ステータスなしの元人気メンタリスト、異世界の最強ドラゴンをお手だけで服従させる~目を見ただけで思考が読めるので、魔法使いが詠唱してくれません

マーマー

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第6章第8節 深夜の密会と、トイレの密約

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 レンは、天蓋付きベッドの羽毛布団に顔を埋めたまま、死んだ魚のような目で枕の下の通信石を睨みつけていた。

 ブブブブブ……。

 枕を通してくぐもった振動音が、レンの鼓膜と神経を逆撫でする。この音は、扉の外にいる監視騎士たちにも、微かな異音として感知されているはずだ。先ほどの「寝言」という苦し紛れの大嘘で、一時的に疑念を逸らすことには成功したが、同じ手が二度通用するほど、聖教騎士団は甘くない。

 (……どうする? ……このまま放置するか? ……いや、魔王の性格からして、無視したら次はどんな嫌がらせをしてくるか分からん……。……かと言って、ここで出るわけにも……)

 レンの思考は、恐怖と焦燥の渦の中で空回りを続けていた。胃の痛みが、限界を超えて鈍い痺れに変わりつつある。

 ブブブブブブブッ!

 振動音のテンポが、明らかに早まった。まるで、魔王が痺れを切らして、貧乏ゆすりを始めたかのようだ。

 (……くそっ! ……もう、やるしかない……! ……一か八かだ……!)

 レンは、覚悟を決めた。彼は、枕の下から震える手で通信石を取り出すと、それを握りしめながら、ベッドから飛び起きた。そして、深呼吸を一つして、喉の調子を整えると、扉に向かって声を張り上げた。

 「……騎士殿! ……いるか!」

 すぐに、扉の外から騎士の返答があった。
 「……はっ! ……いかがなさいましたか、国師殿?」

 レンは、腹に力を入れ、演技力全開で「生理現象に苦しむ男」の声を演じた。
 「……すまないが、またトイレだ! ……先ほどの魔力の反動が、まだ収まらんらしい……! ……急いでくれ!」

 「……承知いたしました! ……すぐに案内いたします!」

 ガチャリ、と扉の鍵が開く音がした。
 レンは、懐に通信石を隠し、脂汗を浮かべた顔(これは演技ではない)で廊下へと飛び出した。

 「……こちらのトイレへ!」
 騎士が先導し、レンはその後を、小走りで追った。彼の懐の中で、通信石は相変わらずブブブと振動を続けており、その感触がレンの焦りを加速させる。

 トイレの個室に入り、鍵をかけた瞬間、レンは全身の力が抜けて、便座にへたり込んだ。
 だが、休んでいる暇はない。扉の外には、騎士が待機しているのだ。

 レンは、懐から通信石を取り出した。深紅の宝石が、妖しく明滅している。
 彼は、石を耳に当て、小声で囁いた。

 「……もしもし? ……おい、魔王! ……聞こえてるか!?」

 一瞬の沈黙の後、石から、低く、だがどこか楽しげな声が聞こえてきた。

 『……フッ。……随分と待たせてくれたな、我が友よ。……まさか、便所からの応答とは。……人間の生理現象とは、それほどまでに強大なものなのか?』

 魔王の声だ。間違いなく、あの禍々しいオーラを纏った美青年の声が、レンの耳元で囁いている。

 (……こいつ、完全に遊んでやがる……!)

 レンは、怒りと恐怖で震えながら、声を殺して抗議した。
 「……ふざけるな! ……今、俺がどんな状況か分かってるのか!? ……扉の外には監視がいるんだぞ! ……お前のせいで、寿命が十年は縮んだわ!」

 『……ククク。……監視ごときで動揺するとは、貴様らしくもない。……世界の理を視る「観測者」ならば、それすらも想定内のはずだろう?』

 魔王の言葉に、レンは言葉に詰まった。確かに、レンは魔王に対して「全てを見通す超越者」という設定でハッタリを通している。ここで弱音を吐けば、その設定が崩れかねない。

 レンは、深呼吸をして、何とか「賢者の仮面」を被り直した。
 「……フッ。……当然だ。……この程度のハプニング、最初から計算に入れていたさ。……貴公の、悪戯心が過ぎるのを、少し窘めただけだ」

 声のトーンを落とし、余裕を演出する。だが、額から流れる冷や汗は止まらない。

 『……ほう? ……それは頼もしい。……ならば、本題に入ろう』

 魔王の声が、急に真剣なトーンに変わった。レンの背筋が凍りつく。

 『……貴様に、最初の任務を与える』

 (……来た。……無茶振りタイムだ……)

 レンは、覚悟を決めて、次の言葉を待った。

 『……教皇が肌身離さず持っている、「原初の聖典」……。……その中に書かれている、ある「一節」を確認しろ』

 「……は?」
 レンは、思わず素の声を出してしまった。

 「原初の聖典」。それは、聖教国において最も神聖な書物であり、教皇以外が触れることすら許されない、絶対不可侵の聖遺物だ。それを「確認しろ」など、自殺行為に等しい。

 「……おい、正気か? ……そんなこと、できるわけないだろう! ……バレたら、即刻、異端審問で火刑だぞ!」

 『……ククク。……だからこそ、貴様に頼むのだ。……「観測者」である貴様ならば、どんな手段を使ってでも、その情報にアクセスできるはずだ。……違うか?』

 魔王は、完全にレンを「買いかぶって」いる。そして、その買いかぶりを利用して、レンに不可能な任務を押し付けようとしているのだ。

 『……確認すべき一節は、これだ。「神は、七日目に世界を創り給うた。然れど、八日目に神は……」……この続きだ』

 「……八日目……?」
 レンは、その奇妙な言葉を反芻した。聖教国の教義では、神は七日で世界を創造し、その後は休息したとされているはずだ。「八日目」などという記述は、聞いたことがない。

 『……そうだ。……その「八日目」の記述こそが、この世界の「歪み」を解き明かす鍵となる。……期限は、次の満月までだ。……失敗は許さん』

 魔王は、一方的にそう告げると、プツリと通信を切った。
 通信石の深紅の光が消え、ただの黒い石に戻った。

 レンは、呆然と石を見つめたまま、トイレの個室で立ち尽くしていた。

 (……マジかよ……。……教皇の懐から、最高機密の聖典を盗み見ろって……? ……しかも、期限付きで……?)

 これは、任務ではない。死刑宣告だ。
 失敗すれば魔王に消され、成功しても教皇にバレれば火刑に処される。どちらに転んでも、レンの未来は破滅しかない。

 「……はは……。……もう、笑うしかねぇな……」

 レンは、乾いた笑いを漏らした。胃の痛みが、もはや感覚として麻痺し始めている。

 コンコン。
 トイレの扉がノックされた。
 「……国師殿? ……大丈夫でございますか? ……ずいぶんと、長くかかっておられるようですが……」
 騎士の声には、心配と、微かな疑念が混じっていた。

 レンは、ハッと我に返った。
 (……いかん。……ここで疑われたら、全て終わりだ)

 彼は、通信石を懐にしまい、深呼吸をして、再び「生理現象に苦しむ賢者」の演技モードに入った。

 「……うぐっ……。……すまない……。……少し、手こずってな……。……だが、もう大丈夫だ……」

 レンは、水を流し、手を洗うと、ゆっくりと扉を開けた。
 そこには、心配そうな顔をした騎士が立っていた。

 「……ご気分は、いかがですか?」

 「……ああ、少しはマシになった。……迷惑をかけたな」
 レンは、青白い顔で(これは演技ではない)、力なく微笑んで見せた。

 騎士は、レンの顔色を見て、納得したように頷いた。
 「……いえ、とんでもございません。……それでは、お部屋までお送りいたします」

 レンは、騎士の後について、重い足取りで廊下を歩き出した。
 彼の懐には、世界を揺るがすかもしれない「魔王からの指令書(通信石)」が、鉛のように重く収まっていた。

 (……原初の聖典、八日目の記述……。……やるしかねぇのか……。……この、クソッタレな二重スパイ生活を……)

 レンは、離宮の窓から見える満月を見上げ、絶望的なため息をついた。次の満月まで、あと二週間もない。
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