ステータスなしの元人気メンタリスト、異世界の最強ドラゴンをお手だけで服従させる~目を見ただけで思考が読めるので、魔法使いが詠唱してくれません

マーマー

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第3章第3節 獅子の檻、毒蛇の庭

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 ゼクスの懐刀であるベルナルド侯爵が、引きつった笑いを浮かべて退散していく。その背中を見送りながら、レンは心の中で盛大なため息をついた。
 (……危なかった。マジで危なかった。「裏帳簿」なんて単語、ドラマでしか聞いたことねぇよ。完全にハッタリだ。……もし「そんなものはない」って開き直られてたら、俺、今頃どうなってた?)

 レンの背中を、冷たい汗が滝のように流れる。
 だが、彼の表面は、氷の彫刻のように冷徹な「賢者」の仮面を保っていた。彼はゆっくりとワイングラスを傾け、まるで今のやり取りが、退屈な余興に過ぎなかったかのように振る舞う。

 周囲の貴族たちの反応は劇的だった。
 老獪なベルナルド侯爵を、言葉巧みに(彼らにそう見えた)撃退したことで、レンへの評価は「単なる武力バカ」から「政治的な駆け引きもできる油断ならない男」へと修正されたのだ。
 その結果、彼を見る目は、好奇心から、より粘着質な「警戒」と「値踏み」へと変化した。

 (……視線が痛い。さっきより質が悪いぞ。……もう誰も話しかけてくるな。俺を空気だと思ってくれ)
 レンが心の中で祈りを捧げていると、不意に、会場の空気が変わった。

 ダンッ!
 誰かが、わざとらしく音を立ててグラスをテーブルに置いたのだ。
 静まり返る会場。全員の視線が、音の発生源に集中する。

 そこに立っていたのは、第二王子ライオネルだった。
 燃えるような赤髪の巨躯が、椅子を蹴るようにして立ち上がる。その存在感だけで、周囲の空気がピリついた。

「……茶番はもういいだろう」

 ライオネルが、低い、唸るような声で言った。彼の視線は、一直線にレンに向けられている。

「……ベルナルドのような小物を虐めて、何が面白い? レン・クロウリー」

 (……うわぁ。一番面倒くさいのが来た。……大貴族の侯爵を捕まえて「小物」扱いかよ。……噂通りの武闘派だな。ゼクス一派を完全に敵視してやがる)
 レンの胃が再び悲鳴を上げる。

 ライオネルは、大股でレンの席へと歩み寄ってきた。近衛兵たちが慌てて道を空ける。
 彼はレンの目の前で仁王立ちになり、見下ろした。
 物理的な圧迫感が半端ではない。筋肉の鎧を纏った猛獣が、鼻先で唸っているようなものだ。

「……貴様の力、噂では聞いていたが、どうも胡散臭い。……ドラゴンを言葉で従えた? 未来が見える? ……フン、そんな御伽噺、誰が信じるか」

 ライオネルは、挑戦的な笑みを浮かべた。

「……ここで証明してみせろ。貴様が本物だということを。……俺を納得させるだけの『力』を、今すぐここで見せてみろ」

 会場が凍りついた。
 これは、第二王子による、公然たる「査問」だ。
 もしここでレンが失敗すれば、彼の名声は地に落ち、国王のメンツも潰れる。
 ゼクス宰相が、ニヤリと陰湿な笑みを浮かべているのが視界の端に見えた。(……あのジジイ、楽しんでやがる)

 レンは追い詰められた。
 逃げ場はない。魔法は使えない。
 (……どうする? 何を見せればいい? スプーン曲げ? いや、この筋肉ダルマには通じない。……やっぱり、得意の『アレ』しかないか)

 レンは、覚悟を決めた。
 彼は、ゆっくりと席を立ち上がった。身長差はあるが、レンは決して視線を逸らさない。
 そして、ライオネルの目を、至近距離で凝視した。

 『観察(スキャン)』開始。

(……ライオネル。呼吸が浅く、速い。交感神経が優位になっている。興奮状態。……瞳孔は散大し、俺を「敵」としてロックオンしている。……そして、腰の剣の柄を握る右手。指の関節が白くなるほど力がこもっている。……これは、単なる威圧じゃない。俺が下手な真似をすれば、本当に斬りかかる気だ)

 レンの背筋が凍る。だが、同時に、彼の脳は冷徹に分析を続ける。

(……なぜ、こんなに焦っている? 兄のテオドールが失脚した今、次の王位は彼のもののはずだ。……それなのに、この余裕のなさはなんだ? ……そうか。こいつは、「待てない」んだ)

 レンは、ライオネルの本質を見抜いた。
 彼は、武人としての己の力に絶対の自信を持っている。だからこそ、政治的な駆け引きや、ゼクスのような老獪な貴族たちとの腹の探り合いに、強烈なストレスを感じているのだ。
 彼は今すぐ、力尽くで全てをねじ伏せたいという衝動と戦っている。

 (……なるほどね。……「獅子」は、檻の中がお気に召さないらしい)

 レンは、ニヤリと笑った。
 悪魔的な、挑発の笑み。

「……証明しろ、とおっしゃいましたね? 殿下」

 レンの声は、静まり返った会場によく通った。

「……では、私の『目』に映る、貴方の『未来』をお教えしましょう」

 レンは、一歩、ライオネルに近づいた。
 二人の顔の距離は、数センチしかない。

「……私には視えます。……檻の中で、苛立ち、咆哮する、一頭の赤き獅子の姿が」

 ライオネルの眉がピクリと動いた。

「……その獅子は、あまりにも力が強すぎる。……自らの爪と牙で、檻を破壊しようとしている。……ですが、殿下」

 レンは、声を潜め、ライオネルの耳元で囁いた。
 これは『アンカリング』。特定の感情と、自分の言葉を結びつける技術。

「……その檻を壊せば、天井が崩れ落ちてくることにお気づきですか? ……貴方が壊そうとしているのは、貴方自身がこれから座るべき『玉座』そのものですよ」

 その一言が、ライオネルの急所を突いた。
 彼の短気と武力行使が、結果として国の秩序を崩壊させ、彼自身の首を絞めることになるという、彼が深層心理で最も恐れている「未来」を突きつけたのだ。

 ライオネルの体が硬直した。
 剣の柄を握る手が、わななく。

「き、貴様……! 俺を愚弄する気か……!」

 ライオネルが激昂し、剣を抜こうとした。
 (ひいいっ! やっぱり斬られる!? やめて! 言葉の綾だって!)
 レンの内面は絶叫したが、体は動かない。いや、動かしてはいけない。

 レンは、動じることなく、ライオネルの目を見つめ続けた。

「……『真実の王』とは、抜くべき時にのみ、剣を抜くものです。……違いますか?」

 決定打。
 「王の器」を問う言葉。

 ライオネルの動きが止まった。
 数秒の沈黙。
 やがて、ライオネルは、ギリギリと歯噛みしながら、剣の柄から手を離した。

「……フン。……面白い。……口だけは達者なようだな」

 ライオネルは、負け惜しみのように吐き捨て、ドカッと席に戻った。
 会場の空気が、一気に弛緩した。
 貴族たちが、信じられないものを見る目でレンを見つめている。
 「あの暴れん坊の殿下を、言葉だけで……」「やはり、本物の賢者か……」

 国王が、満足げに笑った。

「フハハハ! どうだライオネル。……レンの『力』は、本物であろう?」
「……フン。まあ、少しは骨のある男のようだな」

 ライオネルは不機嫌そうにワインを煽ったが、その目には、レンへの新たな評価――「利用価値のある危険人物」という認識が宿っていた。

 レンは、静かに席に戻った。
 (……死ぬかと思った。マジで寿命縮んだ……)
 レンは、テーブルの下でガクガクと震える膝を必死に抑えつけた。

 晩餐会は、その後も続いたが、もはやレンに絡んでくる命知らずはいなかった。
 レンは、豪華な食事の味を何一つ感じることなく、ただひたすら胃痛に耐えながら、長い夜を過ごした。

 こうして、レン・クロウリーの王宮デビュー戦は、辛くも勝利(という名の生存)で幕を閉じた。
 だが、これは、彼が王国の権力闘争という巨大な渦の中心に、完全に巻き込まれたことを意味していた。
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