冬の窓辺に鳥は囀り

ぱんちゃん

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13.去る者の覚悟

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「おや、久しぶりですね、セレス君。」

一月ぶりに訪れた治癒室に入ると、いつも通りの優しい笑顔でレーンさんが温かく迎え入れてくれる。
落ち着けるところということでやって来た治癒室は、式典の日だった為か怪我人もなく、ここまでの道のりもやや閑散としていた。

「お久しぶりです。」
「お役目ご苦労様。」

立ち上がって杖を手に取る様子に気付き、僕はレーンさんに駆け寄った。
レーンさんは薄いヘーゼルの瞳を細め、「今日はとっても凛々しいね。」という。

式典用のローブは手触りが滑らかで、生地の質がいい。身体の中心になる縦部分には細かな刺繍が施され、裾をぐるりと模様作っている。
黒地のローブに深緑色の光沢のある刺繍糸。その色味の暗さでは、近づかない限りその存在を認識することができない。一見わからないような所に手がかけられているということが、式典の重要性を僕に思い至らせ、身が引き締まる思いもするし早く脱いでしまいたいとも思う。


お茶を入れるのを手伝おうと傍に寄ったのだが、レーンさんは目で大丈夫と言う。
杖をまるでもう一つの手足のように器用に動かす度、プラチナブロンドの長い髪が揺れる。

レーンさんは色っぽい。
僕は時々ドキッとしてしまう。


「セレス、少し抜くか?」

フォルティス様の言葉に、僕は喜んで頷く。
頭が回らないほどではないけれど、このままでいるには少し苦しいと思っていた。
いつもの治療用ベッドに促され、座るとすぐに右手を出す。

フォルティス様は慎重で、何かあってもすぐに横になれるようにと魔力を抜くときはいつもベッドを使う。治療をするとき、僕はいつもフォルティス様と二人きりになったように錯覚してしまう。お茶を飲むテーブルからは少し距離があるこの寝台には、何の仕切りもない。けれどいつもフォルティス様の体にさえぎられて、向こう側が見えることは無いから。

指に指を絡めてくる、するりとした感触。
暖かく、少ししっとりとしているその手のひら。
すぐそばにあるグレーの瞳に、今までよりもずっとずっとどきどきしている。
見つめられるのが、こんなに恥ずかしいと思ったことは今までになかった。
顔がほてって、僕はすっと目を逸らす。
今日のフォルティス様は、あまりにもキラキラして見える。

僕の魔力が出ていくのと同時に、フォルティス様の魔力が入ってくるのがわかる。
その魔力をまるで自分の物のように巡らせると、頭の中がふわふわとして、いつもとろりとした気持ちになる。
どきどきが少し落ち着いて、僕はまたフォルティス様をみる。

「素晴らしい歌声だった。」

吸い込まれそうなグレーの瞳が、真っすぐに僕を見ていた。
僕はなんだか胸がいっぱいで、泣きたくなるほどいっぱいだった。
繋がれた手を、離したくないと思った。
吸い出しを止めた手が離れていかないように、少しだけ指に力を込める。

どうか。どうか傍に…。

この人の傍に居させてほしい…


胸が、引き絞られるように。
その心の声を、振り絞るように。

怒涛の奔流が身の内を巡った気がした。

けれど…。
けれどそれと同じだけの強さで、これは叶わない願いなのだとわかっていた。

並び立てない。
どんな立ち位置でも。

フォルティス様は騎士で貴族だ。
僕は子供で、一時ここに居られるだけ。
王城に居られる時間も、日ごとに短くなっていく。

「どうした?」

心配そうに覗き込んでくる瞳に泣きたい気持ちになる。
僕はゆるく首を振ってほほ笑んだ。

僕のこの不相応な思いのせいで、二度と傍に居られなくなるくらいなら。
この思いはけして口にせず、むき出しの心に蓋をしようと心に決める。

ここを去ることになったら、辺境の地で暮らそう。
王都の噂など聞こえてこないような、ずっとずっと遠いところで。

けれどどうか。
どうかその時までは…… 

出来うる限り傍にいることを許してほしい。

僕はそう願わずにはいられなかった。



「セレスは次の土(フムス)の日から授業が始まるの?」

レーンさんの入れてくれた新しいお茶をすすっていると、向かいに座るサーヴェン中隊副長がにこにこと聞いてくる。
フォルティス様と仲のいい騎士の人達は、皆とても優しい。

僕の国では、魔法を司る精霊を決まった順序に並べて、規則的に巡回させる七曜で日々が回る。
光(フォス)、土(フムス)、火(イグニス)、水(ネライダ)、雷(トニトルス)、風(アネモス)、闇(オスクロ)の順で、光(フォス)の日は学園が休みになる日だ。

「はい。久しぶりなので楽しみです。」
「よかったね。」

サーヴェン中隊副長は、なぜか僕にではなくフォルティス様に向かってそういう。
フォルティス様は副長をちらりと見ただけで特に何も言わず、まるで何事もなかったかのように僕に話しかけた。

「1月も俺のところにこなかったが、身体は大丈夫だったのか?」
「実は、歌いながら魔力を外に出す方法を編み出したんです。」
「……ああ、あれはそういうことか。」

納得したという顔でフォルティス様が頷き、向かいではサーヴェン中隊副長が首をかしげる。

他人の魔力は、殆どの人は見ることが出来ない。
ある一定以上の魔力を持っている人が、集中してようやっと見えるくらいが普通だ。
だからサントスは僕の魔力を見る時に、目をすがめて集中している。
けれど、保有している魔力量が多すぎる人は、見ようとしなくても自然と他人の魔力が見えるものらしい。
恐らくフォルティス様は多いのだろう。魔法基礎学のカール先生も、見えすぎるのでモノクルをかけている。

「僕はまだ魔法の発現が出来ないので、僕の考えたやり方で魔力を放出しています。練りあがった魔力が、体から抜けて大気に溶けることをイメージしながら歌うと、魔力が放出されることがわかったんです。」

僕は向かいに座るサーヴェン中隊副長とレーンさんの顔を交互に見ながら説明する。

「この1月は朝から夜までずっと歌っていたので、つらい時にはより強くイメージしていたんですけど…、もしかして今日歌っている時も出ていたんですか?」
「出ていた。今日は流れを意識しないで歌っていたのか?」
「はい。全く。」
「わたしはその様子を見ていないんですが、どの程度抜けていましたか?一日中歌っている時に、欠乏症を起こしたことは?失神や立ち眩み、頭痛の症状はありました?」

レーンさんの真剣な表情に、僕は驚いて考え込んでしまう。

「立ち眩みや、意識を失ったことはありませんでした。少し疲れたような気もしていましたが、それは一日中歌っていたからだと…。」
「抜け方は僅かのようだったが…、正直青い光の中に居て見えづらかったからな。」
「ああ、アプスの青ガラスですね。」
「僕は視認するには意識しないとわからないから、そもそも今日は見えてなかった。」

3人の真剣な様子に、僕は俄かに不安になってきた。
画期的だと思った僕のやり方は、もしかしたらオカシイことなのかもしれない。

「あの、僕歌ってみるので見てもらってもいいですか?」

おずおずと申し出ると、3人が頷く。

「もしかしたら少し練ってからやった方がいいかもしれないな。」
「じゃあ、今の状態と、練った状態と2つのパターンで試してみましょう。」

僕は立ち上がり、テーブルから距離をとる。
こんな風に人前で歌うことが初めてなので、少し気恥しい。僕は3人の前に立ち、すぅと息を吸い込んだ。




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