ステータスなしの元人気メンタリスト、異世界の最強ドラゴンをお手だけで服従させる~目を見ただけで思考が読めるので、魔法使いが詠唱してくれません

マーマー

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第4章第9節 狂信者の反撃

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 翌朝。
 レンは、小鳥のさえずりではなく、エリナの甘ったるい声と、鼻腔をくすぐる紅茶の香りで目を覚ました。

 「……おはようございます、レン様。……よく眠れまして?」

 目を開けると、視界いっぱいにエリナの完璧な笑顔があった。彼女はベッドサイドに座り、レンの顔を覗き込んでいる。その距離、およそ十センチ。至近距離で見ても毛穴一つない陶器のような肌と、宝石のように輝く瞳が、朝の光を受けてキラキラと輝いている。

 (……うわっ、近っ! ……朝っぱらから心臓に悪いっての! ……ていうか、いつからそこにいたんだよ……)

 レンは内心で悲鳴を上げながらも、表面上は穏やかな「賢者の目覚め」を演じた。
 「……ああ、おはよう、エリナ。……君のおかげで、ぐっすり眠れたよ」
 彼はゆっくりと体を起こそうとしたが、左手に繋がれた鎖がジャラリと音を立てて、それを阻んだ。鎖の先は、エリナの左手首にしっかりと固定されている。

 「……ふふっ。それは何よりですわ。……さあ、朝食になさいませ。……今日も、私が『あーん』して差し上げますからね?」
 エリナは、サイドテーブルに置かれた銀の盆から、スプーンで粥をすくい上げ、レンの口元に差し出した。粥からは、昨日と同じ、あの独特なハーブの香りが漂っている。

 (……またこれかよ。……美味しいけどさ、自分で食べさせてくれよ……。……完全に介護じゃん……)

 レンは、屈辱と胃痛に耐えながら、差し出されたスプーンをパクりと咥えた。エリナは、まるで愛玩動物に餌を与える飼い主のような、満足げな表情でそれを見つめている。

 その時だった。
 離宮の静寂を破る、騒がしい足音と、怒号のような声が廊下から聞こえてきた。

 「……開けろ! ……異端審問局だ! ……正式な令状がある!」

 レンの心臓が、ドクリと大きく跳ねた。この声は、聞き覚えがある。
 エリナの動きが止まった。スプーンを持ったまま、彼女の顔から表情が消え失せた。

 バンッ!!
 という乱暴な音とともに、部屋のドアが外から蹴破られた。強化された魔力錠が、物理的な衝撃で破壊されたのだ。

 部屋になだれ込んできたのは、数十人の武装した異端審問官たちだった。彼らは全員、顔を覆うフードを目深にかぶり、手には魔力封じの杖や、抜き身の剣を握りしめている。その殺気立った雰囲気は、昨日の法廷での比ではなかった。

 そして、その先頭に立っていたのは、包帯で頭をぐるぐる巻きにし、杖をついた男――ガイウスだった。

 「……見つけたぞ、魔女め! ……そして、その協力者!」
 ガイウスが、憎しみに満ちた目でレンたちを睨みつけた。彼の顔は、昨日の屈辱と、エリナの魔力で受けたダメージで、どす黒く変色し、醜く歪んでいる。その瞳孔は、興奮剤でも打ったかのように開ききっており、呼吸は荒く、肩が激しく上下している。

 「……ガイウス審問官」
 エリナが、スプーンを盆に戻し、ゆっくりと立ち上がった。鎖がジャラリと鳴る。
 彼女の声は、昨日と同じ、氷点下の冷たさを帯びていた。

 「……私の寝室に、土足で踏み込むとは。……どういうつもりかしら?」
 エリナの周囲の空気が、ピリリと張り詰める。彼女の体から、黒い魔力のオーラが立ち上り始めた。

 しかし、今日のガイウスは違った。彼は、エリナの威圧に怯むどころか、ニヤリと笑ったのだ。

 「……フン。……聖女気取りもそこまでだ、エリナ! ……我々は、教皇猊下から直々に『全権委任状』を賜った! ……貴様が魔女を庇い立てするなら、貴様も同罪として裁く! ……それが神の意志だ!」

 ガイウスが、懐から羊皮紙の束を取り出し、高々と掲げた。そこには、教皇の署名と、血のように赤い教会の公印が押されていた。
 その瞬間、部屋の空気が一変した。

 (……マジかよ。……教皇のジジイ、動きやがったか。……昨日のエリナの暴走を口実に、一気に潰しにかかってきたな)

 レンは、事態の深刻さを瞬時に理解した。教皇の「全権委任状」は、この国において絶対的な効力を持つ。これがある限り、たとえ聖女であっても、法的に抵抗することは難しい。

 「……あら、そうですの?」
 エリナは、委任状を一瞥もせず、鼻で笑った。
 「……それがどうしたというのかしら? ……そのような紙切れ一枚で、私のレン様を奪えると思って?」

 エリナの魔力オーラが、さらに膨れ上がった。彼女は本気で、ここにいる全員を皆殺しにするつもりだ。
 審問官たちが、恐怖で一歩後ずさる。だが、ガイウスだけは動じない。

 「……ククク。……無駄だ、エリナ。……貴様の魔力は、もはや通用しない!」
 ガイウスが合図を送ると、後ろに控えていた審問官たちが、一斉に懐から何かを取り出した。
 それは、手のひらサイズの奇妙な形の金属片だった。複雑な紋様が刻まれ、微かに青白い光を放っている。

 「……『対魔導結界装置(アンチ・マジック・フィールド)』だ!」
 ガイウスが叫ぶと同時に、数十個の装置が起動した。

 ブォォォンッ!!
 という低い音とともに、部屋全体が青白い光のドームに包まれた。

 「……なっ!?」
 エリナが、初めて驚きの声を上げた。彼女の体から立ち上っていた黒いオーラが、霧散するように消え失せたのだ。彼女は、自分の魔力が完全に封じられたことを悟り、愕然とした表情で自分の手を見つめている。

 (……うわぁ。……ガチの魔力封じじゃん。……これ、アリアの首輪の強化版ってことか? ……エリナの魔力まで封じるとか、どんだけ高性能なんだよ……)

 レンは、教会の底力に戦慄した。彼らは、この日のために、秘密裏に対聖女用の兵器を開発していたのだ。

 「……フハハハハ! ……どうだ、エリナ! ……魔力を失った貴様など、ただの小娘に過ぎん!」
 ガイウスが、勝利を確信して高笑いした。
 「……さあ、かかれ! ……魔女アリアと、その協力者レンを捕らえろ! ……抵抗するなら、殺しても構わん!」

 「……おォォォッ!!」
 審問官たちが、一斉に襲いかかってきた。

 「……ちっ! ……レン様、下がってください!」
 部屋の隅にいたセシリアが、瞬時に抜剣し、レンの前に躍り出た。彼女は、迫りくる審問官たちの剣を、目にも止まらぬ速さで弾き返し、蹴り飛ばしていく。

 「……フン! ……物理攻撃なら、私に任せなさい!」
 アリアも、魔力は使えないが、持ち前の身軽さで審問官たちの攻撃を回避し、テーブルの上のティーポットやクッションを投げつけて応戦している。

 部屋の中は、怒号と剣戟の音が飛び交う大乱戦となった。
 レンは、エリナに鎖で繋がれたまま、ベッドの上で右往左往していた。

 (……ちょ、まっ! ……俺、一般人なんですけど! ……戦闘力ゼロなんですけど! ……流れ弾とか当たったら即死なんですけど!?)

 レンは、恐怖で半泣きになりながら、必死に観察眼(スキャン)を発動させた。
 (……落ち着け。……状況を分析しろ。……敵の数は約三十。……全員が興奮状態で、冷静さを失っている。……ガイウスは後方で指揮を執っているが、昨日のダメージで足元がおぼつかない。……セシリアとアリアは奮戦しているが、多勢に無勢だ。……エリナは魔力を封じられて呆然としている。……このままじゃ、ジリ貧だ)

 レンの脳細胞が、フルスピードで回転する。
 (……どうする? ……どうすれば、この状況を打破できる? ……使える手札は? ……ハッタリ? ……いや、こんな乱戦の中で、言葉が通じる相手じゃない。……暗示? ……一人一人にかけている暇はない。……ダブルバインド? ……論理が通じない相手には無意味だ)

 レンは、絶望的な思考の迷路に陥りかけた。
 その時、彼の視界の端に、あるものが映った。

 それは、乱戦の中で床に落ちた、ガイウスの「杖」だった。
 昨日のエリナの魔力放出で吹き飛ばされた際に折れたのか、先端部分が欠けており、そこから微かに魔力が漏れ出しているのが見えた。

 (……ん? ……あれは……?)

 レンは、目を凝らしてその杖の断面を観察した。
 そこには、複雑な魔術回路のようなものが刻まれており、その中心に、小さな魔石が埋め込まれていた。そして、その魔石が、不規則に明滅している。

 (……まさか。……あの杖、ただの杖じゃないな? ……もしかして、あの「結界装置」の制御キーか何かか? ……いや、違う。……あの魔石の輝き方……あれは、魔力の「逆流」を起こしかけているサインだ)

 レンは、以前アリアから聞いた、魔道具の暴走に関する知識を思い出した。
 魔道具は、外部から強い衝撃を受けると、内部の魔術回路が破損し、蓄積された魔力が逆流して暴走することがある。その前兆が、魔石の不規則な明滅なのだ。

 (……これだ! ……これを利用すれば……!)

 レンの頭の中で、一つの起死回生の作戦が組み上がった。
 それは、一か八かの、危険すぎる賭けだった。もし失敗すれば、全員が魔力暴走に巻き込まれて吹き飛ぶかもしれない。

 (……でも、やるしかない。……このまま捕まって拷問されるよりはマシだ!)

 レンは、覚悟を決めた。
 彼は、大きく深呼吸をし、腹の底から声を張り上げた。

 「……全員、動くなァァァッ!!」

 その声は、戦場の喧騒を切り裂き、全員の動きを一瞬だけ止めた。
 審問官たちも、セシリアたちも、驚いてレンの方を向いた。

 レンは、ゆっくりとベッドから立ち上がった。(足がガクガク震えているのを、必死に隠しながら)。
 彼は、床に落ちているガイウスの杖を指差し、ニヤリと笑った。

 「……ガイウス審問官。……貴方は、重大なミスを犯しましたね」
 レンの声は、自信に満ち溢れていた。(心臓が口から飛び出しそうなほどバクバクしているのに)。

 「……な、何だと? ……何を言っている?」
 ガイウスが、訝しげに眉をひそめた。

 「……お気づきではありませんか? ……貴方のその杖。……昨日の衝撃で、内部の魔術回路が破損していますよ」
 レンは、ハッタリと事実(ファクト)を織り交ぜて語り始めた。

 「……見てごらんなさい。……あの魔石の輝きを。……あれは、魔力が逆流し、今にも暴走しようとしているサインです。……あと数秒もすれば、この部屋全体を吹き飛ばすほどの大爆発が起こるでしょうね」

 「……なっ!? ……ば、馬鹿な! ……そんなはずは……!」
 ガイウスが、慌てて自分の杖の断面を確認した。そこには、レンの言う通り、不規則に明滅する魔石があった。

 「……ひっ!? ……こ、これは……!?」
 ガイウスの顔が、恐怖で引きつった。彼は、魔道具の知識があるだけに、レンの言葉が真実味を帯びて聞こえたのだ。

 審問官たちの間にも、動揺が広がった。彼らは、互いに顔を見合わせ、後ずさり始めた。

 (……よし! ……かかった! ……集団心理が「恐怖」に傾いた! ……今だ!)

 レンは、この機を逃さなかった。彼は、さらに畳みかけるように叫んだ。

 「……死にたくなければ、今すぐその『結界装置』を解除しろ! ……そうすれば、私がこの杖の暴走を食い止めてやる!」

 これは、完全なハッタリだった。レンに魔道具を修理する技術などない。
 だが、パニックに陥った集団には、そんなことを考える余裕はなかった。

 「……くっ! ……ええい、ままよ! ……解除だ! ……結界を解除しろォォォ!」
 ガイウスが、恐怖に負けて叫んだ。

 審問官たちが、慌てて装置を操作した。
 ブォォォンッ……プシュン。
 という音とともに、部屋を覆っていた青白い光のドームが消滅した。

 その瞬間。
 ドォォォンッ!!
 という、昨日よりもさらに強大な、圧倒的な魔力の奔流が、エリナの体から噴き出した。

 「……あら。……随分と騒がしいですわね」
 エリナが、ゆっくりと顔を上げた。
 その瞳は、完全に「魔女」のそれだった。漆黒の闇が渦を巻き、底知れない怒りと殺意が満ち溢れている。

 「……私の安眠を妨げ、私のレン様を危険に晒し、あまつさえ、私に剣を向けた……。……その罪、万死に値しますわ」

 エリナが、右手を軽く振った。
 それだけで、目に見えない巨大な魔力の塊が、審問官たちを襲った。

 「……ぎゃぁぁぁッ!?」
 数十人の男たちが、まるで枯れ葉のようにまとめて吹き飛ばされ、壁や天井に叩きつけられた。彼らはピクリとも動かなくなった。

 ガイウスは、一人だけ立っていたが、腰が抜けて動けないようだった。彼は、恐怖で歪んだ顔で、エリナを見上げていた。

 「……ひっ……ひぃぃぃ……! ……ば、化け物ぉぉぉ……!」

 「……誰が、化け物ですって?」
 エリナが、ガイウスの目の前に瞬時に移動した。
 彼女は、ガイウスの首を片手で掴み上げ、宙に吊るした。

 「……貴方は、神の愛を理解できない、哀れな害虫ですわ。……浄化して差し上げますね?」

 エリナの手から、黒い炎のような魔力が立ち上った。ガイウスの体が、その炎に包まれていく。

 「……ぎゃぁぁぁぁッ!! ……あ、熱いッ! ……助け……!」
 ガイウスの断末魔の叫びが、部屋中に響き渡った。

 レンは、その光景を、ただ呆然と見つめていた。
 (……あーあ。……やっちゃったよ。……完全に皆殺しコースじゃん。……これ、もう収拾つかないだろ……)

 彼の胃痛は、もはや痛みを通り越して、感覚が麻痺し始めていた。
 そして、彼は悟った。
 この国は、もう終わりだ、と。
 狂信者の反撃は、最悪の形で幕を閉じた。そして、それは、さらなる混沌の幕開けでもあった。
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