異世界勇者のアフターライフ

あきょう

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異世界勇者、世界に立つ

勇者、人を救う、あと大変なことになる。

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 朝起きても、世界は変わったままだった。夢落ちにはならないか。

 目覚めたついでに体を起こすと、すでに信吾が起きていた。

「あ、シモンさんおはようございます。早いですねぇ、まだ六時ですよ?」

 なんとなく窓の外を見ると、既に太陽はすっかりと顔を出していた。久しぶりにしっかり寝たな。

「そういう信吾はなにしてたんだ?もしかして俺がいたから寝付けなかったとか?」

 だとしたら、悪いことをしたなぁ。力の勇者ことソコンのおっさんも、枕が変わると眠れない人だったなぁ、繊細な筋肉もいたもんだとからかったり、直後に有り余る腕力でボコボコにされたりしたなぁ。

 閑話休題、懐かしい記憶がふっとよぎった俺をよそに、信吾は首を横に振る。

「寝る時間も惜しいくらいなんですよ、ぼくの趣味と実益を兼ねた趣味のためにはね」

 パソコンをカチカチと動かしながら信吾が答える。聞けば俺より一時間ほど早く起きていたらしい。そんなに熱中するほどの趣味があるのはいい事だが、睡眠時間は必要だぞ?

「それで?いつ出発するんだ?あのデカい建物のあるとこまで行くのなら、今くらいから出発しないと長く楽しめないぞ」

「出発は今から4時間後くらいですよ、まさか歩いていこうって思っていませんか?」

 まさかも何も、俺にはそれしか手段がないし、あの自動車とかいうやつも、年齢制限と免許証なるものがないと乗れないみたいだしなぁ……








「うおぉ、この目で見てもでけぇ箱だ……」

「電車ですよ。そんなに感動するものですか?」

 朝食を食べ、洋平さんの服に着替えてから外に出る。そのまま信吾に連れられてきた先は地下鉄なる場所だった。感動するものかって聞かれりゃ胸張ってそりゃそうだと答える。人間を大規模輸送出来て、尚且つ他の建物を一切無視して進む乗り物だぞ?

 地下を進むなんて発想、全くなかった。是非とも機構を向こうの世界で再現したい。それができれば、文字通り世界が変わるぞ。

「とにかく、このまま17分くらい乗ってれば仙台駅……さっきシモンさんが言ってた、デカい建物のとこに着きますからね」

「17分、17分!?凄い機動力だ。これだけの大きさでそれだけの速度を出すことが出来るとは、流石異世界ってところだな……」

「お、大きな声はなるべく抑えてください……うるさくするのはマナー違反ですよ。それに、僕からすればシモンさんの方が異世界人なんですけどもね」

 口をつぐみながら、確かにそうかと心の中で納得する。お互いにとって相手の世界は異世界だものな。

 しかし早いなぁ、電車は。駅と駅の間を何分と掛からず移動していく。次の駅の名前も教えてくれる。モニターが付いていていろんな言語で駅の名前を記載してる。いろんな国の人間が乗ることを見越して作られているんだな。

 そしてその言語全部が読めてしまうってなると、流石に何者かの介入の線が濃くなってくる。

 翻訳魔法とされるものは、基本的に相手の心情を読み取るものであり、詳細まではわからないことが多い。これは遠距離魔法の一つとして使われているものだ。

 しかし一方で千年竜や島亀と言った、知能が高く長い時を生きる伝説の獣達の中には、人語を理解し言葉として紡げるものもいる。
 その話し方と言ったらまるで今の俺みたいなもんで、言葉は分からないはずなのに、しっかり言語として詳細までがきっちり伝わる上にどんな言語を使う人間にも一律同じ言葉が伝わる、という不思議現象に見舞われるのだ。

 ちなみにこの現象は解明されていて、有り余る魔力を体に纏うことで音と感情を自動で翻訳するというとてつもない力業だったりする。人間も再現可能ではあるが、それは「数万人分の魔力を永続して放出し続けることが出来れば」の話だ。人より少し魔力量の少ない俺なんかでは到底真似できない。

 一つの言語に対して起きる事象であれば、まだ世界を移動した際に脳に異常が起こって理解できるようになった、などというトンデモ理論を押す事もできたのだが、まるで俺が伝説の化け物連中の仲間入りしたかのような事態になることはまずありえない。

 現状の仮説としてこの世界に送り込んだ何者かの手によって俺の周りに翻訳魔法が永続して展開されている状況であるというものを考えたが、なぜとどうしてが渦巻く。俺じゃないほうがいいだろどう考えても。

 魔王にとどめを刺したのは光の勇者ことミヤの閃光剣だしダメージの大半はソコンのおっさんとアージュによるもの。俺なんて足元ウロチョロしてたくらいだだからな?

「だ、大丈夫ですか?シモンさん」

思考にふけっていたら、信吾が現実に戻してきた。

「そろそろ降りる駅なので」

 そういって信吾が立ち上がったのでつられて立ち上がる。本当にあっという間だな。信吾に促されてエスカレーターなる動く階段に乗って地上に向かう。これもどんな原理で動いているのか、家に帰ったら検索してみないとな。元の世界に戻った暁には発明王として名を馳せてやる。

 地上に出て、更にエスカレーターに乗って、広いところへ出ると、すごい数の人でごった返していた。

「な、今日は祭りか?」

「仙台駅は普段からこんな感じですよ。なんてったって100万人が住む都市ですからね」

 100万人、途方もない数だな、想像すらできない。それだけ人間が生まれても安全な世界であるということなのだろうが……それよかここ、この国の中心じゃないんだってな。じゃあ中心の都市は人が多すぎて身動き取れなくなるんじゃないか?

「今日は色々教えてあげますよ!ぼくが教えられることはあんまり多くないかもしれないですけど、それでも楽しんでくれたらいいなぁって思います」

 そう言って、俺の手を引く信吾。ほんといい奴だよな。凄いいい奴。今日は甘んじて信吾の手引きに従うとしよう。







「ええー!!ブラックレイダーの2/1フルフェイスマスクが七割引き!?なんで!?元々プレ値ついてたのに!おのれモンスター、こんなところまで弊害を!というかこういうものって普通もっと希少性が上がるもんなんじゃないの!?」

「それね、中古なんだけど中が臭いんですよ。誰かが無理やり被ったみたいで、本来なら廃棄なんですけどせっかくのプレミア商品なんで売ってます」

 信吾に連れられてきたのは、俺の世界では王族や貴族が見栄で建てたような立派な建物の中の、結構高い場所にある店にいた。品ぞろえからして確実に信吾の趣味の店だなこれ。

 普通こういう、人を案内するときってその都市の代表的なところとか、目玉になるようなところを案内するもんじゃ……いや、彼なりのおもてなしだと解釈しよう、そうしよう。

「えへへ、買っちゃいました!汗が固まったみたいな臭いしますけど、家に帰ったら凄いきれいにします!これはブラックレイダーっていう、レイダーシリーズ四作目の、原点から全く違う層を狙った肉弾戦主体の話で、でも話が凄い重いんですよね。DVDも家にあるので帰ったら見ましょうね!」

「お、おう、わかった」

 ……信吾が嬉しいなら何でもいいや。

 その後、俺の服や靴を下にある格安の服屋で購入し、次いで結構大きめの荷物が入るカバンを買って、その中に服を詰め、最後に格安の雑貨屋に入って雨合羽や腕時計などの雑貨や小物を買った。これだけ買っても2万円行かないのはとんでもないことだと思うぞ俺は。

 特にこの腕時計は本当に凄いぞ。1000円そこらなのに数年は正確に時を刻むんだ。どんな技術だよ。これも家に帰ったら検索しないとな。どんどんとメモに書き込むことが増えていく。知恵の勇者大忙しだ。

「それでは、遅ればせながら観光としゃれこみましょうか」

 笑顔の信吾がそういって歩き始める。そういう、観光ってさ、早いうちに荷物が軽いうちの方が喜ばれるぞ?

 流石にこれはちゃんと言ってあげた方がいいんじゃないかと思ったその時、


遠くから破壊音が聞こえてきた。

 
 経験上、こういった時に人は一瞬で逃げの選択肢を取る。もしくは戦うことが出来るものが、音の中心へ走るなんてこともあるだろう。

 しかし周りにいる人間たちは、逃げるでもなく、まして戦いに向かうでもなく、ただ日常が続くように歩き続け、あるものはスマホを音の下方向に向けた。すごい違和感、この世界に降り立って、決定的に俺の世界と違うんだと改めて気づかされるくらいには。

「お、おい、逃げたりしないのか?」

「そうですね、たぶん、逃げた方がいいんだとは思います。駆除部隊が到着するまで早くても20分くらいかかったりしますからね」

 信吾も、なんだか諦めたような声で俺に説明する。

「簡単に言うと、皆慣れちゃったんです。この化け物がいる世界に。そういうものがいるんだって認識しちゃったんです。そうなると世界は、というか日本人は『そういうもんだから仕方ない』ってあきらめちゃうんですよね。もちろん、化け物のあらわれたところではパニックになっているかもしれないですよ?でもそれでも、逃げない人もいて」

「おかしいって、思わないのか?」

「みんなおかしいって気づいてるとは思いますよ。でもこの世界にヒーローがいないって、みんな思ってて、だから創作物にもかみついて、ぼくはそれが、いやなんですけど」

 目に涙を溜め、今日買った好きなヒーローのマスクを握りしめて、信吾が言う。そうだよな、まだまだ子供だもんな。

 ……仕方ない、勇者の責務を全うしないとな!まぁ、異世界だからって休めないか。俺は派手に何かが壊れる音のする方へ歩みを進めた。

「シモンさん……?」

「勘違いするなよ?言っていなかったかもだから言うが、俺は勇者で、自分の手の届く範囲で人が襲われてるんなら助けなきゃあいけない義務があるんだ」

 勇者だからと押し付けられた嫌な義務だ、体のいい厄介払いだろうが、この制度、今は俺が都合よく言い訳につかわせてもらおう。

「だけどもこの世界は情報社会だ。さらに言えば俺の顔が魔物連中みたいに晒されでもしたら、信吾の家族にも迷惑がかかる。だから顔は隠す。決して、決して信吾の好きなヒーローになりたいとか思っていないから勘違いするなよ!」

「ぅぐ、はぁい!」

 泣くな信吾、ほんと泣くこととかじゃないから。

 さて、あれだけの破壊ができることから明らかに難易度は中以上。下手すりゃ高や最なんてこともある。俺が怪我無くやれるのは中まで。祈っておこう。死にたくないから。

 信吾と共に破壊音の続く場所に向かいながら、人気のないところに入り、買い物をしたときに買ったネックウォーマーをつける。あったかいなぁ、そして壊したくないなぁこれ。

 更に最悪の事態を考え、先ほど買った黒い雨合羽を羽織るご丁寧にある頭巾の部分も目部下にかぶっておく。服装からの特定を遅らせるのと、溶解液を吐かれた時の対処に使う。こんなことに使うなんて思いもしなかった。溶解液を吐く怪物なんて高難易度以上しかいないから、居た時点で最悪にもほどがあるんだがな!

 手持ちの札は衝撃札が三枚に浮遊札が三枚、癒札三枚切札三枚。防御札と雲札一枚ずつ。なんで防御札を切らした俺。答えは最後にコピー機で複製したきりで取り出すのを忘れたからだ。最悪。

 そして信吾にこれ以上近寄らないようにと念を押し、身体強化魔法を全身に巡らせ、思いっきり跳躍した。

 三階程度の高さであれば、この身一つで飛ぶことが出来る。欲を言えば剣の一つでも欲しいところであるが、ない物ねだりはできない。現場まで急ごう。



 現場は騒然としていた。最悪なことに溶解液を吐く方の魔物だったからな。その名も溶解悪鬼。醜悪な顔に毛むくじゃらの体。周りからはおぞましい匂いがして、口から吐いた溶解液で人間を溶かし、その人間の溶けた肉をすするのが好きという最悪すぎる高難度の魔物だ。

 何人も死人が出ているが、何人かだけで済んでいるのが奇跡に近い。それなのに遠巻きに映像を取る人間がいるのは本当にダメだと思うぞ。逃げろお前ら。

 などと注意するよりも先に、破砕音とは別の音が響いた。乾いた破裂音、といった方が近いのだろうか。5度聞こえ、その後空になったのかカチカチと何かが回る音が聞こえた。

 見ると警官の一人が武器を使ったみたいだな。遠距離からの攻撃は、もちろんこの溶解悪鬼戦においてのセオリーではあるものの、如何いかんせん威力も量も足りない。すぐに溶解悪鬼が溶解液を吐く体制に入り

「させるか馬鹿がよ!!!」

 その間に、俺が割り込むと。

 残り一枚の防御札を景気よく使う。くそったれめ、もっと危ないときに使いたかった。

 防御札から焼ける音が聞こえる。この札特有の、入れた魔力を食い切ったことを知らせる音。これでもう俺に防御の選択肢は無くなったわけだ。

「早く引け、死にたくないだろう?」

「……えっ、あっ、でも」

「あそこの民間人でも非難させとけ。アイツは俺が殺す」

 ああ、近づいて分かったが女性だったかこの警官。まぁそこは関係ない。有無を言わせず突貫。いままで鈍足なこの世界の住人襲ってて目も慣れてないだろう溶解悪鬼には、身体強化魔法を全力で使う俺のことは全く目で追えていない。

 そこを突く。狙うは一撃必殺の衝撃札だ。

 心臓の位置に衝撃札を重ね、起動させる。一呼吸おいてから、一軒家なら吹き飛ばせるほどの衝撃が札から出る。反動は、身体強化で何とか抑える。

 痛い、ほんと痛い。これ使うたびに腕が折れそうになるのほんと勘弁してほしい。でもこいつ切るとそこから溶解液が馬鹿みたいにあふれ出てくるから切りたくないんだよなあ。

 衝撃がもろに入った溶解悪鬼は流石に倒れ、ない。マジかよこいつ反応して後ろに飛びやがった。さすがに攻撃自体は通ったようだがまだ動きやがる。

「あーもう、死んどけよ今ので。殴ったほうも痛いんだっての」

 俺の軽口に対して溶解悪鬼の口からは溶解液が固まりで飛んできた。これくらいなら全然かわせるな。難なくよけて、次の攻撃に移る。奇襲が失敗したなら次の策だ。

 浮遊札で瓦礫がれきを浮かし、浮遊札の効力が着れる寸前で衝撃札で吹き飛ばす。溶解悪鬼に当たる寸前に質量を取り戻したそれは、立派な凶器と化す。

 これを洞窟内でやったところ跳弾がひどく二度とやるなとみんなから怒られた最悪技、外でならいいだろうと思いっきりやってやる。

 結果としてこの攻撃、結構通りがよかった。何発かは溶解悪鬼の体を通り抜け、奥の壁に突き刺さる。これで流石に倒れ、ないのかお前マジかよお前。

 ひょっとしてこいつ、溶解悪鬼のおさだな?じゃあ最難度一歩手前じゃねえかテメェ!

 ……ほんと、これだけは絶対使いたくなかったが、致し方ない。こいつと殴り合いして勝つ自信なんてこれっぽっちもないし、そろそろ手持ちの札も尽きるからな!クソっ、なんで俺はこう、特攻覚悟の自爆技しかもっていないのだろうかと自分を呪う。

 せめてアイツの体液がかかる箇所が最小になることを祈ろう。

 浮遊札を俺自身に使い、効果が切れる少し前に自身で助走をつける。溶解悪鬼の懐に入る体制になり、溶解悪鬼が俺に対して溶解液を吹き付ける体制になったところで衝撃札を展開。一気に距離を詰めたところで、右腕に握りしめた切札を発動する。

 切札は文字通り、なんでも切ることのできる光刃を展開できる素敵な札だが、自分の片腕と同程度の刃しか出ない上に手から離れた瞬間効果を失う。これ飛ばせたら強いのになー、なら俺が弾丸になればいいやと作った俺史上最悪の技。その名もびっくり人間弾。得意げに言ったらミヤからダサいと一蹴されたことも昔のことだ。

「しっかりくらえよクソ野郎」

 通り抜けて、壁に激突してから悪態をつく。溶解悪鬼の長は、何もできずにその場で崩れ落ちた。さすがに胴体を真っ二つにされたら死ぬらしい。

 ていうか痛い、本当に痛い。溶けてるもんな腕。このままだと片腕のシモンとかになっちゃうので、癒札を使う。豪華に三枚一気に使ってやれ。

 癒札は人間の自然治癒能力を最大限に高めて体を治す素晴らしい札なんだが、遠距離魔法でも同じことが出来る上に習得難易度も結構簡単なので全く使われない不遇な札なのだ。それを三枚使えばこのくらいの傷も何とか治る。これ以上いってたら傷が残るとこだったがな。怖い。

 ……さて、あとはこの衆人環視の中、どうやって逃げるかだ。歓声が上がってはいるが、みんなスマホは下ろさないんだ。まぁ想定の範囲内。こういう時は雲札を使う。

 昔天候を操りたいなぁと思いつき、6日ほど寝ずに考え完成させたものなのだが、結果単純に雲をその場で展開するだけの札となった。当時は失敗したと嘆いたもんだがしかし、目くらましにはとても都合いいんだなこれが。

 一瞬で煙幕のよう雲が広がり、その中に雨合羽とネックウォーマーを置いて逃げる。これ着て逃げたら本人ですって言ってるようなもんだからな。雲の範囲は数百メートル、突然の煙にざわめく民衆をかき分け、俺は信吾のもとに走った。



 戻ってきたら信吾は号泣してた。それだけ心配してくれてたってことなんだろう。ありがたいじゃあないか。かわいいやつめ。

「じっジモンざんばぁっ、ぼんどにビーロ゛ーでじだぁぁぁ」

「泣くな泣くな、俺は無事だし、あれ?え?感動してんの?なんで?」

 わかんない、信吾わかんないよ俺。そんなに?そんなにヒーロー好きなの?あのこすっからい勝利のどこら辺にヒーローらしさがあるか全くわからないんだけど。

「さぁ、帰りましょう。もうネット上では謎の黒戦士について話題騒然ですよ?」

 しばらく泣き続ける信吾をなだめること一時間。心を落ち着かせるためといってスマホを見始め5分ほどたってから俺に誇らしげにスマホを見せてきた。見せられた画面では、俺の戦闘シーンと共に謎の黒戦士だの八咫烏だのペイルライダーだの、恐らく俺の仮呼称が羅列していた。

「特に最後の一閃が本当にかっこよくて、もうぼく完全にファンになっちゃいましたよ!」

 あの一撃で俺の腕取れかけたんだけどな、とは口が裂けても言えない。こんなにキラキラした顔の子にそんな夢のないこと言えない。

「名付けて黒一閃ブラック・スラッシュですね!」

 それ、も、否定しづらい。びっくり人間弾って言いだせない。なんせもう既に他人からダサいと言われているものを、更にひけらかして言う気になれない。

「……帰ったら、魔法の練習でもするか?」

「いいですね!ブラックレイダーは後回しでいいですか?魔法の練習の後に見るってなるとどうしても時間が足りませんし、今日はちょっと黒騎士でネット回りまくりたいんで……」

 すごい喧騒が渦巻く中、俺と健吾は岐路に着くのであった。電車も普通に動いていた。どんな社会構造してたらこの騒ぎでも動くんだよ電車。





「映像班からの解析上がったか?」

「まだです!一応マスコミには緘口令かんこうれい敷きましたがどこまで持ってくれるものか……」

「何なんだよあのフード野郎は!せめて敵か味方か口頭で言ってくれ!」

 謎のフードの人間が特別超害獣を単独撃破した。という情報は、現場から数分遅れで警察並びに各省庁へ報告された。

 これを受けて特別超害獣に関する様々な事件事故を担当する、警察、自衛隊の合同部隊である特別超害獣対策本部は、ハチの巣をつついたような騒ぎとなった。

「部長!各省庁から詳細説明を求める声がとんでもないことになってます。詳細上がり次第情報共有と返して問題ありませんか?」

「そうしてくれ、もちろん警察庁と防衛省には最優先で回してくれよ?」

 特別超害獣対策本部部長を任されている警察庁からの出向組の諸星は、部下からの情報に的確な指示を出していく。

「解析上がりました!現場の環境や、対象の手のひらから未知の力場が確認できるようです」

稀人 まれびとか。すぐ対策本部の人間をいくらか仙台に回して捜索に当たらせよう」

「この、こいつに助けてもらった警官は誰か分かったのか?」

「そちらは既に。遠山とおやま真琴まこと巡査25歳。仙台中央警察署所属で交番勤務の2年目です」

「ノンキャリか、それだとちょっと箔が足らんな。すぐにキャリアに変更、警部補にしてうちの課に回せ。貴重な稀人との接触者だ。捜査二課に四班を設立してそこに配属しよう。うちからは江楠えくす、自衛隊からは、そうだな、蛇子へびこ高最たかもり陸曹長にお願いしてみるか。すまんが成瀬くん、設立申し立ての書類を作成してもらえないか?」

「既に作成中です。蛇子氏は性格に難ありとの文言付きですが、よろしいので?」

「仕方ないさ、どこもかしこも人手不足だ、多少の何くらい目を瞑ろう。江楠には苦労を掛けるが……」

 一通りの指示を終えて、諸星は小休止とばかりに一息つく。

「……さて、鬼が出るか蛇が出るか……」

 しかしその眼光からは、一切の力は抜けていなかった。

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