冬の窓辺に鳥は囀り

ぱんちゃん

文字の大きさ
53 / 133

tapestries. ひよこと赤獅子

しおりを挟む
「フォルティス様は、何をあんなに怒ってるんだろう。」

厩舎の前にちょこんと座りこんでいるエレインが、演習場を眺めながらぼそりと呟く。
両手で頬杖をついているその顔は、いつもの明るさや無邪気さがない。

確かに、フォルティスの動きが悪い。
けれどエレインが、それをわかるはずがないのだ。
演習場までは距離があり、フォルティス達の表情すらここからでは見えないというのに。
質問とはニュアンスが違ういい方に、なんとなくはぐらかして答えておく。

「んー。そうか?」
「うん。僕にそういうごまかしは効かないんだ。」

チラリと下を見れば、感情の読み取れない顔をして、フォルティス達の模擬訓練を目で追っている。

「みんな凄い集中力だね。」
「そうだな。刃を潰してあるとはいえ、一歩間違えれば命に係わるからな。」

3対3の乱戦とはいえ連携や状況把握は、この人数でも普通は難しい。
各人が位置取りや先読みに慣れていないと、他の足を引っ張るからだ。
それを可能にするには、なによりも実戦経験がものを言う。

第四騎士団は元々そういう部隊だ。連携して討伐にあたることを想定した人員の配置と訓練をする。
いかに自分と仲間が無事に生き延びられるかを、第一に考えているからだ。

「怒ってるから、セレスに会いに来ないの?」

今度はちゃんと質問してくるが、金色のふわふわ頭は微動だにせず、こっちを向く気配がない。

なんとも難しいことを聞いてくる。
怒っているのはセレスにではないのだが、原因の一端がセレスにある以上一概にもそう言えない。
かといって、これを俺の口から言うのは、どうにも野暮な話だ。

「あいつにも、矜持ってもんがあるのさ。」

はぐらかすようにそう言うと、エレインは頬杖をついたままこちらを見上げてきて、元々の大きな目を眇めてくる。
俺は組んでいた腕を解いて、がしがしと頭をかいた。

コルスの子供らは、どいつもこいつも聡くて困る。
それともこれぐらいの年のガキは、皆こうなのか?
俺には子供がいないからさっぱりわからない。

「今ってお仕事中?」
「まぁ。そうとも言えるけど、そうでもない。仕事っていうか訓練だな。」
「んー。じゃあいっか。」

ちらりと見れば、エレインは顔を演習場に向けたまま、すっくと立ちあがっていた。

「僕はセレスの方が大事だから、先に言っておくね。迷惑かけます。ごめんなさい。」

そう言いながら、俺に向かって頭を下げてくる。
何を言い出しているのか測りかねていると、突然大声で呻いてしゃがみこみ、大音量で泣き出した。

俺はギョッとして、泣きじゃくるエレインと訓練中の奴らを交互に見る。
かなり遠くにいるにもかかわらず、全員が手を止めてこっちを見ていた。

「おい! おいおいおい!!なんだよ!急にどうした!?」

慌てふためく俺をよそに、エレインは目から大粒の涙をぼろぼろ零して泣くばかりだ。
挙げ句の果てには、地面に横になって蹲ってしまう。

「何があったんです?」

ぞろぞろと近づいてくる中、ドミーノが不安げな顔でエレインと俺の顔を見る。

「それが急に泣き出してよ。」

どうしていいかわからず中腰で狼狽えていると、下から弱り切った泣き声が聞こえた。

「おなかが痛いよぉぉ。」
「医務室つれてった方がいいんじゃないすか?」

泣くエレインの頭を撫でながら、テオが俺を見上げてくる。

「そうだな。ちょっと行ってくる。エレイン、抱き上げるぞ。」
「僕、セレスのお迎え行かなきゃいけないの。僕がいないと心配させちゃうよ!」

抱き上げた腕の中で、涙を零すエレインの視線が、一瞬チラリとフォルティスに向く。
俺とエレインの距離は近く、誰もその様子には気付かない。

「わかった。フォルティス、迎えに行ってくれるか?」

フォルティスは、なんとも言えない顔をして、黙ったまま僅かに頷いた。
それを見届けて、俺は医務室へと駆け出した。
相変わらずエレインは、「いたい、いたい」と言いながら、腹を抑えて泣き続けているのだ。




「ほら、ついたぞ。」

いまだしゃくりあげるエレインを抱いたまま、医務室のドアを足で開ける。

「ランバードさん!…あれ、エレインどうしました?」

俺を見るなり顔を輝かせたレーンが、シクシクと泣くエレインを見て、途端に不安そうに顔を歪める。

「なんだ…。本当に腹が痛いのか?」

そう聞けば、金色のくりくりの頭がぶんぶんと左右に動く。
そっと椅子に座らせ、困ってレーンを見れば、同じく困惑した顔で「お茶入れますね。」と席を立つ。




「じゃあ、どこも痛くないんだな?」

ふぅふぅとカップに息を吹きかけながら、金色のふわふわがこくりと頷く。
俺はぐったりと椅子にもたれ、鼻から大量に息を吐きだした。

会話の流れや目くばせから、なにか策があっての事だろうとは思っていたのだが…。
こんなにも本気で泣いているのを見ると、本当にどこかが痛いのではないかと半信半疑だったのだ。

「心配したんだぞ。」

言ってから、少しきつい口調になってしまったことを後悔する。
か細い声で「ごめんなさい。」と謝る姿に、またもやふぅぅと鼻息がもれてしまう。

こっちに目もくれず、カップを両手で持ったまま小さくなっている姿に困惑して、ちらりとレーンを見る。
視線に気づいたレーンが、心配そうな顔で俺を見てくる。
確かに、こんなにも思いつめ意気消沈した姿を、俺は見たことがなかった。

暫く落ち着くのを待ってお茶をすすっていると、ふいにエレインが口を開いた。

「僕…、今度こそセレスが駄目になっちゃうって思ったんだ。」

カップから目を逸らさないその様子と台詞に、俺は傍に座るレーンと顔を見合わせる。
セレスの様子も気になるが、さっきの泣き方が気になっていた。

あれは演技じゃなかった。
こいつも不安定なのかもしれない。

吐き出させてみようと話を促してみる。

「サントスがいなくなったからか?」

そう問えば、目を上げないままコクリと頷く。

「サントスは、セレスを守ってたから。」
「それは、恋人だったってことか?」
「ううん。どっちかっていうとお母さんだった。」
「んん?」
「サントスの方は違ってたけど。」
「…。そうか…。」

「何から守ってたんだ?」

その問いに、エレインは初めて顔を上げて、真っすぐに俺の目を見る。

「悪夢。」

悪夢…?

「ずっと見続けてるのか?」
「ずっとじゃない。僕がコルスに入る前の方が酷かったって聞いてる。10歳を超える頃にはほとんど落ち着いてた。ここ何年かは全然だったのに…、サントスが黙っていなくなってから、急に不安定になったんだ。」

そうして、またカップに視線を戻してしまう。
子供達がコルスに入団するのは、大体6~7歳ぐらい。
外で見かける三人組は、いつも楽し気に笑う姿ばかりで、抱える闇になど気付きもしなかった。
そんな小さな頃から身を寄せ合い、支え合ってきたのかと思うと、やりきれなくて胸が痛む。

「セレスは、サントスの事をちゃんとのり越えようとしてた。コルスは別れが前提だもの。僕らはいつも、失うその日を覚悟してる。」

「セレスには、多分、別れのプロセスが必要なんだ。現に、サントスをちゃんと見送った後は、落ち着いていたんだから。」

ああ。

心の中で、深く納得の溜息をはく。
聡いはずだ。

こんな幼いころから、大事なものを失う覚悟をしているのだから。
歌と離れることのない日々の中で、声を失うことに向き合って生きていかねばならないのだから。

なんて酷な事を、この子らに敷いているのだろう。
これでは大人にならないわけがない。

「フォルティス様は、もうセレスの事、好きじゃなくなったの?」

大きな目に溢れそうなほど涙をためて、エレインが真っすぐに俺を見る。
俺はガシガシと頭をかいて、ちらりとレーンを盗み見る。その目は明確に「言え。」と言っていた。

天を仰いで、鼻息を吐く。

「大好きだよ。どっぷりな。」

俺の言葉にエレインはぐしゃりと顔を歪ませると、顔を伏せることなくぼろぼろと泣き出した。

「じゃぁ、なんで会いに来ないんだよぉぉ。」

「はぁぁ。あー。まぁ。あれだ。…セレスが、自分よりサントスを好きなんじゃないかって、嫉妬してるんだ。んで、会う機会を逃したまま、二の足を踏んでるっつー感じだな…。」

「~~~っ!!フォルティス様の、ヘタレーーー!!」

涙を零しながら叫ぶエレインに、俺とレーンは顔を見合わせて苦笑をこぼす。

全くもって、その通りだ。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

お気に入り登録、ありがとうございます。
今後佳境に入っていくのですが、下書きという名の過去の遺産が底をついてしまいました。
定時更新ではなく随時更新にシフトします。
気長に待ってていただけると嬉しいです。



しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

Candy pop〜Bitter&Sweet

義井 映日
BL
完結済み作品。全6話。番外編1本追加! 「185cmの看板男」が、たった一人の恋人の前で理性を失う。 ――三ヶ月の禁欲を経て、その愛は甘く、激しく、暴走する。 「あらすじ」 ​大学の「看板男」こと安達大介は、後輩の一之瀬功(いちのせ こう)を溺愛している。 ついに迎えた初めての夜。しかし、安達の圧倒的な「雄」の迫力に、功は恐怖して逃げ出してしまう。 ​「――お前は俺を狂わせる毒だと思ってた」 ​絶望した安達と、愛しているのに身体が竦む功。 三ヶ月の育みを経て、到達した二人の「じれったい禁欲生活」の行方は? 看板男の仮面が剥がれるとき、世界で一番甘い夜が始まる。 お話が気に入った、面白かった、と思ってくださったら、お気に入り登録、いいね、をお願い致します! 作者の励みになります!!

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...