冬の窓辺に鳥は囀り

tapestries. 百面相

元々の生まれが教会だったせいなのか、それとも不幸な事故で肉親を亡くしているからなのか。
小さな頃から大人びた目をする子供だった。口数が多いわけではなくどちらかと言えば無口だが、必要に駆られて発する言葉や思慮深い空色の瞳からは、生来の聡明さが見て取れる。集団の中に身を置きながら極端に他人と対立することを好まず、日々を粛々と過ごしている。

この子に手を焼いたという記憶はない。
歌うことに人一倍真面目に取り組むそのひたむきな姿は、誠実さや真摯さを越え、もはや献身的といってもいい。

中央のコルスに来た当初、この子はまるで抜け殻のようだった。
事情が事情だからと、注意深く様子を見守る中でわかったのは、歌に関係することに心が動くということ。まるで欠けてしまった何かを満たすがごとく、憑りつかれた様に歌うことにのめり込んでいった。

サントスと行動を共にするようになると、夜中にうなされることが減り、徐々に瞳に光が宿ることが増えた。それと共に、歌もどんどんと良くなり、その変化は劇的だった。もともとの美しい声は感情を伴い、色鮮やかに煌めくようになった。二人にエレインが加わるようになると、サントスの不安定さが消え、もっとバランスが取れるようになった。

まるで、引き合うべくして引き合ったかのように。
神を信じぬ私に、神の御業を見せたかのように。


羽化した蝶が羽を広げ、広い空を悠々と舞うかのように。
今、セレスの声は、おそらく美しさのピークに差し掛かっている。
音域が安定し、声を操るのが巧みだ。
呼吸も長く、息の終わりに声が揺れることもない。
毎日真面目に基礎をこなし、イメージトレーニングを欠かしていない証拠だ。

セレスが5度もカントールに選ばれたのは、元来の声の美しさだけでなく、その努力の賜物と言っても過言ではない。
カントールの選別は、政治にも、金にも、そして権力にも左右されない。
教会の威信にもかかわる聖歌の独唱は、真実個人の実力のみで選別される。
神を讃える歌い手として、ふさわしいだけの力を持つ者のみに与えられる称号なのだ。

どうか、この声が出来るだけ長く保ちますようにと、願わずにはいられない。
12を超えた子供達全員に願うこの思いは、やるせない思いと共に、私の中に常にある。


セレスの心が安定してからの年月に影が差したのは、この春ごろだったろうか。
歌以外の事にはあまり関心がなく、良く言えばおおらかなこの子が、春先の頃からちょっと様子が違っている。
この年頃の子供達には、特に注意が必要だ。
身体の成長に心が追い付かず、噛み合わないその隙間には、闇が孕みやすいからだ。

魔力循環症候群を初めて患った時、私は要注意のリストにセレスを入れた。
ただでさえ歌ばかりに傾注しているこの子が、歌に集中できない状態になることで、心を病むことを危惧していたのだ。
他の指導員や教会関係者にも注意を呼びかけ、場合によってはカントールの再選考も視野に入れていた。

だが私の危惧に反して、騎士舎の治癒室に通う度、柔らかい顔をして帰ってくることが増えた。

セレスは、一見感情の発露に乏しいと思われがちではあるが、傍に居ればいるほど、それは全くの誤解だということがわかる。
目が、驚くほどに雄弁なのだ。
口元のわずかな歪みや眉の形が、瞳と合わさるだけで、彩り豊かな表情を見せる。
けれど注視しなくてもわかるほど、表情の変化は明らかだった。



それにしても、今日のこの子は一体どうしたというのだろう。
先ほど、長年この立場にいる私ですら肌が粟立つほどの歌を披露し、久しく忘れていた敬虔さを思い出させるほどだったというのに。
昼餐の場に来てからというもの、普段からは想像も出来ないほど目まぐるしく表情が変わっている。いつでも落ち着いていて、俯瞰して物事を見ているところのあるこの子が、この短時間の間に喜怒哀楽が急勾配だ。

最近王都で手広く商いをしている商会の人間を体よく追い払い、私は心配でセレスの顔を覗き込む。人見知りはないまでも、扱いの難しい貴族に囲まれ疲れないわけがない。けれど様子を見るにつけ、どうも大人への対応というよりは、自分の中の思いに没頭している節が強そうだった。
私の視線に気づいたのか、ふいに途方に暮れた様な顔で私を見上げ、ひどく疲れたように口を開く。

「僕は、僕の気持ちに疲れてきました。」

ああ、そうだろうね。
こんなにも起伏が激しい君を見たのは初めてだよ。

私は彼を促して、会場を後にすることにしたのだった。