22 / 91
第2章第14節 英雄の退場、そして新たな舞台へ
しおりを挟む
「武神」カイザーが、特別応接室の床で号泣を始めてから、一時間が経過していた。
彼は、二メートル超の巨体を丸め、子供のように泣きじゃくっている。
「うおおォォォッ! 親父ィィィッ! 俺を認めてくれぇぇぇ!」
レンは、ため息をつきながら、テーブルに肘をついてその様子を眺めていた。
(……長い。長すぎる。いつまで泣くんだ、このおっさん。……ていうか、これ、どうやって収拾つければいいんだ?)
レンの内面は、別の意味で限界を迎えていた。
セシリアとアリアは、まだカイザーを警戒しているが、その表情には戸惑いが混じっている。
「レン様。……この男、どうしますか? 斬りますか?」
セシリアが物騒な提案をする。
「ククク……。師匠の『精神汚染(マインド・クラッシュ)』は、相手の魂を幼児退行させるほどの威力……。恐ろしい……」
アリアは相変わらず勘違いしている。
レンは、ゆっくりと立ち上がり、カイザーの肩に手を置いた。
「……カイザー。泣くのは、もう十分だろう」
レンの声は、努めて優しく、だが断固とした響きを持たせた。
これは『ラポール(信頼関係)』の形成だ。
相手が感情を爆発させた後、優しく接することで、相手は自分を「理解者」だと認識し、強い信頼感を抱くようになる。
カイザーが、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げた。
「……クロウリー殿。……俺は、どうすれば……」
完全に依存している目だ。
レンは、ニヤリと笑った。
「……簡単なことさ。君は、もう父親の影に怯える必要はない」
レンは、カイザーの目を凝視した。
「君は、強い。……だが、その強さは、誰かに認められるためのものじゃない。……君自身が、君を認めるためのものだ」
それっぽいことを言って、煙に巻く。
だが、カイザーには、それが「神の啓示」のように響いたらしい。
「……俺が、俺を認める……?」
「そうだ。……君は、もう十分戦った。……少しは休んでも、誰も文句は言わないさ」
レンは、カイザーの背中をポンと叩いた。
「……帝国に帰りなさい。そして、皇帝(ちちおや)に伝えるんだ。……『俺は、もうあなたの影じゃない』と」
これは、『ダブルバインド』の応用だ。
「帝国に帰る」という行動を「父親からの自立」という意味にすり替えることで、カイザーの帰国を促す。
カイザーの目に、新たな光が宿った。
それは、もう怯えた子供の目ではなかった。
自分の意志で、未来を見据える「武人」の目だ。
「……わかった。……ありがとう、クロウリー殿。……貴方の言葉、一生忘れない」
カイザーは、深く頭を下げた。
そして、涙を拭い、立ち上がった。
「……俺は、国へ帰る。……そして、必ず、親父を超えてみせる!」
カイザーは、レンの手を力強く握りしめた。
(痛い痛い! 骨折れるって! 握力バカかよ!)
レンは顔を引きつらせながらも、笑顔で耐えた。
カイザーは、セシリアとアリアにも一礼し、風のように応接室を出て行った。
その背中は、来た時よりもずっと大きく、そして晴れやかに見えた。
レンは、カイザーの姿が見えなくなると、その場にへたり込んだ。
(……終わった。やっと終わった……! マジで疲れた……)
全身の力が抜ける。
「レン様! 大丈夫ですか!」
「師匠! さすがです! あの『武神』を、言葉だけで改心させるとは……!」
セシリアとアリアが駆け寄ってくる。
レンは、弱々しく笑った。
「……ああ。……少し、疲れただけだ」
こうして、レンは「帝国の武神」カイザーとの心理戦に勝利し、ロムレス王国を戦争の危機から救った。
だが、レンはまだ知らなかった。
カイザーが帰国後、皇帝に「ロムレスには、人の心を自在に操る『魔王』がいる。……今は手を出さない方が賢明だ」と報告したことを。
そして、その報告が、レンの評価をさらに爆上げし、周辺諸国を震撼させることになることを。
数日後。
レンは、再び学園長室に呼び出された。
(……またかよ。今度は何だよ。もう勘弁してくれ)
レンは憂鬱な気分で学園長室の扉を開けた。
だが、そこにいたのは、学園長だけではなかった。
豪華な衣装に身を包んだ、数名の騎士と、一人の老人がいた。
老人が、レンを見て、深く頭を下げた。
「……お初にお目にかかります。レン・クロウリー殿。……私は、ロムレス王国宰相、ゼクスと申します」
宰相ゼクス。
この国の実質的な支配者であり、国を牛耳る老獪な政治家。
「……何の用でしょうか?」
「……単刀直入に申し上げます。……貴方の力を、国のために貸していただきたい」
ゼクスは、レンの目を凝視した。
値踏みするような、冷徹な目。
「……国王陛下が、貴方に会いたいと仰せです。……王宮へ、ご同行願えますか?」
王宮への召喚。
それは、レンが、学園という「箱庭」から、国の政治という「修羅場」へと引きずり出されることを意味していた。
レンは、深くため息をついた。
(……ああ、やっぱりこうなるのか。……俺の平和なスラム生活が、どんどん遠のいていく……)
レンは、覚悟を決めた。
震える手をマントの下に隠し、不敵な笑みを浮かべた。
「……いいでしょう。……退屈していたところです」
レン・クロウリーの、新たな戦いが、今、始まろうとしていた。
彼の胃痛は、王宮という新たな舞台で、さらに加速していくことになる。
(第2章 完)
彼は、二メートル超の巨体を丸め、子供のように泣きじゃくっている。
「うおおォォォッ! 親父ィィィッ! 俺を認めてくれぇぇぇ!」
レンは、ため息をつきながら、テーブルに肘をついてその様子を眺めていた。
(……長い。長すぎる。いつまで泣くんだ、このおっさん。……ていうか、これ、どうやって収拾つければいいんだ?)
レンの内面は、別の意味で限界を迎えていた。
セシリアとアリアは、まだカイザーを警戒しているが、その表情には戸惑いが混じっている。
「レン様。……この男、どうしますか? 斬りますか?」
セシリアが物騒な提案をする。
「ククク……。師匠の『精神汚染(マインド・クラッシュ)』は、相手の魂を幼児退行させるほどの威力……。恐ろしい……」
アリアは相変わらず勘違いしている。
レンは、ゆっくりと立ち上がり、カイザーの肩に手を置いた。
「……カイザー。泣くのは、もう十分だろう」
レンの声は、努めて優しく、だが断固とした響きを持たせた。
これは『ラポール(信頼関係)』の形成だ。
相手が感情を爆発させた後、優しく接することで、相手は自分を「理解者」だと認識し、強い信頼感を抱くようになる。
カイザーが、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げた。
「……クロウリー殿。……俺は、どうすれば……」
完全に依存している目だ。
レンは、ニヤリと笑った。
「……簡単なことさ。君は、もう父親の影に怯える必要はない」
レンは、カイザーの目を凝視した。
「君は、強い。……だが、その強さは、誰かに認められるためのものじゃない。……君自身が、君を認めるためのものだ」
それっぽいことを言って、煙に巻く。
だが、カイザーには、それが「神の啓示」のように響いたらしい。
「……俺が、俺を認める……?」
「そうだ。……君は、もう十分戦った。……少しは休んでも、誰も文句は言わないさ」
レンは、カイザーの背中をポンと叩いた。
「……帝国に帰りなさい。そして、皇帝(ちちおや)に伝えるんだ。……『俺は、もうあなたの影じゃない』と」
これは、『ダブルバインド』の応用だ。
「帝国に帰る」という行動を「父親からの自立」という意味にすり替えることで、カイザーの帰国を促す。
カイザーの目に、新たな光が宿った。
それは、もう怯えた子供の目ではなかった。
自分の意志で、未来を見据える「武人」の目だ。
「……わかった。……ありがとう、クロウリー殿。……貴方の言葉、一生忘れない」
カイザーは、深く頭を下げた。
そして、涙を拭い、立ち上がった。
「……俺は、国へ帰る。……そして、必ず、親父を超えてみせる!」
カイザーは、レンの手を力強く握りしめた。
(痛い痛い! 骨折れるって! 握力バカかよ!)
レンは顔を引きつらせながらも、笑顔で耐えた。
カイザーは、セシリアとアリアにも一礼し、風のように応接室を出て行った。
その背中は、来た時よりもずっと大きく、そして晴れやかに見えた。
レンは、カイザーの姿が見えなくなると、その場にへたり込んだ。
(……終わった。やっと終わった……! マジで疲れた……)
全身の力が抜ける。
「レン様! 大丈夫ですか!」
「師匠! さすがです! あの『武神』を、言葉だけで改心させるとは……!」
セシリアとアリアが駆け寄ってくる。
レンは、弱々しく笑った。
「……ああ。……少し、疲れただけだ」
こうして、レンは「帝国の武神」カイザーとの心理戦に勝利し、ロムレス王国を戦争の危機から救った。
だが、レンはまだ知らなかった。
カイザーが帰国後、皇帝に「ロムレスには、人の心を自在に操る『魔王』がいる。……今は手を出さない方が賢明だ」と報告したことを。
そして、その報告が、レンの評価をさらに爆上げし、周辺諸国を震撼させることになることを。
数日後。
レンは、再び学園長室に呼び出された。
(……またかよ。今度は何だよ。もう勘弁してくれ)
レンは憂鬱な気分で学園長室の扉を開けた。
だが、そこにいたのは、学園長だけではなかった。
豪華な衣装に身を包んだ、数名の騎士と、一人の老人がいた。
老人が、レンを見て、深く頭を下げた。
「……お初にお目にかかります。レン・クロウリー殿。……私は、ロムレス王国宰相、ゼクスと申します」
宰相ゼクス。
この国の実質的な支配者であり、国を牛耳る老獪な政治家。
「……何の用でしょうか?」
「……単刀直入に申し上げます。……貴方の力を、国のために貸していただきたい」
ゼクスは、レンの目を凝視した。
値踏みするような、冷徹な目。
「……国王陛下が、貴方に会いたいと仰せです。……王宮へ、ご同行願えますか?」
王宮への召喚。
それは、レンが、学園という「箱庭」から、国の政治という「修羅場」へと引きずり出されることを意味していた。
レンは、深くため息をついた。
(……ああ、やっぱりこうなるのか。……俺の平和なスラム生活が、どんどん遠のいていく……)
レンは、覚悟を決めた。
震える手をマントの下に隠し、不敵な笑みを浮かべた。
「……いいでしょう。……退屈していたところです」
レン・クロウリーの、新たな戦いが、今、始まろうとしていた。
彼の胃痛は、王宮という新たな舞台で、さらに加速していくことになる。
(第2章 完)
0
あなたにおすすめの小説
クラス全員が転生して俺と彼女だけが残された件
兵藤晴佳
ファンタジー
冬休みを目前にした田舎の高校に転校してきた美少女・綾見(あやみ)沙羅(さら)は、実は異世界から転生したお姫様だった!
異世界転生アプリでクラス全員をスマホの向こうに送り込もうとするが、ただひとり、抵抗した者がいた。
平凡に、平穏に暮らしたいだけの優等生、八十島(やそしま)栄(さかえ)。
そんな栄に惚れ込んだ沙羅は、クラス全員の魂を賭けた勝負を挑んでくる。
モブを操って転生メンバーを帰還に向けて誘導してみせろというのだ。
失敗すれば、品行方正な魂の抜け殻だけが現実世界に残される。
勝負を受ける栄だったが、沙羅は他クラスの男子の注目と、女子の嫉妬の的になる。
気になる沙羅を男子の誘惑と女子の攻撃から守り抜き、クラスの仲間を連れ戻せるか、栄!
魔力0の貴族次男に転生しましたが、気功スキルで補った魔力で強い魔法を使い無双します
burazu
ファンタジー
事故で命を落とした青年はジュン・ラオールという貴族の次男として生まれ変わるが魔力0という鑑定を受け次男であるにもかかわらず継承権最下位へと降格してしまう。事実上継承権を失ったジュンは騎士団長メイルより剣の指導を受け、剣に気を込める気功スキルを学ぶ。
その気功スキルの才能が開花し、自然界より魔力を吸収し強力な魔法のような力を次から次へと使用し父達を驚愕させる。
趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた
歩く魚
ファンタジー
働きたくない元社畜、異世界で見つけた最適解は――「助成金で生きる」ことだった。
剣と魔法の世界に転生したシンは、冒険者として下積みを積み、ついに夢を叶える。
それは、国家公認の助成金付き制度――ギルド経営によって、働かずに暮らすこと。
そして、その傍で自らの歪んだ性癖を満たすため、誰に頼まれたわけでもない人助けを続けていたがーー
「ご命令と解釈しました、シン様」
「……あなたの命、私に預けてくれるんでしょ?」
次第にギルドには、主人公に執着するメンバーたちが集まり始め、気がつけばギルドは、愛の重い最強集団になっていた。
筑豊国伝奇~転生した和風世界で国造り~
九尾の猫
ファンタジー
亡くなった祖父の後を継いで、半農半猟の生活を送る主人公。
ある日の事故がきっかけで、違う世界に転生する。
そこは中世日本の面影が色濃い和風世界。
しかも精霊の力に満たされた異世界。
さて…主人公の人生はどうなることやら。
俺のスキルが回復魔『法』じゃなくて、回復魔『王』なんですけど?
八神 凪
ファンタジー
ある日、バイト帰りに熱血アニソンを熱唱しながら赤信号を渡り、案の定あっけなくダンプに轢かれて死んだ
『壽命 懸(じゅみょう かける)』
しかし例によって、彼の求める異世界への扉を開くことになる。
だが、女神アウロラの陰謀(という名の嫌がらせ)により、異端な「回復魔王」となって……。
異世界ペンデュース。そこで彼を待ち受ける運命とは?
近未来の魔法世界に転生して最強ハーレムを作る
こうたろ
ファンタジー
トラックの直撃で死亡。「君は選ばれた。異世界へ行く資格を得たのだ」とか言われてとりあえず転生させられたクルト。公爵家だけど四男だし魔術があるけど魔力量判定Eでほぼほぼ使い物にならないし……魔物1体倒すのも一苦労。俺の転生後生活、大丈夫か?
勝手にダンジョンを創られ魔法のある生活が始まりました
久遠 れんり
ファンタジー
別の世界からの侵略を機に地球にばらまかれた魔素、元々なかった魔素の影響を受け徐々に人間は進化をする。
魔法が使えるようになった人類。
侵略者の想像を超え人類は魔改造されていく。
カクヨム公開中。
死神と恐れられた俺、転生したら平和な時代だったので自由気ままな人生を享受する
オカさん
ファンタジー
たった一人で敵軍を殲滅し、『死神』と恐れられた男は人生に絶望して自ら命を絶つ。
しかし目を覚ますと500年後の世界に転生していた。
前世と違う生き方を求めた彼は人の為、世の為に生きようと心を入れ替えて第二の人生を歩み始める。
家族の温かさに触れ、学園で友人を作り、世界に仇成す悪の組織に立ち向かって――――慌ただしくも、充実した日々を送っていた。
しかし逃れられたと思っていたはずの過去は長い時を経て再び彼を絶望の淵に追いやった。
だが今度こそは『己の過去』と向き合い、答えを導き出さなければならない。
後悔を糧に死神の新たな人生が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる