ステータスなしの元人気メンタリスト、異世界の最強ドラゴンをお手だけで服従させる~目を見ただけで思考が読めるので、魔法使いが詠唱してくれません

マーマー

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第6章第9節 胃薬と朝食と、新たな試練

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 翌朝。
 レンは、人生で五指に入るほどの最悪な目覚めを迎えた。

 「……うぐっ……。……胃に、穴が開く……」

 豪華な天蓋付きベッドの上で、レンは鉛のように重い体を起こした。睡眠時間はそれなりに取ったはずだが、疲労は全く抜けていない。昨夜、魔王から受けた「原初の聖典を盗み見ろ」という死の宣告が、睡眠中も脳内でリフレインし続けていたせいだ。

 胃のあたりが、ずんと重く、焼け付くような鈍痛を訴えている。ストレス性胃炎が、いよいよ本格的なストライキを起こし始めたようだ。

 (……期限は次の満月まで。……失敗すれば魔王に消され、バレれば教皇に火刑にされる。……どうすりゃいいんだよ、これ……)

 レンは、サイドテーブルの水差しから震える手で水を注ぎ、持参していた強力な胃薬を流し込んだ。苦い粉末が喉に張り付く不快な感覚が、今の彼の気分を象徴しているようだ。

 「……よし。……今日も一日、完璧な賢者を演じ切るぞ……。……生き残るために……」

 レンは鏡の前で、土気色の顔を両手でパンパンと叩き、無理やり口角を上げて「余裕の笑み」の仮面を貼り付けた。

 身支度を整え、部屋を出ると、廊下にはすでに新しい監視騎士が二名、直立不動で待機していた。

 「……おはようございます、国師殿。……食堂へ案内いたします」
 騎士の事務的な声が、レンの神経を逆撫でする。

 (……朝から監視ご苦労なこった。……トイレくらい一人でゆっくり行かせろっての……)

 レンは、内心で毒づきながら、騎士たちの後について重厚な廊下を歩いた。足取りが重いのは、物理的な疲労だけが原因ではない。懐に入れた通信石が、まるで呪いのアイテムのように熱を帯びている気がした。

 通されたダイニングルームは、昨夜の夕食会場と同じ「月の間」の一角だった。朝の光が大きな窓から差し込み、部屋全体を明るく照らしているが、レンの心は土砂降りの雨模様だ。

 「……おはようございます、レン様♡ ……昨夜は、その後よく眠れまして?」
 先に席に着いていたエリナが、花が咲いたような笑顔で出迎えた。彼女は、今日も完璧な聖女の装いで、レンの隣の席を陣取っている。昨夜のトイレ騒動のことなど、微塵も気にしていない様子だ。

 「……おはよう、エリナ。……ああ、おかげさまで、ぐっすりとね」
 レンは、引きつりそうになる頬の筋肉を必死に制御しながら、爽やかに嘘をついた。

 「……師匠、おはようございます。……今朝のスープには、深淵の魔力が宿っているようです……。……渦を巻く湯気が、未来の混沌を暗示しています……」
 アリアが、スプーンでスープをかき混ぜながら、真剣な表情でブツブツと呟いている。中二病は今日も平常運転だ。

 「……レン様、おはようございます。……周囲の警戒は、このセシリアにお任せください。……毒見も全て済ませてあります」
 セシリアは、すでに食事を終えているのか、愛剣を膝の上に置き、鋭い視線で部屋の四隅に立つ監視騎士たちを睨みつけている。彼女の殺気が、朝の爽やかな空気を台無しにしている。

 (……朝からキャラが濃すぎるんだよ、お前ら……。……もう少し、こう、平穏な朝食ってものをだな……)

 レンは、ため息を飲み込みながら、上座の席に腰を下ろした。
 目の前には、焼きたてのパン、新鮮なフルーツ、濃厚なクリームスープ、そして肉厚なベーコンエッグなど、王侯貴族にふさわしい豪華な朝食が並んでいる。本来なら食欲をそそる光景だが、今のレンには、これらが全て「胃への負担」にしか見えなかった。

 「……いただきます」
 レンは、震える手でスプーンを手に取り、スープを口に運んだ。濃厚なクリームの味が、荒れた胃壁に重くのしかかる。

 カチャ、カチャ。
 食器が触れ合う音だけが響く、奇妙な静寂に包まれた朝食。監視騎士たちの視線が、レンの喉元の動きを追っているのが分かる。

 (……メシが不味い。……世界一豪華なエサだ、これは……)

 レンが、味のしないパンを無理やり水で流し込んでいた、その時だった。

 バタン、と扉が開き、一人の人物が入ってきた。
 その場の空気が、一瞬にして凍りついた。騎士たちが一斉に姿勢を正す音が、静寂を破る。

 「……おはよう、国師殿。……そして、聖女たちよ」

 現れたのは、教皇だった。
 純白の法衣に身を包み、穏やかな老人の笑みを浮かべているが、その眼光は、獲物を定めようとする猛禽類のように鋭く、底知れない冷たさを湛えている。

 (……げっ、ラスボス登場かよ。……朝食くらいゆっくり食わせろっての……。……胃が、胃が……!)

 レンの胃痛が一気に加速した。彼は、慌ててナプキンで口を拭い、席を立って恭しく一礼した。

 「……おはようございます、教皇猊下。……わざわざお越しいただくとは、恐縮です」
 完璧な外面(建前)で挨拶をする。声が裏返らなかったのは、日頃の訓練の賜物だ。

 「……いやいや、構わんよ。……国賓たる貴殿が、我が国の食事に満足しているか、気になってな」
 教皇は、鷹揚に手を振り、レンに座るように促した。自らも、レンの向かいの席に腰を下ろす。その動作一つ一つに、絶対権力者特有の威圧感が滲み出ている。

 「……素晴らしい朝食です。……我が国では、これほど豊かな食材は手に入りませんから。……感謝いたします」
 レンは、心にもないお世辞を並べ立てた。

 教皇は、レンの言葉に満足げに頷きつつ、その視線をレンの顔に固定した。じっとりと絡みつくような、値踏みする視線だ。

 「……そう言ってもらえると嬉しいが……。……少し、顔色が優れないようではないか? ……目の下に、クマができているようだが?」

 (……観察眼発動。……教皇の視線が、俺の顔から、一瞬だけ胸元(昨夜通信石を隠した場所)に移動した。……そして、指先がテーブルクロスを微かに叩いている。……焦り? いや、探りを入れている合図だ。……昨夜の騒ぎを、どこまで知っている……?)

 レンの脳内警報が鳴り響く。これは、単なる世間話ではない。昨夜の「寝言騒動」と「トイレ騒動」に対する、遠回しな尋問だ。

 レンは、呼吸のリズムを意識的に整え、心拍数の上昇を抑え込んだ。そして、少しだけ困ったような、しかし余裕のある笑みを浮かべて見せた。

 「……お恥ずかしい話ですが、少々、枕が変わったせいで寝付けなかったようでして。……それに、魔王殿との今後の交渉について、色々とと思案していたもので」

 「……ほう? ……交渉について、か。……具体的には、どのような?」
 教皇が、身を乗り出した。その眼光がさらに鋭くなる。

 「……彼らの要求と、こちらの国益。……そのバランスをいかに取るか、という点です。……魔王殿は理知的ですが、同時に、油断ならない冷徹な計算高い人物でもありますから。……一筋縄ではいきません。……昨夜も、夢の中で彼と問答を繰り返してしまいましたよ」
 レンは、「寝言」の言い訳を補強しつつ、もっともらしい嘘を、さも真実であるかのように語った。

 教皇は、レンの目をじっと見つめたまま、数秒間沈黙した。その間、レンは瞬きの回数を極力減らし、視線を逸らさずに耐え抜いた。冷や汗が背中を伝う感覚が、やけに生々しい。

 「……なるほど。……貴殿がそこまで深く考えてくれているとは、心強い限りだ。……ロムレス王国の賢者は、伊達ではないな」
 教皇は、ようやく視線を外し、満足げに頷いた。口元は笑っているが、目は全く笑っていない。

 (……ふぅ、何とか誤魔化せたか……? ……いや、まだ油断はできない。……この狸ジジイ、絶対に何か企んでる……)

 レンが内心で安堵のため息をついたのも束の間、教皇が次の言葉を発した。

 「……ところで、国師殿。……本日の予定だが。……貴殿には、ぜひとも我が国の『聖域』をご覧いただきたいと思ってな」

 「……聖域、ですか?」
 レンは、首を傾げた。嫌な予感がした。

 「……ああ。……この大聖堂の地下深くに存在する、古代の遺跡だ。……そこには、我が国の信仰の根源に関わる、重要な『何か』が封印されている」

 教皇の声が、一段低くなり、神秘的な、そしてどこか禍々しい響きを帯びた。

 「……一般には公開されていない場所だが、魔王と対等に渡り合った貴殿ならば、その資格があるだろう。……どうかな? ……我が国の深淵を、覗いてみる気はないか?」

 教皇は、試すような目でレンを見つめた。

 (……封印? ……地下遺跡? ……重要な何か? ……嫌な予感しかしない単語のオンパレードじゃねえか! ……これは、あれだろ? ……俺の力を試すための「罠」か、あるいは口封じのための「処分場」か……)

 レンの直感が、最大級の危険信号を発した。これは、単なる観光案内ではない。教皇による、レンに対する「新たな試練」なのだ。

 断れば、怪しまれる。受ければ、何が待ち受けているか分からない。典型的なダブルバインドだ。

 レンは、一瞬の逡巡の後、覚悟を決めた。ここで逃げれば、賢者のメッキが剥がれる。
 彼は、スプーンを置き、ナプキンで口を拭うと、教皇に向かって不敵な笑みを浮かべた。

 「……光栄です、教皇猊下。……聖教国の深淵、ぜひ拝見させていただきましょう。……賢者として、知的好奇心が刺激されますな」

 外面では完璧な賢者を演じながら、内面では、レンは新たな胃薬の袋をポケットの中で握りしめていた。
 朝食の後のデザートは、どうやらスリル満点の地下探検になるようだ。そしてそれは、「原初の聖典」への手がかりを探るための、危険な第一歩でもあった。
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