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31.僕らの未来
しおりを挟む3刻(午後9時頃)の鐘が夜の闇に柔らかく響くのと、僕らが自室の扉を開けたのはほぼ同時だった。
部屋はすでに暗く、すぅすぅと規則正しい寝息がキャビネットの上から聞こえてくる。
部屋の中は少し暑かったけれど、冷えた体には心地よく、僕はほっと息を吐く。
下のベッドの脇に魔法で僅かな光を灯し、寝間着に着替えていると、ふと、視線を感じた。
僕は向かいのベッドに目を移すと、壁に背中を預け、膝に腕を乗せて座るサントスと目が合った。
「まぶしい?」
僕の問いに、ふるふると首を振ってほほ笑む顔。何かもの言いたげな様子に、僕はじっとサントスの表情を探る。
着替え終え、自分のベッドにサントスと向かい合う形で座る。
開いた両の立膝に腕を乗せ、指先に視線を落とし、おそらく、何かを言い淀んでいる。
その大人っぽい姿に、僕の心はざわりとざわめき、言い知れない寂しさが満ちてくる。
淡い橙色の魔法の灯りが作る影のせいだけでなく、ここ半年ほどで付いた腕の筋肉や、引き締まってきた頬が、もう子供ではないのだと教えてくれる。
普段ローブで隠されている体格は、薄い寝間着の上からでは顕著に現れ、僕の胸を暗く塞ぐのだった。
「セレスは、魔術団に入るの?」
ちらりと視線を上げるサントスの目を受け止め、僕はしばし考える。
「そうなれたらいいだろうけど…。正直僕にそこまでの資格があるかわからないんだ。」
「ローワン先生は何か言ってる?」
「……。何も……。僕が魔力コントロールに必要な事は教えてくれるけど、僕の将来については何も言わないかな。」
「……そう…。」
それきり、また視線が指先に戻ってしまう。
僕は思い切って水を向けることにした。
「サントスは?」
ここから出て行ったあと、どうするのか。
僕らは今まで、この手の話題を避けてきていた。
僕らの今の環境は、とても閉鎖的で、そしてとても特殊だ。
コルスの中では生まれ持った身分が適用されない。
生家がどうであれ、『コルスのセレス』もしくは『教会のセレス』という個人として扱われる。
僕らは生家を含む外部との接触を極力制限され、城壁から出るにも特別な許可がなければならない。
僕らは実質、王城内の事しか世界を知らないのだ。
学園も寮生活が基本だけれど、休みの日には城外へ出ることも自由だと聞く。
学年が変わる前の長期休暇や年末年始、生誕祭を含むパスハの期間は学園も休みになり、学生は帰路に着く子が殆どらしい。
寮や学園の中でも、表向き身分の差別はされないとありながら、貴族意識というものは必ず存在し、学園の中でも貴族と平民は自然と別れている。
そうした、生家や学園で取り交わされる身分意識や世情に、僕らはほとんど触れずに7年間も生きてきた。
15で成人し、学園を卒業した後のことを考えると、僕はどうしていいか分からなくなる。
「感謝祭に、家族と会ったんだ。」
「典礼の後?」
サントスが真顔で頷く。
僕に気を使って嬉しそうにしないことに申し訳なく思いながら、その優しさにじんわりと温かくなる。
「オーフェン先生に呼ばれて奥の個室に行ったとき、15になっているから家族と話していいって言われたんだ。もう大人だからって。」
頷いて先を促す。
サントスの声は重く、言葉を選びながらゆっくりだ。
「来ていたのは父と母と兄と妹で、父の執事も教会内で聴いていたって言ってた。妹以外、みんな目が真っ赤だったよ。」
そこで言葉を切って、嬉しそうに笑った顔に、僕も嬉しくなって一緒に笑う。
家族仲が良さそうで、とてもほっとしていた。
この心根の優しい友人が温かい家庭で育ってきていて、そして今もその絆が続いていることが本当に嬉しかった。
「誇りに思うって、言われたんだ。父に。素晴らしい歌声だったって。……すごく嬉しくて、そう思ってもらえたことが誇らしかった。」
「――僕の父が、伯爵位だって話はしてあったよね?」
「うん。」
「兄が子爵位に就きながら領地経営をしているんだけど、ここを出たら、おそらく僕は、兄を補佐できるような立場に就くことになると思う。のちのち兄が伯爵を継いだら、子爵になるか、爵位無しで領地経営を任されるか、それは分からないけれど…。」
「でも父は、今年の7月で学園を卒業しても、声がある限りコルスで居て良いって言ってくれたんだ。」
「15で個人契約になることで、僕はすごく迷ってて…。本当は学園を卒業したら、コルスを辞めて領地に帰った方が良いってわかっているんだけど……。」
僕は、頭をガツンと殴られたような気がした。
声を失っても失わなくても、サントスはここからいなくなる。
それは、考えたこともない選択だったのだ。
僕は頭の中が真っ白で、俯くサントスに何と言っていいか分からなかった。
ふと、顔を上げたサントスが、僕を見て困ったようにふふと笑う。
「もう寝よう。遅くなっちゃってごめんね。」
「…いいんだ……。話してくれて嬉しかった。」
お休みと言ってカーテンを引くサントスを、ぼんやりと目で追う。
なるべく、書庫に籠るのはやめよう。
のろのろとカーテンを引き、僕は布団の中にくるまった。
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