞こえなかった。

 炎が消えると、そこには、黒焦げになったケインの杖だけが残っていた。

 静寂。
 観客たちは、言葉を失っていた。
 ドラゴンが、自分の主人を焼き殺した。
 そして、そのドラゴンは、レンの足元で、大人しく座っていた。

 レンは、深いため息をついた。
 (……危ねえええ! マジでギリギリだった! 銅貨作戦、失敗したら即死だった!)
 レンの内面は、安堵と恐怖でぐちゃぐちゃだった。

 だが、周囲はそうは見ない。

「……レン様が、ドラゴンを操って、悪の魔法使いを倒した!」
「すげえ! 竜殺し(ドラゴンスレイヤー)だ!」
「いや、竜使い(ドラゴンマスター)だ!」

 新たな伝説が生まれた瞬間だった。

 レンは、震える足でドラゴンの頭に手を置いた。

「……よし。いい子だ。……でも、ブレスはもう禁止な」

 ドラゴンは「グルル……」と頷いた(ように見えた)。

 こうして、学園祭の狂騒は、レンの「竜使い伝説」という形で幕を閉じた。
 だが、これは、レンの平穏な教師生活の終わりでもあった。
 学園だけでなく、国中、いや、周辺諸国までもが、「ドラゴンを従える最強の賢者」の存在に注目し始めたのだ。

 レンは、観客の熱狂的な視線を浴びながら、心の中で叫んだ。
 (……頼むから、誰か俺をトイレに行かせてくれえェェェッ!!)

 彼の胃痛は、限界突破していた。
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