ステータスなしの元人気メンタリスト、異世界の最強ドラゴンをお手だけで服従させる~目を見ただけで思考が読めるので、魔法使いが詠唱してくれません

マーマー

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第5章第13節 玉座の間、魔王との対峙と予期せぬ歓迎

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 ゴゴゴゴゴ……!

 巨大な黒曜石の扉が完全に開ききった瞬間、レンの視界は暴力的なまでの深紅の光に塗りつぶされた。
 それと同時に、台風の暴風域に放り込まれたかのような、凄まじい魔力の奔流が真正面から叩きつけてきた。

 「……ぐっ!」
 レンは思わず呻き声を上げ、顔を腕で覆って防御姿勢を取った。物理的な風圧ではない。純粋な魔力の塊が、質量を持った壁となって押し寄せてきているのだ。
 ローブがバタバタと激しくはためき、フードが脱げそうになるのを必死で手で押さえる。立っているだけで精一杯だ。足元の石畳が、魔力の圧力でミシミシと悲鳴を上げているのが靴底越しに伝わってくる。

 肌がチリチリと焼けるような感覚があった。空気中に充満する魔素の濃度が高すぎて、魔力を持たないレンの体には毒劇物のように作用しているのだ。呼吸をするたびに、肺の中が灼熱した鉛で満たされていくような苦しさに襲われる。

 (……なんだこれ、なんだこれぇぇぇ!? ……息ができない! ……体が溶ける! ……これが魔王のプレッシャーだってのか!?)

 レンの内面は、もはや恐怖を通り越して生存本能の悲鳴で埋め尽くされていた。胃痛は限界を超え、腹の中で何かが破裂しそうな感覚がある。冷や汗は瞬時に蒸発し、代わりに鳥肌が全身を覆い尽くしていた。

 「……レン様、お下がりくださいッ!」
 セシリアが鋭く叫び、抜剣してレンの前に躍り出た。彼女の全身から青白い闘気が立ち上り、魔力の奔流を真正面から受け止める盾となる。
 しかし、そのセシリアでさえ、剣を握る手が微かに震え、足がじりじりと後退しているのが分かった。

 「……クククッ! ……素晴らしい! ……これぞ深淵の極地! ……私の魔力が疼いているわ!」
 アリアは、逆にこの状況に興奮しているようで、杖を高く掲げて恍惚の表情を浮かべている。だが、その額には玉のような汗が浮かんでおり、彼女にとってもこの魔力圧が尋常ではないことが見て取れた。

 「……まぁ♡ ……すごい歓迎ですわね、レン様♡ ……まるで情熱的な愛の嵐みたい♡」
 エリナだけは、相変わらず通常運転で、レンの腕にしがみつきながら頬を赤らめている。彼女の規格外のメンタル(と魔力耐性)には、レンも別の意味で戦慄した。

 やがて、奔流のような魔力の嵐が少しずつ収まり、視界を覆っていた深紅の光が薄れていった。
 レンは、セシリアの背後から、恐る恐る顔を出して玉座の間の中を覗き見た。

 そこは、城のエントランスホールが霞むほどに広大な空間だった。
 天井は闇に溶け込むほど高く、そこから無数の巨大なシャンデリアが吊り下げられている。だが、光源となっているのは、シャンデリアのロウソクではなく、壁や柱に埋め込まれた発光する魔鉱石だった。それらが放つ赤、紫、青の混じり合った光が、空間全体を幻想的かつ禍々しい雰囲気に染め上げている。

 床は一面、磨き上げられた黒大理石で、まるで鏡のように天井の光を反射している。その中央には、入り口から真っ直ぐに伸びる深紅の絨毯が敷かれており、その先には数段高くなった祭壇のような場所があった。

 そして、その祭壇の頂点に、巨大な玉座が鎮座していた。
 それは、無数の魔獣の骨と黒い金属を組み合わせて作られた、悪趣味極まりない、しかし圧倒的な威圧感を放つ椅子だった。背もたれは天を衝くように高く、肘掛けにはドラゴンの頭蓋骨がそのまま使われている。

 その玉座に、一人の人物が座っていた。

 レンの心臓が、一瞬、止まった。

 そこにいたのは、レンが想像していたような、醜悪な怪物の姿ではなかった。
 いや、確かに角は生えているし、背中には漆黒の翼が畳まれている。だが、その姿は、恐ろしいというよりは、神々しいまでの美しさを湛えていた。

 見た目の年齢は、人間で言えば二十代後半から三十代前半ほどだろうか。
 身長は、座っていても分かるほどに高く、鍛え上げられた肉体が、上質な黒い絹のローブの下からでも見て取れる。
 顔立ちは、彫刻のように整っており、冷酷さと知性を同時に感じさせる。肌は月光のように蒼白く、対照的に唇は血のように赤い。額からは、ねじれた二本の黒い角が天に向かって伸びており、その表面には複雑な魔術刻印が刻まれている。

 そして何より、その瞳。
 深淵をそのまま切り取ったような、底なしの漆黒の瞳が、レンたちを静かに見下ろしていた。その瞳の中には、感情の色が一切ない。ただ、圧倒的な「虚無」と、万物を睥睨する「絶対者」としての自負だけが感じられた。

 (……これが、魔王……。……この世界の、ラスボス……)

 レンは、本能的に理解した。目の前にいる存在は、これまで出会った誰とも、文字通り「格」が違う。カイザーも、教皇も、そしてエリナでさえも、この男の前では霞んで見える。
 この男が指を一本動かすだけで、自分たちは塵すら残さずに消滅するだろう。そんな確信めいた絶望が、レンの心を支配した。

 レンの「観察眼」が、自動的に発動した。だが、何も読み取れない。
 微表情の動きも、筋肉の緊張も、呼吸のリズムも、すべてが完璧に制御されている。まるで精巧な人形を見ているかのようだ。唯一、漆黒の瞳の奥底に、何か捉えどころのない感情の揺らぎがあるような気がしたが、それが何なのか、レンには皆目見当がつかなかった。

 (……読めない。……完璧なポーカーフェイスだ。……それに、このプレッシャー……。……目を合わせているだけで、精神が削られていく……)

 レンの喉仏が、ひくりと上下した。口の中はカラカラで、舌が上顎に張り付いて動かない。

 玉座の間には、静寂が満ちていた。先ほどの魔力の嵐が嘘のように、物音一つしない。魔王の側近と思われる数名の幹部級魔族が玉座の脇に控えていたが、彼らも石像のように微動だにしない。

 永遠にも感じる数秒間の沈黙の後。
 魔王が、ゆっくりと口を開いた。

 「……よく来たな、人間の子よ」

 その声は、決して大きくはなかった。だが、空間そのものを振動させるような、重厚で深みのある響きを持っていた。まるで、地の底から直接脳内に語りかけられているような感覚だ。

 レンの背筋に、悪寒が走った。
 (……声だけで、人を殺せそうだな、こいつ……)

 魔王の漆黒の瞳が、レンを捉えた。
 「……我が領土に土足で踏み込み、我が配下を言葉巧みに欺き、ここまで辿り着いたその度胸。……そして、この魔力濃度の中にあって、平然と立っていられるその力。……噂に聞く『賢者』の名に恥じぬ男と見た」

 (……いやいや、平然としてないから! ……今にもチビりそうだから! ……立ってるだけで奇跡だから!)

 レンは心の中で必死に否定したが、外面では、震える膝をローブで隠し、何とか「賢者スマイル」を維持した。

 「……お初にお目にかかる、魔王殿。……ロムレス王国国師、レン・クロウリーだ。……手荒い歓迎、感謝する」
 レンは、声が裏返らないように細心の注意を払いながら、精一杯の虚勢を張って答えた。

 魔王の端正な顔に、微かな笑みが浮かんだ。それは、獲物を見つけた捕食者のような、冷酷な笑みだった。

 「……フフ。……感謝、か。……面白い男だ。……だが、貴様のその余裕が、いつまで持つかな?」

 魔王が、玉座の肘掛けに置かれた指を、トン、と軽く叩いた。
 その瞬間。

 ドォォォォン!!

 レンたちの背後で、巨大な爆発音が響き渡った。
 振り返ると、今まで通ってきた黒曜石の扉が、跡形もなく消し飛んでいた。瓦礫が散乱し、もうもうと土煙が上がっている。

 「……退路は断った」
 魔王の声が、冷酷に響いた。
 「……ここから生きて出られると思うなよ、人間。……貴様が何者で、何の目的でここへ来たのか。……その全てを、我が前で曝け出してもらう」

 魔王の体から、再び膨大な魔力が溢れ出した。今度は、先ほどのような単純な放出ではない。明確な「殺意」と「敵意」が込められた、指向性のある魔力の刃だ。

 レンの肌が、チリチリと痛み出した。呼吸がさらに苦しくなる。

 (……終わった。……これ、完全に詰んだだろ。……対話とか、カウンセリングとか、そんな次元の話じゃねえ! ……こいつ、最初から俺たちを殺す気満々だ!)

 レンの頭の中が真っ白になった。逃げ場はない。戦っても勝てる見込みはゼロ。ハッタリも、この圧倒的な力の前では何の意味も持たないかもしれない。

 絶望が、レンの心を塗りつぶそうとした、その時だった。

 「……ちょっと、あなた! ……いきなり扉を壊すなんて、野蛮すぎませんこと!?」

 静寂を引き裂いたのは、エリナの怒声だった。
 彼女は、セシリアの腕をすり抜け、レンの前に進み出ると、腰に手を当てて魔王を睨みつけた。

 「……せっかくのレン様とのデートが、台無しじゃありませんの! ……それに、その埃っぽい魔力! ……レン様の美しいローブが汚れてしまいますわ!」

 「……は?」
 魔王の表情が、初めて崩れた。漆黒の瞳が、驚愕に見開かれる。
 玉座の脇に控えていた側近たちも、唖然としてエリナを見つめている。

 レンもまた、ポカンと口を開けてエリナを見つめた。
 (……お前、マジか? ……この状況で、魔王に説教!? ……死ぬぞ、お前! ……いや、俺たち全員道連れだ!)

 しかし、エリナは止まらない。彼女は、魔王に向かってビシッと指を突きつけた。
 「……いいこと? ……レン様は、世界で一番尊いお方なのです! ……あなたのような田舎の魔王が、気安く威圧していい相手ではありませんのよ! ……今すぐ謝罪なさい! ……さもなくば、この私が、愛の鉄槌を下しますわ!」

 エリナの体から、ピンク色のオーラが立ち上った。それは、魔王の放つ赤黒い魔力とは対照的な、しかし同じくらいに規格外の「愛の魔力」だった。

 魔王の間が、再び凍りついた。
 今度は、恐怖ではなく、理解不能な事態に対する混乱によって。

 レンは、頭を抱えた。胃痛が、一周回って引いていくのを感じた。
 (……もう、どうにでもなれ……。……このカオス、俺の手には負えねえ……)
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