冬の窓辺に鳥は囀り

ぱんちゃん

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36.野営地のひととき

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「今回は全部の討伐体から出たからアタリでしたね。」
「透過士が居たらこんなに手を突っ込んでぐちゃぐちゃしなくて済むんすけどね。……。あ。もう一個見っけ。」
「もうないかな?」
「浄化する前に水出すから手を洗え。」
「あざーっす。」

ドミーノさんの水で手ごと魔核を洗って寄越したそれは、まるで黒く見えるほどに青の濃い、3㎝ほどの塊だった。

「小粒だけど、随分青い。」
「そうだな。いい色だ。」


大物の魔物になると、体内に魔石を持っていることが往々にしてある。
魔物からとれる魔石を魔核と呼び、天然石としてとれる魔石とは一般的に別物として扱われる。

そもそも天然の魔石や、それが砕けたものを加工して作る人工魔石には魔力の属性がない。
魔術師が魔力を付与したり、加工時に術式を組み込むことで効果を発揮する。

それらに比べて魔核は魔物の魔法属性を強く引き継ぎ、採取時から魔力が満ちた状態にある。
石自体の純度が高いため、発動した時の威力が魔石と比べると桁違いに強く、硬さも申し分ない。

酷使すると砕けやすい魔石は、人工魔石に加工することで強く何度も使えるようにはなるが、性能が落ちる為安価で一般に多く普及されている。
しかし魔核は、砕けて欠片になったとしても、その力が失われることがない。

石の力が強く、特殊効果が付与されている魔核は、数が少ないこともあってそうそう手が出る様な代物ではない。欠片であっても市場に出回ることはあまりなく、討伐をするからこうして目にする機会も多いが、本来なら一生目にすることがないのが当たり前なのだった。この魔石は報告書と共に王城に提出され、のちのち魔導技術工学部あたりへ流れていきたぶん何らかの研究の中で消費されていくのだと思う。


「皮は後で剥いだ方が良いんじゃないですかね?」
「肉が汚れるよ。」

タジルとネイトにやんやといわれているテオに、ネレが「あっ!」と声を上げる。

「あたし油紙持ってるので皮剥いでもいいですよ!」
「やった!!ドミーノさん塩持ってるんでしょ。ありったけ出してくださいよ。」

背嚢をがさごそしているネレの言葉に、ネイトが顔を輝かせてドミーノさんに手を差し出す。

「当たり前みたいに手を出すなよ。なんなら今日は香草も持ってきてるぞ。」
「ロスマリノス!?」
「正解。」

ネイトとテオがひゃっほーと小躍りし、ドミーノさんから大量の塩を受け取っている。
吊り下げたグールドの皮は、切り目を入れて上から下に引っ張るといともたやすく剥がれていった。
それをテオがなめらかな手つきで塊肉に分け、俺たちはその肉に塩と香草を刷り込んでいく。
そのうち退避組が戻って来たので、俺とイーサンは周囲の警戒に回ることにした。


ネイトが両手に収まらない太さの木を肩に乗せて軽快に森を歩く。足場だっていいわけじゃないのにと遠目に見ながら、相変わらず理解を越えてるな、と思う。
担いでいる木の両端には、かなりの重量の運搬用のもっこがぶら下がっていて、其々に肉と皮が入っているのだ。
まるで重さを感じさせないのは、重力操作をしているからではある。
だが自分の体とは違う物に能力を付加することは、かなりの修練が必要なことで、たとえ使い慣れている自分の剣であってもそう易々と出来るものではない。
それを息をするようにやって見せる。
こういう所が、個人の質に重点を置いている四団ならではと、長くここに居る俺ですら尊敬と憧憬の念に駆られるのだ。



その後は何の問題もなく順調に進み、陽があるうちに目的地にたどり着き、安全にテントを張ることが出来た。

ドミーノさんを中心とした調理組が捌いたグールドを焼いている間、俺たちは野営地の整地を行う。
川からほど近いこの場所を使うのは、調査隊だけでなく森に資源を取りに来た冒険者たちも使うこの場所だけでなく、立地的に人の手が入っていると思しき場所は、使用する際には整地をし、森に戻してしまわないようにするのが大陸共通の暗黙のルールになっているのだった。

若木を倒し丈の高い草を風魔法で手分けして刈っていくと、あっという間に広い更地が出来あがった。
枯れた木を組み、なるべく大きな火床を作る。
グールドラケルタは寒さに弱いが、人為的な火には寄ってこない。
夜間の見張りの為の火でもあるので、燃やし続けることになる。

そうこうしている間に肉の焼けるいい匂いが漂い始め、手の空いているものからぞくぞくと竈の近くに集まりだしていた。

「はぁー。いい匂い!」

串に刺した肉がじゅわじゅわとあぶられているのを見ながら、シドが大きく息を吸う。

「賄い方は野営には付いてこないって聞いてたんで、干し肉とか硬い黒パンとかドライフルーツとかを食べるんだと思ってました。」
「普段はそうだな。実際携帯食を持ってきてるだろ?」
「はい。だからてっきりそれを食べるんだと思ってたんです。」

「今日はグールドだったことと、討伐隊にドミーノさんがいたからね。」

俺たちの話に、作業をしながらネイトが入ってくる。

「いや、俺はテオがナイフを新調したっていうから。解体したいのかと思ってよ。」
「え!?逆っすよ!ドミーノさんが鋳物を特注したって言ったのが先っすよ!!」
「そうだったか?」
「そうっすよ。並々ならぬ意欲と食への探求心を感じたっす。」
「え。背嚢から飛び出してた鉄の板って料理の為だったんですか!?」

驚いてそう問えば、そうだぞ。と当たり前の顔で頷かれる。

「今回はアタリの野営だったな。」
「はい。めっちゃお腹すきました。」

シドにニヤリと笑って言うと無邪気に笑った顔を向けられ、俺も思わず笑ってしまった。

俺の小隊は古参の、それも冒険者上がりや自活力の高い隊員が多い。
王都周辺の討伐に出て2泊3日の野営生活なんてことはよくあるし、各地から討伐を請われれば遠征に出ることもある。そうなると普段大食している大の男たちが、支給される硬いパンや干し肉で満足できるはずもない。我慢すればひもじさに心が荒み、かといって隊員を賄えるだけの食料を持って移動するには重く。必然的に自給自足のような今の状態になったようだった。
俺も四団に配属された当初は戸惑いもしたが、年配の隊員たちの自由で楽し気な様子にすぐに馴染み、解体や肉の保存、下ごしらえを嫌というほど仕込まれた。

当時を懐かしんでいる俺のわきで、シドが目をキラキラさせて調理班の手元に見入っている。
あの頃の俺も、こんな風に皆の中にいたのだろうか。

「そろそろかな。」

ドミーノさんがそう言うと、竈の火を消しその下の土をどかし始めた。
土の中からは長持の半分ほどの大きさの鉄の箱が埋まっており、引き上げた底にも木の燃えカスや石が埋まっている。

「焼いて熱した石を敷いて、底と上から熱を入れたんだ。」

上手くいってるかな。
そう言いながら蓋を開けると、湯気と一緒に香草のいい香りがあたりに広がった。
俺たちはわくわくとその手元を覗き込む。
肉に巻き付いているのは、おそらく砦から持ってきた食用の葉物で、やわらかいそれを慎重にはがすと中からあばら肉の塊があらわれた。
それを骨に添って切り分け、各自の手に持っている木の皿へと入れていく。
テオとネイトが肉汁を吸ったしなしなの葉と、あぶった肉を追加で載せていき、各々中央の火を囲むように敷いた敷物の上に座った。

森はすっかりと闇にのまれていたが、中央の火は大きく赤々と周りを照らしている。
みんなが座った頃合いで、俺はワインの入った革袋を持つ。

「今日の無事と、明日の作戦の成功と、調理班に。」
「調理班に!」

あばら骨を持って肉を口に含むと、意外にもあっさりと骨から身がはがれた。
口の中に汁気の多い肉の旨味が、噛むたびに溢れる。
もともと臭みの無い肉ではあったが、揉みこまれた香草のいい香りが鼻に抜け、塩気の具合も申し分ない。

周りからは雄叫びのような賛辞が飛び交い、俺の左わきでドミーノさんが満足げに肉を噛んでいる。

「めっちゃうまいっすね!!」

テオの言葉に頷いて、俺も口をもぐつかせながら親指と人差し指で丸を作って見せる。
テオだけでなくネイトとドミーノさんも、屈託のない笑顔で丸を作って寄越した。


炎を揺らめかせる焚火に、枝を投げ入れながら周りの声を聞くともなしに聞く。
食事は終盤を迎え、気安い者同士が僅かばかりのワインを飲みながら談笑している。
調理班の側では、蓋の部分でチーズを溶かしながら黒パンで拭って食べているらしいやり取り。
森の中に居ながらも、こうして和やかな一時を過ごせることに、あの頃と変わらない年長者たちの配慮を思う。

木の無い空間にぽっかりとあいた空には淡く星が無数に光り、今頃はもう寝ている時間だろうかと、後ろ手をついて空を仰ぐ。
危険の中に身を置いて欲しくないと思いながら、今ここに居ない寂しさに胸が塞ぐ。
命のやり取りの無い穏やかな生活をと願いながら、こうして共に任務の中に身を置いて歩んでみたいとも思っている。

矛盾している。

俺はごろりと仰向けに寝転がり、ささやかな騒めきに耳を傾けながら、そっと目を閉じた。






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