ステータスなしの元人気メンタリスト、異世界の最強ドラゴンをお手だけで服従させる~目を見ただけで思考が読めるので、魔法使いが詠唱してくれません

マーマー

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第5章第11節 呉越同舟の進軍、あるいは胃薬の欠乏

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 レン・クロウリーの胃は、限界をとうに超えていた。
 馬の背に揺られるたびに、内側から雑巾を絞られるような鈍痛が走り、冷や汗が背中を伝い落ちる。ローブの下で、膝はまだガクガクと小刻みに震えていた。

 (……マジで死ぬかと思った。……いや、まだ死にかけてる真っ最中だろ、これ)

 レンは、内心の悲鳴を完璧なポーカーフェイスで封じ込め、馬上で悠然と腕を組んでみせた。
 彼の周囲には、異様な緊張感が張り詰めている。

 先頭を行くのは、知将ベルゼブブ率いる魔王軍の精鋭「黒の軍団」。彼らは一糸乱れぬ行軍を続けているが、その背中からは、後ろを歩く人間たちへの警戒心と、隠しきれない殺気が滲み出ていた。
 そして、その後ろに続くのが、レン率いる聖教騎士団の生き残りたちと、セシリア、アリア、そしてドラゴンの混成部隊だ。

 まさに、呉越同舟。一触即発の状況下での、魔王城への進軍だった。

 「……賢者レン。……お体の具合でも悪いのか?」
 不意に、横に並んだベルゼブブが声をかけてきた。

 レンの心臓が跳ね上がった。
 (……ひえっ! ……急に話しかけんな! ……心臓止まるかと思ったわ!)

 レンは、「観察眼」をフル稼働させて、ベルゼブブの方を向いた。
 フードの奥の紫色の瞳は、冷静さを装っているが、その瞳孔がわずかに開いている。視線はレンの顔の筋肉の動きを微細にスキャンしようとしており、杖を握る指先は、いつでも魔術を発動できるよう、微かに魔力を帯びて震えている。

 (……完全に疑ってやがる。……俺の『未来予知』が本物かどうか、探りを入れてきてるんだ)

 レンは、呼吸を整え、声のトーンを意図的に半音下げた。
 「……いや、何でもない。……ただ、少しばかり『視えすぎた』反動が来ているだけだ」
 レンは、意味深に眉間を揉んでみせた。

 (……ハッタリだ。……具体的なことは何も言わず、相手に勝手に深読みさせる。……これがメンタリズムの基本!)

 ベルゼブブの眉が、ピクリと動いた。
 「……視えすぎた、か。……貴様の言う『破滅の未来』。……具体的には、どのような光景だったのだ?」
 ベルゼブブが、さらに踏み込んできた。

 レンの胃痛が加速する。
 (……やべえ、具体的な質問が来た! ……適当なこと言ったら、ボロが出るぞ! ……どうする!?)

 レンは、視線を遠くの荒野に向け、遠い目をした。
 「……言葉にするのもおぞましい光景だ。……天が割れ、大地が裂け、全てが白い光に包まれて消滅する。……魔族も、人間も、そしてこの世界そのものもな」

 レンは、前世の記憶にあるSF映画のワンシーンを適当に描写してみた。

 ベルゼブブが、息を呑んだのが分かった。
 「……世界そのものが、消滅するだと? ……古代兵器とは、それほどの威力を持つというのか……」

 レンのハッタリは、予想以上の効果を発揮しているようだ。ベルゼブブの知性故に、未知の脅威に対する想像力が膨らんでしまっているのだろう。

 (……よし、信じた! ……このまま押し切れ!)

 レンは、さらに畳み掛けようとした。その時だった。

 チャキッ。

 鋭い金属音が響き、セシリアが抜剣してベルゼブブとレンの間に割って入った。
 「……下がりなさい、魔族。……レン様に気安く近づくことは許しません」

 セシリアの全身から、氷のように冷たい殺気が放たれた。彼女の青い瞳は、一点の曇りもなくベルゼブブを敵と認識し、ロックオンしている。

 「……ククク。……賢明な判断だ、氷の騎士よ。……この男の周囲には、深淵の瘴気が渦巻いている。……不用意に近づけば、精神を汚染されるぞ……」
 アリアも杖を構え、中二病全開の警告を発した。彼女の周囲で、魔力の粒子がパチパチと弾けている。

 ベルゼブブの護衛兵たちが、即座に反応し、武器を構えた。
 一瞬にして、場が凍りついた。

 (……ちょ、お前ら! ……余計なことすんなあああああ! ……せっかく上手くいってたのに、台無しにする気かよ!?)

 レンは、心の中で絶叫した。胃が、物理的にねじ切れるかと思った。
 だが、外面のレンは、あくまで冷静だった。

 「……二人とも、やめなさい」
 レンは、静かに、しかし威厳のある声で二人を制した。

 「……ですが、レン様! ……この者は、隙あらばレン様を害そうと……!」
 セシリアが反論しようとしたが、レンは片手でそれを止めた。

 「……大丈夫だ、セシリア。……彼とは、既に『契約』が成立している。……それに……」
 レンは、ベルゼブブに向かって、不敵な笑みを浮かべてみせた。
 「……もし彼が裏切れば、その瞬間に、私が視た『もう一つの未来』が現実のものとなるだけだ。……そうだろう、ベルゼブブ殿?」

 これは、完全な脅しだ。
 「裏切ったら、ドラゴンに命じてお前らを皆殺しにするぞ」というメッセージを、オブラートに包んで伝えたのだ。

 ベルゼブブの顔色が、さっと青ざめた。彼は、レンの背後にいるドラゴンをチラリと見て、無言で頷いた。
 「……賢明な判断だ。……全軍、武器を収めよ。……我々は、案内人に過ぎない」
 ベルゼブブが、苦々しげに部下たちに命じた。

 (……ふう。……危なかった。……マジで寿命が縮んだわ……)

 レンは、ローブの中で冷や汗を拭った。ヒロインたちの過剰な忠誠心も、時として命取りになる。

 その後も、ヒリヒリするような緊張感の中、進軍は続いた。
 ガウは、この空気に耐えられないのか、レンの近くを離れ、先頭集団の方で小さくなっている。
 聖教騎士団の生き残りたちは、魔族に囲まれて生きた心地がしないようで、青い顔をして黙々と歩いている。
 エリナだけは、相変わらず空気を読まず、「レン様との愛の逃避行♡」みたいなテンションで、時折レンに熱い視線を送ってくるが、レンは全力で無視した。

 やがて、荒野の先に、巨大な影が浮かび上がってきた。
 それは、険しい岩山をくり抜いて作られた、巨大な城塞だった。黒い石材で築かれた城壁は、天を突くように高くそびえ立ち、その周囲には、ドス黒い瘴気が渦を巻いている。
 城の尖塔からは、無数のガーゴイルがこちらを見下ろしており、その禍々しい威容は、見る者を圧倒する。

 魔王城。
 人類の敵、魔族の総本山。

 「……到着したぞ、賢者レン。……ここが、我が主、魔王様の居城だ」
 ベルゼブブが、誇らしげに、そしてどこか挑発的に言った。

 レンは、馬を止め、魔王城を見上げた。
 その圧倒的な存在感に、レンの「ビビり」の本能が警鐘を鳴らした。

 (……で、でけえ……。……嘘だろ、おい。……あんなとこ、人間が入っていい場所じゃねえって……。……入ったら最後、二度と生きて出られない気がする……)

 レンの足は、恐怖ですくみ上がっていた。今すぐ馬首を返して逃げ出したい衝動に駆られる。

 だが、周囲の視線が、それを許さない。
 セシリアの期待に満ちた眼差し、アリアの興奮した視線、ベルゼブブの値踏みするような目、そしてガウの畏敬の念。
 全ての視線が、「最強の賢者」であるレンの次なる行動を待っていた。

 レンは、覚悟を決めた。いや、諦めたと言った方が正しいかもしれない。
 彼は、震える唇を引き結び、精一杯の「賢者スマイル」を浮かべた。

 「……ほう。……なかなか、趣のある城ではないか。……悪くない」
 レンは、まるで観光名所でも評価するかのような、上から目線のセリフを吐いた。

 そして、心の中で絶叫した。
 (……帰りてええええええ! ……誰か、胃薬をくれええええええ!)

 レン・クロウリーの、魔王城への地獄の訪問が、今、始まろうとしていた。
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