冬の窓辺に鳥は囀り

ぱんちゃん

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35.森の中央へ ※解体ありグロ注意

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グールドラケルタは大型のトカゲの一種で、成体はかなりでかい。
全長が4~5メートルにもなり、後ろ足で立ち上がると3メートルほどの高さになる。
前足の長く鋭どい爪と鋸状の牙を持ち、性格は非常に凶暴。
体表はぬるぬるとした粘膜で覆われているため火、水共に魔法の耐性がある。
他のラケルタと比べてもその脅威は特出しており、体躯に似合わぬ俊敏さと、接近戦での攻撃力の高さから、個体数を人為的に操作する種として国に指定されている。

大陸のギルドと連携している情報として、成体の目安は、『頭から銅までの長さが150㎝を越えるもの』とされている。討伐対象は民間人への脅威となる『4mを越える個体』とされてはいるが、その全てを狩ってしまうわけではない。

この森の調査の面倒なところは、生態バランスの維持にある。
幼体の時期は虫を食べるが、成体になると小動物や大型のネズミを主に捕食している。
人為的な間引きをしなかった時代は、度々森から大型個体が溢れ、近隣の村や街への被害が大きかったと聞く。だからといって狩りつくせば、今度は1mにもなるネズミが森から溢れたという事例が出てしまった。さらに幼体の食べる芋虫もこの森の固有種で、蝶になればその鱗粉に特殊な塗料としての価値があることがわかり、幼体数の制限もせねばならなくなった。
何年かに一度持ち回りでやってくるこの森の調査は、数ある通年仕事の中でも、群を抜いて嫌われているのだった。



川を右手にし、各班が互いを視認できる距離をあけて森の中央へと進んでいく。
時折聞こえるタジルの悲鳴に笑いながら、黙々と進む。
一班の人員は、四団が3人~5人、魔術師1人、治癒師1人の体制で、森のきわなら砦街在住の透過士が1人付く。

このローラー作戦はなかなかだな。と、内心考える。
討ちもらしがないのがメリットだ。
ただ奥へと進んでいく場合には、野営前提になるのが少し痛い。

「隊長~。記録球持ってきてます―?」

テオが振り向いて話しかけてくる。
場所が王城でも森の中でも四団員はいつでもフラットだが、テオは年が若いのに入団した当初から変わらずいつでもこんな感じだ。大物だと思う。

「野営するのに持ってきてるわけないだろ。」
「そうっすよねー。ソロンに戻ったら少しだけ借りてもいいっすか?」
「いいけど、何を撮るんだ? グールドはもう撮っただろ?」
「折角なんでパランティカの幼虫も見せてやりたいなぁと思いまして。」
「ドランと面識あったんだな。」

研究塔にいるくせに、あいつも顔が広いな。

「いや、どっちかって言うとラジム繋がりなんで。ドランさんが見るならラジムも絶対見ると思うんっすよね。」
「ラジムって検分官だろ? 死骸置き場の。」

興味をひかれたらしいイーサンが話に加わってくる。
兵舎よりもずっと奥に進んだ北門の側には、ギルドで処分できない大型の魔物や、新種、特異種を記録解体するための敷地がある。
討伐要請がある度に死骸をそこへ運ぶので、俺たちにとってはわりと馴染みの場所だった。

「そうっす。魔物好きなんすよね。王都の近くの森は行き過ぎて目新しいのがいないってぼやいてたんで。」
「あーなら虫はレアだなー。ここにしかいないし、渡るからな。」
「渡るってどういうことですか?」

マルスがイーサンに話しかけるのを、ちらりと見る。
みんな話に夢中になっているようでいて、目は周囲の警戒を怠っていないのを確認する。
一月も森にいれば、雰囲気にも随分なれる。
昨日は一日休養を取ったのもよかったのかもしれない。
魔術師たちの疲れも、あまり酷くなさそうだった。

「親になる蝶が秋頃になると北から飛んできて、この森で卵を産むんだけどよ。芋虫のままここで冬を越して、春になると北に帰っていくんだ。」
「ユトレヒトまで飛んだっていう記録があるらしいっすよ。」
「そんなに遠くまで!!」
「2mにもなる蝶が大群で渡っていくのはかなり圧巻だろうなぁ。」
「それだけ大きいとある種恐怖ですよね。」
「あー風物詩だからな。春を運ぶ蝶って北では呼ばれてるんだっけか?」
「そうらしいっすねー。親の死骸でもあればいいなって思ってたんすけど、やっぱ芋虫しかいないんすね。」
「芋虫持って行ってやればいいじゃねぇか。」
「何食うかわかんないっすもん。それにタジルが暴れだしても困るじゃないすか。」
「確かにな。」

そんな話で盛り上がっていると、タイミングよくタジルの悲鳴が森に響き渡り、俺たちはどっと笑った。



あと少しで中央部にたどり着くという頃、隣のドミーノ班から声がかかった。

「隊長ーー!解体するんで手伝ってくださーい。」

声の方へ目をやれば、ネイトがこっちに向かって大剣を振り回しているのが見えた。

「ネイトの剣じゃ解体は無理だな。」

イーサンがハハハと笑う。

「オレ今回、解体用にナイフを新調したんすよ。」
「じゃあ、お前に任せるよ。」

全員で近づいていくと、5m級の大物が横たわっていた。
ネイトとテオとタジルが、手早くロープで木に逆さ吊りにしていく。

「お疲れ様です。随分大物でしたね。」
「こいつでかいのに野良だったよ。」

ドミーノさんに話しかけると、戦闘の過酷さなど微塵も感じさせない調子で穏やかに言う。

「こんなにでかくなるまで見つからなかったのか。すげぇな。」
「わー。俺解体見るの初めてです。」
「え。結構グロいけど大丈夫?」

テオが突きかけたナイフを止めてシドの顔を見た。
シドは一昨年魔術団に入ったばかりで、討伐経験もそれほど多くないので今回は俺の班に組み込んだ。氷魔法の使い手で、冷静なのと命中率の高さから、新人でもアタリだと思っている。
魔術師は総じて長銃の扱いに長けているが、シドは群を抜いていた。体面積の少ない幼体にも難なく弾を当てる。戦闘中のサポートはまだまだ未熟ではあるが、呼吸をつかめばすぐに頭角をあらわすだろう。
今回の報告事項にも、その点を押して魔術師団に提出しようと考えていた。

「僕はパスですー。」
「俺もです。内臓抜いたら手伝うんで呼んでください。あ、穴掘っときますね。」

マルスが素早く離れ、ドミーノ班の魔術師ガロが木の側に土魔法で穴を掘って逃げていく。

「あ。せっかくネイトさんいるし、血抜きして晩飯にしましょうよ。」
「おー!いいな。こいつ旨いもんな。」
「なに。オレが持つって決定事項なの?」

「魔術師はともかく、治癒師が内臓ダメってどうなんだ?」
「あたしは平気ですよ。」

隣にいた治癒師のネレに話しかけると、ニヤリと笑う。
金の長く真っすぐな髪を高い位置で結び、中世的な顔をしているがネレはれっきとした男性だ。一見すると女性にしか見えないので、浴室で遭遇すると他団や新人は大概ぎょっとして自分の身体を隠す羽目になる。

「僕は繊細なんですよっ!」

遠くからマルスの叫びが聞こえてきて、俺たちは思わず顔を見合わせて吹き出した。

逆さづりにしたグールドの血抜きが済むと、テオが腹にすいっとナイフを入れる。
背側よりも皮膚が薄いとはいえ、これだけの巨体だ。本来ならもっと抵抗があってもよさそうなものだが、テオは難なく解体を進めていく。

「いいナイフだな。」
「手際もよくなったよなー。」

切り開いた腹からは袋に納まったままの内臓が現れ、支えながら喉と尾の部分に刃を入れるとブリンとこぼれ出て、そのままそっとガロの開けた浅い穴に置く。

「おえー。」

シドが真顔でおえぇと言うが、どうも本当に吐く感じじゃないので大丈夫そうだと放っておく。
解体がダメな魔術師はわりといるので、やるなぁと思っていたら、タジルとテオが腑分けを始めるとすぐに離脱して吐き出した。

「あ、ありましたよ!!でかい!!」

タジルが群青色の石をこっちに向ける。歪だが拳大の大きさは魔石としてはかなりのレアものだ。

「いい青だな。」

ドミーノさんが水魔法で洗って俺に見せる。
水属性の強い、良い魔核だった。




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