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15.魔力の行方
しおりを挟む教会は広く、少しの音でも美しく響く。
けれどこの治癒室は、広くとも音が反響することはない。
僕の気持ちを遠く離れて、空に溶けるようなあの感じもしない。
けれど体の中の魔力は、歌と一緒に僕を抜けて出ていったのがわかったし、美しい曲に合わせて透明に響いたのも感じた。
普段練習でどんなに沢山歌っていても、僕らの歌は教会の関係者しか聞くことはない。
年に4回の式典も、僕はいつも正面入り口の上部にあるオレンジ色の丸窓ばかりを見ている。
だから初めてだったのだ。こうして目の前でその反応を見たのは。
僕はびっくりして、ちょっと戸惑ってしまう。そしてもしかしたら魔力の影響なのかもしれないと考えたりする。僕の身体には不調の気配はなかった。1月同じようにして歌ってきて、コルスの皆に僕の魔力で影響が出たこともなかった。
だとすると、この大人たちの反応はなんなのだろう。
歌の反応なのか、魔力の反応なのか、僕にはさっぱりわからない。
そういえばお昼を食べ逃していたことに気が付いた。
キュゥと、僕のお腹が僅かに抗議の声を上げる。
僕は席に付いて、すっかり冷めた香茶を飲みほした。
「結論から言うと」
ハンカチで目元を拭ったあと、レーンさんが口を開く。
「あくまで憶測の域を出ませんが、魔力欠乏の症状が出ることはないだろうと思います。」
「あなたの練られた魔力は、あなたの体の周りを揺蕩って、身体の外と内を出入りしながら綺麗に循環していました。身体から離れれば離れるほど魔力の濃度は薄くなり、周りの空気に溶けていきました。」
私はこんなにも美しいものを見たことがありません。
そういってレーンさんは、またハンカチで目元を抑える。
「君の歌声と魔力の波形の美しさが、胸を打ってやまない。すまない、僕にはこの美しさを上手く言葉に出来そうにない。」
呆然としている中隊副長の言葉にも、僕は困惑するばかりだ。
「僕の体から抜けた魔力はどうなるんですか?影響とかあるんでしょうか。」
「んーー。どうにもならん。」
いち早く通常運転に戻ってくれたフォルティス様があっけらかんと言う。
「え!?」
どういうこと!?
「抜けた魔力はそこいらじゅうに溶けて霧散してしまう。練る前に出していたくらいなら、魔力量の多い子供がコントロールを身に着ける前にはよくある現象だしな。」
「だが、練った後に出ていた魔力は純度が高すぎる。近くにいると魔力あたりを起こすと思うが、教会で影響は出なかったのか?」
僕は血の気がざぁっと引いた。
あわててこの1月を思い出す。
「僕の傍にいて具合が悪くなった子はいなかったと思います。特につらい時はソロ曲を一人きりで歌っていたので、他の子との接触がなかったのかも……」
僕は血の気の引いた頭で、今後のことを考える。
気を付けようにも無意識でその状況に陥った場合、僕一人では対処できない。
「魔法を発現できるようになれば、この変な現象はなくなるんでしょうか…。」
「うーーん……。」
三人共が黙ってしまう。
不安を隠しきれない僕を気遣って、フォルティス様が眉を下げる。
「すまないな。四団員は特殊で騎士になった時には、すでに魔法を使いこなしている奴らばかりなんだ。セレスのような状態を見たことがない。」
「練られた状態はとても綺麗なので、あとはそのまま出すか構築して出すかなのですが…。魔石に魔力を込める時とは、明らかに放出の仕方が違っているんですよ。」
「さっきの練られた魔力は、今はどうなっているんですか?」
「今は出ていません。次の曲に移る僅かな時間に、ゆっくりとあなたの中に戻っていったので…。欠乏症にならないといったのはそれが理由です。」
レーンさんの言葉に、少しだけほっとする。
歌って落ち着いた後ならば、他の人に近づいても大丈夫ということだ。
「僕、このことをオーフェン先生に言っておかないと……。」
「そうだね。あと、学園の方にも声をかけた方がいいかもしれない。セレスは何の教科を取っているの?」
サーヴェン中隊副長の問いに、僕は指を折って教科を数える。
「えーと、魔法基礎学2はこの前修了したので、魔法構築学、精霊学、薬草学、鉱物加工学、午後からの魔法学1は『光』と『風』を取っています。」
「魔法構築学は基礎学に引き続いてカール先生でしょ?魔法学の先生は誰?あと、持ってる属性は光と風だけ?」
「光と風と、少しだけ水があります。講師は『風』がゼノ・モーフィアス先生で、『光』がローワン・メルキドア先生です。」
「ローワン先生!!それはいい!!」
レーンさんが喜びの声を上げる。
もしかしたらレーンさんもローワン先生の教え子なのかもしれない。
「ローワン先生に言えば学園長や担当教師に状況説明をしてくれると思います。」
「ご本人やメルキドア家の影響力もあるけど、教師としてもとても評判がいいよね。」
レーンさんと中隊副長が口々に言うローワン先生の評価が興味深い。
真っ白なお髭の、背の高い老魔術師を思い出す。穏やかで確かにいい先生だった。
「学園は教会と同じで機関が独立しているんだ。誰に話を持っていくのが最適か迷っていたから助かったよ。俺は先生が現役の時に何度か討伐で追従してもらったことがあってな。お人柄もよくわかっているし、発言力もその影響力も大きい。クレメンス司祭には俺から話をするし、必要なら学園との中継ぎもする。」
だから安心しろ。と。
どこまでも優しいグレーの瞳に、僕は心底ほっとする。
けれど同時に、この優しさは子供を庇護するそれなのだと。
僕は自分のコントロールもままならず、困難を打破する知識も術も持っていない。
手を伸ばせば、簡単に触れられる距離にいて。
けれど決して届くことがない。
それが堪らなく情けなくて、寂しかった。
その後教会まで送り届けてくれたフォルティス様が、オーフェン司祭に僕の魔力の状態について説明してくれた。僕は特別に個室音響部屋の使用を許可され、週明けの土(フムス)の午後、学園長をはじめとする教師陣と教会で話をすることが早急に決まった。
「エレインとサントス、三人で歌うように。」
なぜ学園でなく教会に集まるのかと聞いた僕に、学園側の意向なのだと言った後、付け加えるようにオーフェン司祭が言う。
先生は、なんだかとっても微妙な顔をしている。
僕は心底落ち込んでいた。
久しぶりの学園だというのに、僕の魔力のせいでこんなにも大ごとになってしまうなんて……。
「先生…。ごめんなさい……。」
僕は靴のつま先をじっと見る。
とても先生の目をまともに見ることなど出来なかったから。
「なぜ謝るのかな?」
「……。僕は、自分の魔力に振り回されるばっかりです。先生にも、コルスにも迷惑ばかりかけています。」
「……ふむ。」
「僕はコルスとして契約をしてお金をもらっています。なら、歌うことに身を尽くすのが僕のすべきことです。僕のせいで輪を乱したくないんです…」
「セレス。」
「私は、嬉しいと思っているよ。」
言われた言葉にびっくりして、僕はばっと顔を上げる。
目の前の紫色の瞳は、声と同じく優しい色をしていた。
「君は、歌うことにとても誠実だ。その接し方は純粋で、それは尊いことだと私は思う。」
「けれど、だからこそ、私は君が心配だ。」
「体を育てるために食事が必要なのと同じように。心身を休めるために眠りが必要なように。私は、君の心を守る一助となりたい。」
「大丈夫。私に任せてくれていい。心配しないで、きちんと食事もとりなさい。」
オーフェン司祭は、僕の肩に手を置いて頷いた。
その熱い手は、いつでも僕を繋ぎ留め、心に平穏をもたらしてくれる。
僕はほっとして、ようやっと体の力を抜いたのだった。
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