ステータスなしの元人気メンタリスト、異世界の最強ドラゴンをお手だけで服従させる~目を見ただけで思考が読めるので、魔法使いが詠唱してくれません

マーマー

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第5章第12節 玉座の間への回廊、鳴り止まぬ腹の虫と警鐘

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 ギギギギギ……。

 錆びついた金属が擦れ合うような不快な轟音とともに、魔王城の巨大な正門がゆっくりと左右に開いていく。
 その隙間から吐き出されたのは、鼻が曲がりそうなほどの濃厚な腐臭と、肌にまとわりつくような湿った冷気だった。

 「……うっ」
 レンは思わずローブの袖で鼻を覆いそうになったが、寸前でその動作を「あご髭を撫でる」という賢者っぽい仕草に変換した。

 (……くっさ! 何これ、ドブ川の底みたいな匂いがするんだけど! ……それに、この空気の重さ……。息をするだけで肺が腐りそうだ……)

 レンの内心は、すでにパニック状態だった。胃袋はストレスでキリキリと悲鳴を上げ、冷や汗が滝のように背中を流れている。今すぐ馬首を返して、全力で逃げ出したい。

 だが、周囲の目がそれを許さない。
 先導するベルゼブブは、フード越しにレンの様子をじっと窺っている。背後のセシリアとアリアは、臨戦態勢で周囲を警戒しつつも、「レン様ならどんな魔境も踏破される」という絶対的な信頼の眼差しを向けている。そして、さらにその後ろでは、エリナが「魔王城デート♡」みたいなテンションで頬を赤らめていた。

 (……お前ら、少しは空気を読めよ! ここは敵の本拠地だぞ!? ……特にエリナ、お前は何しに来たんだよ!)

 レンは心の中でツッコミを入れつつ、震える足に力を込めて、馬を進めた。

 門をくぐると、そこは広大なエントランスホールになっていた。
 天井は遥か高く、黒い石柱が林立している。床には血のような赤黒いカーペットが敷かれ、壁にはグロテスクな魔獣の剥製や、禍々しい魔力で発光する鉱石が飾られている。
 そして、ホールの隅々には、様々な種類の魔族兵たちが整列し、侵入者であるレンたちを睨みつけていた。彼らが発する殺気は、物理的な圧力となってレンに襲いかかる。

 「……フン。……人間風情が、魔王城の土を踏むとはな……」
 「……見ろ、あの貧弱な体を。……俺様の一撃でミンチにしてやる……」

 魔族たちの囁き声が、レンの耳に届く。「聴覚強化」の魔法など使っていないはずなのに、彼らの悪意がダイレクトに脳内に響いてくるようだ。

 レンの心臓は、早鐘のように激しく打ち鳴らされていた。ローブの下の膝は、ガクガクと笑っている。

 (……やばい、やばい、やばい! ……殺気が痛い! ……視線だけで殺されそうだ! ……誰か、胃薬をくれ……。……強力なやつを……)

 レンは必死にポーカーフェイスを維持し、努めて低い声で言った。
 「……ほう。……なかなか歓迎されているようだな」

 それは、余裕の表れではなく、恐怖で声が上ずるのを隠すための精一杯の演技だった。

 ベルゼブブが、立ち止まって振り返った。
 「……彼らは、血気盛んでな。……人間を見るのは久しぶりなのだ。……許せ」
 その言葉には、謝罪の色など微塵もなく、むしろレンの反応を楽しむような響きが含まれていた。

 「……構わんよ。……彼らの『熱意』は、十分に伝わった」
 レンは、鷹揚に頷いてみせた。

 一行は、ベルゼブブの案内で、城の奥へと進んでいく。
 薄暗い廊下は、どこまでも続いているように思えた。壁には一定間隔で松明が燃えているが、その炎は青白く、周囲を照らすというよりは、闇を強調しているようだった。

 廊下を進むにつれて、すれ違う魔族の質が変わってきた。エントランスにいた雑兵とは違い、より強力な魔力を纏った上位魔族の姿が目立つようになる。
 全身が刃物でできたような魔族や、影のように実体のない魔族。彼らは一様に、レンたちに強い敵意と警戒心を向けていた。

 「……賢者レン。……貴様は、この城の『主』について、どれほど知っている?」
 歩きながら、ベルゼブブが唐突に問いかけてきた。

 レンの胃が、再びキュッと縮み上がった。
 (……来た。……また探りを入れてきやがった。……魔王の情報なんて、ガウから聞いた『食糧難で人間領を攻めようとしてる』ってことくらいしか知らねえよ!)

 レンは、ベルゼブブの顔を見た。「観察眼」が発動する。
 フードの奥の紫色の瞳は、レンの表情筋の微細な動きを見逃すまいと、獲物を狙う猛禽類のように鋭くなっている。呼吸は浅く、一定のリズムを保っているが、杖を握る指先が、わずかに白くなっている。

 (……こいつ、俺が魔王の情報をどれだけ握っているかで、俺の『危険度』を測ろうとしている。……下手な嘘はバレる。……かといって、『知らない』と言えば舐められる……)

 レンは、数秒の間に脳をフル回転させ、最適解を導き出した。
 彼は、ふっと鼻で笑った。

 「……知っているか、だと? ……愚問だな、ベルゼブブ殿」
 レンは、あえて相手を見下すような態度を取った。

 ベルゼブブの眉が、ピクリと動く。

 「……私は、全てを『視て』いると言ったはずだ。……魔王のことも、な」
 レンは、再び「未来予知」の大嘘を補強するハッタリをかました。

 「……魔王は、孤独な王だ。……圧倒的な力を持つが故に、誰にも理解されず、常に空虚さを抱えている。……今回の人間領への侵攻も、食糧難という大義名分はあるが、その根底には、世界に対する『承認欲求』が渦巻いている……。……違うか?」

 これは、現代の心理学における「権力者の孤独」や「承認欲求の歪み」といった一般的なプロファイリングを、適当に魔王に当てはめただけだ。だが、それっぽく言うことで、さも深層心理を見通しているかのように錯覚させる。

 ベルゼブブの足が、一瞬止まった。
 彼の喉仏が、ごくりと上下に動く。紫色の瞳が、驚愕に見開かれたのが、フードの隙間から見えた。

 (……図星か!? ……マジで!? ……適当に言っただけなんだけど!)

 レン自身が一番驚いていたが、外面ではあくまで冷静さを保った。

 「……な、なぜ、それを……? ……魔王様の御心の内は、側近である我々でさえ、計り知れないというのに……」
 ベルゼブブの声が、わずかに震えていた。

 (……よし! ……効いてる! ……こいつ、俺を本物の『化け物』だと認識し始めたな!)

 レンは、心の中でガッツポーズをした。だが、その直後、強烈な胃痛が襲ってきた。
 (……い、痛え……。……嘘つくたびに、寿命が削られていく気がする……)

 レンは、脂汗を流しながら、何食わぬ顔で歩き続けた。

 「……まあ、そう警戒するな。……私は、魔王と『対話』をしに来ただけだ。……彼を救済するためにな」
 レンは、聖人のような慈愛に満ちた言葉を付け加えた。

 (……救済とか、何様だよ俺! ……自分で言ってて恥ずかしくなるわ!)

 ベルゼブブは、もはや何も言わず、ただ黙ってレンを案内し続けた。その背中からは、レンに対する底知れぬ恐怖と、警戒心が滲み出ていた。

 やがて、一行は、他の場所とは明らかに雰囲気の異なる、巨大な扉の前に到着した。
 その扉は、黒曜石で作られており、表面には複雑怪奇な魔法陣が刻まれている。扉の隙間からは、禍々しい赤黒い魔力が、煙のように漏れ出していた。

 「……ここが、『玉座の間』だ」
 ベルゼブブが、短く告げた。彼の声は、緊張で硬直していた。

 レンは、扉を見上げた。
 その圧倒的な存在感に、レンの本能が警鐘を乱打した。

 (……やばい。……ここから先は、マジで次元が違う。……扉の向こうにいるのは、間違いなく、この世界最強の生物だ……)

 レンの心臓の鼓動が、限界まで速くなる。呼吸が浅くなり、指先が冷たくなっていく。
 胃の中では、消化液が暴れ回り、今にも吐き気を催しそうだった。

 「……レン様……」
 セシリアが、心配そうにレンの顔を覗き込んできた。彼女の手は、いつでも剣を抜けるよう、柄にかかっている。
 「……もし、魔王がレン様に害をなそうとすれば、このセシリアが、命に代えても……」

 「……ククク。……いよいよ、深淵の王との対面か。……血が滾るな……」
 アリアは、興奮で顔を紅潮させ、杖を握りしめている。

 「……レン様♡ ……魔王様の前で、私たちの愛を見せつけてやりましょうね♡」
 エリナは、相変わらずの調子だ。

 (……お前ら、本当に頼もしいけど、今は静かにしててくれ! ……俺は今、人生最大のピンチなんだよ!)

 レンは、深呼吸をした。肺に入ってくるのは、腐臭と魔力の混じった、不快な空気だけだ。

 (……やるしかない。……ここまで来て、逃げるわけにはいかない。……俺には、『ハッタリ』しかないんだ……!)

 レンは、震える足に力を込め、扉に向かって一歩踏み出した。
 そして、背後のベルゼブブに、振り返ることなく命じた。

 「……開けろ」
 その声は、不思議なほど落ち着いており、王者のような風格さえ漂わせていた。

 ベルゼブブは、一瞬ためらった後、無言で頷き、扉に手をかけた。
 ゴゴゴゴゴ……。

 地響きのような音とともに、巨大な黒曜石の扉が、ゆっくりと開き始めた。
 その隙間から、暴力的なまでの魔力の奔流が、レンたちに向かって吹き出してきた。
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