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第3章第1節 王宮への帰還、そして新たな火種
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ロムレス王国の王都は、かつてない活気に包まれていた。
街の至る所に、一人の青年の肖像画が掲げられ、人々はその名を口々に叫んでいる。
「レン・クロウリー様万歳!」
「我らが救国の英雄!」
「ドラゴンを手懐け、帝国の武神を退けた伝説の賢者!」
そんな熱狂の渦中を、一台の豪華な馬車が王城へと向かっていた。
馬車の中。レン・クロウリーは、窓の外の狂騒を、死んだ魚のような目で見つめていた。
(……やめてくれ。そんな目で見ないでくれ。俺はただの一般人だ。魔力ゼロの、ただの詐欺師だ。ドラゴン? あれはただの動物調教だ。カイザー? あれはただのトラウマ治療だ。……全部、ハッタリなんだよォォォ!)
レンの内面は、限界を超えたプレッシャーで崩壊寸前だった。
胃がキリキリと痛む。冷や汗が止まらない。
今すぐ馬車から飛び降りて、スラムのボロアパートに引きこもりたい。
だが、それは許されない。
隣には、国王の勅命を受けた使者が座り、対面には護衛の騎士が目を光らせている。
これは、栄誉ある王宮への招待ではない。実質的な強制連行だ。
「……レン様。顔色が優れませんが。……やはり、英雄としての責務は重いのですか?」
使者の男が、恭しく問いかけた。
レンは、深呼吸をし、震える手をマントの下に隠した。
そして、表情筋を総動員して、いつもの「不敵な賢者」のマスクを被る。
「……問題ない。……ただ、街の喧騒が、少々耳障りだっただけだ」
レンは、足を組み、窓の外を一瞥した。
その姿は、民衆の熱狂など意に介さない、孤高の英雄そのものだった。
「……さすがはレン様。……この程度の騒ぎ、取るに足らないということですね」
使者が感心したように頷く。
(……違います。ビビってるだけです。……胃薬ください)
*
馬車は、王城の巨大な門をくぐり、石畳の前庭で停止した。
レンが馬車から降りると、そこには数百人の近衛兵が整列し、彼を出迎えた。
その中央に立つのは、この国の実質的な支配者、宰相ゼクス。
そして、その隣には、レンが初めて見る、燃えるような赤髪の青年が立っていた。
第二王子、ライオネル。
兄のテオドールとは対照的な、武骨で鍛え上げられた肉体を持つ男だ。
(……あれが第二王子か。噂通りの「武闘派」って感じだな。……だが、ただの脳筋じゃないな)
レンは観察(スキャン)を開始する。
(……ライオネルの目。……笑みを浮かべているが、瞳孔が一切動いていない。……周囲の状況を常に警戒し、ゼクスの動き、兵士たちの配置、そして初対面である俺の挙動。全てを計算に入れている。……こいつは、兄のテオドールとは違う。……狡猾なリアリストだ)
レンは一瞬で彼を「危険人物」と認定した。
「……ようこそ、レン・クロウリー殿。……国を救った英雄を、心から歓迎する」
ライオネルが、力強い声で言った。
彼は、レンの元へ歩み寄り、右手を差し出した。
「……お初にお目にかかる。私は第二王子、ライオネルだ。……貴方の活躍は、耳にしている。……ドラゴンを言葉だけで従え、あのカイザーを退けたとか。……実に痛快だ」
レンは、差し出された手を握り返した。
(……痛っ! 握力強すぎ! 骨折れるって!)
レンは顔を引きつらせながらも、笑顔で耐えた。
「……お初にお目にかかります、殿下。……過分なお言葉、恐縮です。……私はただ、少し運が良かっただけですよ」
「ハハハ! 謙遜だな。……運だけで帝国軍を撤退させられるものか。……兄上がいれば、さぞかし悔しがっただろうな」
ライオネルが、わざとらしく「兄」の話題を出した。
第一王子テオドール。本来なら彼もここに出迎えているはずの人物だ。
だが、彼が今どこにいるか、レンは知っている。
「……テオドール殿下は、お元気でしょうか?」
レンがあえて尋ねる。
ゼクスが、すかさず割って入った。
「……テオドール殿下は、現在、学園にて勉学に励んでおられます。……少々、研鑽が必要との国王陛下のご判断でしてな」
(……知ってるよ。俺が原因だもんな。……国王陛下も人が悪い。あんなプライドの高い王子を学園に放り込むなんて)
レンの胃痛が加速する。
「……そうですか。……それは残念だ。……学園に戻ったら、ご挨拶せねばなりませんね」
「フン、兄上のことなどどうでもいい。……レン殿、私は単刀直入に言うぞ」
ライオネルが、レンの目を真っ直ぐに見据えた。
その目に、隠しきれない野心の炎が宿った。
「……私は、この腐った国を変えたい。……ゼクス宰相のような古狸が牛耳る現状を打破し、強いロムレスを取り戻す。……そのために、貴方の力が必要だ」
隣にゼクスがいるにも関わらず、堂々の宣戦布告。
ゼクスの眉がピクリと動いたが、表情は崩さない。
(……うわぁ、バチバチじゃん。……目の前で派閥勧誘とか、肝が据わってるなこの王子。……でも、どっちの味方についても地獄だぞこれ)
レンの胃痛は、限界を超えつつあった。
レンは、フッと笑った。
どちらにも与しない、第三の選択肢(ハッタリ)を示す笑みだ。
「……光栄なお誘いですが、私はしがない教師。……政治のような高尚な遊びには、興味がありませんな」
レンは、ライオネルの手をゆっくりと離した。
「……ただ、私は『面白いこと』が好きでしてね。……殿下がどのような『変革』を見せてくれるのか、楽しみにしていますよ」
肯定も否定もしない、玉虫色の回答。
ライオネルの目が、鋭く細められた。
「……なるほど。……一筋縄ではいかない男、か。……いいだろう。無理強いはしない。……だが、覚えておいてくれ。この国で生き残るには、いつか必ず『選択』を迫られる時が来る」
ライオネルは、意味深な言葉を残し、踵を返した。
(……怖っ。今の目、完全に「敵とみなしたら殺す」って目だったぞ。……もう帰りたい。本当に帰りたい)
レンの内面は冷や汗まみれだが、表面上は余裕の態度を崩さない。
「……さあ、レン殿。国王陛下がお待ちです。参りましょう」
ゼクスが、何事もなかったかのように案内を再開する。
レンは、重い足取りで、王宮の奥へと進んでいった。
背後では、セシリアが「あの第二王子、レン様に対して不遜です! 呼吸を止めましょうか?」と物騒なことを呟き、アリアが「ククク……。王宮に渦巻く陰謀の気配……。我が深淵の血が騒ぐ……!」と興奮している。
(……頼むから、二人とも静かにしててくれ。……俺の胃が、もう限界なんだよ……)
レン・クロウリーの王宮への帰還は、針の筵(むしろ)の上を歩くような、最悪のスタートとなった。
街の至る所に、一人の青年の肖像画が掲げられ、人々はその名を口々に叫んでいる。
「レン・クロウリー様万歳!」
「我らが救国の英雄!」
「ドラゴンを手懐け、帝国の武神を退けた伝説の賢者!」
そんな熱狂の渦中を、一台の豪華な馬車が王城へと向かっていた。
馬車の中。レン・クロウリーは、窓の外の狂騒を、死んだ魚のような目で見つめていた。
(……やめてくれ。そんな目で見ないでくれ。俺はただの一般人だ。魔力ゼロの、ただの詐欺師だ。ドラゴン? あれはただの動物調教だ。カイザー? あれはただのトラウマ治療だ。……全部、ハッタリなんだよォォォ!)
レンの内面は、限界を超えたプレッシャーで崩壊寸前だった。
胃がキリキリと痛む。冷や汗が止まらない。
今すぐ馬車から飛び降りて、スラムのボロアパートに引きこもりたい。
だが、それは許されない。
隣には、国王の勅命を受けた使者が座り、対面には護衛の騎士が目を光らせている。
これは、栄誉ある王宮への招待ではない。実質的な強制連行だ。
「……レン様。顔色が優れませんが。……やはり、英雄としての責務は重いのですか?」
使者の男が、恭しく問いかけた。
レンは、深呼吸をし、震える手をマントの下に隠した。
そして、表情筋を総動員して、いつもの「不敵な賢者」のマスクを被る。
「……問題ない。……ただ、街の喧騒が、少々耳障りだっただけだ」
レンは、足を組み、窓の外を一瞥した。
その姿は、民衆の熱狂など意に介さない、孤高の英雄そのものだった。
「……さすがはレン様。……この程度の騒ぎ、取るに足らないということですね」
使者が感心したように頷く。
(……違います。ビビってるだけです。……胃薬ください)
*
馬車は、王城の巨大な門をくぐり、石畳の前庭で停止した。
レンが馬車から降りると、そこには数百人の近衛兵が整列し、彼を出迎えた。
その中央に立つのは、この国の実質的な支配者、宰相ゼクス。
そして、その隣には、レンが初めて見る、燃えるような赤髪の青年が立っていた。
第二王子、ライオネル。
兄のテオドールとは対照的な、武骨で鍛え上げられた肉体を持つ男だ。
(……あれが第二王子か。噂通りの「武闘派」って感じだな。……だが、ただの脳筋じゃないな)
レンは観察(スキャン)を開始する。
(……ライオネルの目。……笑みを浮かべているが、瞳孔が一切動いていない。……周囲の状況を常に警戒し、ゼクスの動き、兵士たちの配置、そして初対面である俺の挙動。全てを計算に入れている。……こいつは、兄のテオドールとは違う。……狡猾なリアリストだ)
レンは一瞬で彼を「危険人物」と認定した。
「……ようこそ、レン・クロウリー殿。……国を救った英雄を、心から歓迎する」
ライオネルが、力強い声で言った。
彼は、レンの元へ歩み寄り、右手を差し出した。
「……お初にお目にかかる。私は第二王子、ライオネルだ。……貴方の活躍は、耳にしている。……ドラゴンを言葉だけで従え、あのカイザーを退けたとか。……実に痛快だ」
レンは、差し出された手を握り返した。
(……痛っ! 握力強すぎ! 骨折れるって!)
レンは顔を引きつらせながらも、笑顔で耐えた。
「……お初にお目にかかります、殿下。……過分なお言葉、恐縮です。……私はただ、少し運が良かっただけですよ」
「ハハハ! 謙遜だな。……運だけで帝国軍を撤退させられるものか。……兄上がいれば、さぞかし悔しがっただろうな」
ライオネルが、わざとらしく「兄」の話題を出した。
第一王子テオドール。本来なら彼もここに出迎えているはずの人物だ。
だが、彼が今どこにいるか、レンは知っている。
「……テオドール殿下は、お元気でしょうか?」
レンがあえて尋ねる。
ゼクスが、すかさず割って入った。
「……テオドール殿下は、現在、学園にて勉学に励んでおられます。……少々、研鑽が必要との国王陛下のご判断でしてな」
(……知ってるよ。俺が原因だもんな。……国王陛下も人が悪い。あんなプライドの高い王子を学園に放り込むなんて)
レンの胃痛が加速する。
「……そうですか。……それは残念だ。……学園に戻ったら、ご挨拶せねばなりませんね」
「フン、兄上のことなどどうでもいい。……レン殿、私は単刀直入に言うぞ」
ライオネルが、レンの目を真っ直ぐに見据えた。
その目に、隠しきれない野心の炎が宿った。
「……私は、この腐った国を変えたい。……ゼクス宰相のような古狸が牛耳る現状を打破し、強いロムレスを取り戻す。……そのために、貴方の力が必要だ」
隣にゼクスがいるにも関わらず、堂々の宣戦布告。
ゼクスの眉がピクリと動いたが、表情は崩さない。
(……うわぁ、バチバチじゃん。……目の前で派閥勧誘とか、肝が据わってるなこの王子。……でも、どっちの味方についても地獄だぞこれ)
レンの胃痛は、限界を超えつつあった。
レンは、フッと笑った。
どちらにも与しない、第三の選択肢(ハッタリ)を示す笑みだ。
「……光栄なお誘いですが、私はしがない教師。……政治のような高尚な遊びには、興味がありませんな」
レンは、ライオネルの手をゆっくりと離した。
「……ただ、私は『面白いこと』が好きでしてね。……殿下がどのような『変革』を見せてくれるのか、楽しみにしていますよ」
肯定も否定もしない、玉虫色の回答。
ライオネルの目が、鋭く細められた。
「……なるほど。……一筋縄ではいかない男、か。……いいだろう。無理強いはしない。……だが、覚えておいてくれ。この国で生き残るには、いつか必ず『選択』を迫られる時が来る」
ライオネルは、意味深な言葉を残し、踵を返した。
(……怖っ。今の目、完全に「敵とみなしたら殺す」って目だったぞ。……もう帰りたい。本当に帰りたい)
レンの内面は冷や汗まみれだが、表面上は余裕の態度を崩さない。
「……さあ、レン殿。国王陛下がお待ちです。参りましょう」
ゼクスが、何事もなかったかのように案内を再開する。
レンは、重い足取りで、王宮の奥へと進んでいった。
背後では、セシリアが「あの第二王子、レン様に対して不遜です! 呼吸を止めましょうか?」と物騒なことを呟き、アリアが「ククク……。王宮に渦巻く陰謀の気配……。我が深淵の血が騒ぐ……!」と興奮している。
(……頼むから、二人とも静かにしててくれ。……俺の胃が、もう限界なんだよ……)
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