冬の窓辺に鳥は囀り

ぱんちゃん

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54.二人の未来のために

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僕は、フォルティス様との結婚だけが、手の中にある唯一の選択肢だと思っていた。
けれど僕が気付かなかっただけで、見渡せば沢山の選択肢が広がっていた。
僕の気持ちひとつで、それはいくつでも手に取れる。
取ってもいいと、二人は口を揃えて言ったのだ。

何も持たないまま、ただ流されてしまうわけじゃない。
フォルティス様の隣に立っても、庇われるだけでいなくていい。
そう思える力を手に入れられること。
そのための努力が出来ること。

それは僕にとって、とても重要な事だった。
そして自分の力を手に入れられるということは、僕は、僕の心のままにフォルティス様の手を取ってもいいということだった。



僕は初めてオーフェン先生と話をした時、フォルティス様へは黙っていて欲しいと懇願した。
こんなことは相談してはいけないと思っていたのだ。

僕の前に跪き、誓いの言葉をくれたフォルティス様。
その真っすぐな瞳に、その真っすぐな思いに、僕は交換条件のような返事をしたくなかった。

『あなただけのアウラヴェールになりたい。』

それが、誓いの言葉に返す、真実全ての言葉だったのだから。



昨日ローワン先生とレーンさんと話をして、僕の心は本当に晴れ晴れとした。
こんなにもすっきりとした気分は、随分と久しぶりだった。
僕の心は、もう揺るがない。
そしてエレインが言った通り、僕のこれからはフォルティス様と話さないとどうにもならない。

きっと、フォルティス様は僕の話に耳を傾けてくれるだろう。
魔術訓練の帰り道、幾度となく話を聞いてくれたように。
真剣な表情で。柔らかく目を細めながら。




午後の歌の練習が終わると、部屋を出ていたオーフェン先生がいつの間にか戻って来ていて、僕を呼んで手招きをする。
周りが皆部屋を出ていく中、僕は部屋の奥へと向かっていった。

見上げた先生の顔は、なんだかひどく楽し気で、僕は不思議に思ってその表情に見入ってしまう。

「セレス、今日もお客がきているよ。」

「私の執務室へ行きなさい。私は隣の部屋に居るから、何かあったら呼ぶように。」




先生の部屋の前で、僕は先生と別れた。
僕に黙ったまま頷いて、先生は隣の部屋へと入っていってしまう。

一体、誰なのだろう。

僕はお客様の名前を聞かされないまま、部屋のドアをノックする。
ガタガタっという激しい音が聞こえて、僕が開ける前にドアが勢いよく開いた。
僕はそのことにびっくりして。さらに現れた人にもっとびっくりして、少しの間固まった。


目の前の人は、いつもの優し気な顔でもなく、きりりと真面目な顔でもなかった。
驚き固まる僕を見て、焦ったような表情がどんどんと悲し気になっていく。
なんだかとっても項垂れていて、騎士団の演習場で怒られていた時よりも、何倍も悲壮感が漂っている。

僕の心が、ざわりとした。
何か、まずいことがあったのだろうか…。

「フォルティス様…?」
「セレス…っ…。取り合えず、中に入ろう。」




部屋の中へと促され、ドアが静かに閉められると、フォルティス様は勢いよく頭を下げた。

「すまなかった。」

僕の心臓が、どっどっと大きく響く。

騎士の誓いをなかったことにさせて欲しいと、言われるのかもしれない。

そう思うと、僕は怖くて言葉が出なかった。

フォルティス様は顔を上げると、不安そうな目で僕を見て口を開く。

「話をしに来たんだ。不安にさせたと聞いて、居てもたってもいられなくて…。」

「ちゃんと話そう。何だって聞いてくれていい。何も怖がることはないんだって、証明させてくれ。」

ふいに、エレインの言葉が蘇ってくる。

『セレスは、ドーンとぶつかったらいいよ。』

僕は頷いた。
フォルティス様と、エレインに。

ぶつかってみよう。
僕とフォルティス様の、未来のために。





席に向かい合って座ると、フォルティス様はいつもの落ち着いた表情で僕を見る。
僕はこくんと生唾を飲み込んだ。
なんだかとても喉が渇いていて、先生のお茶が恋しかった。

「僕は、僕の未来に何が待っているのか、分からなかったんです。」
「うん。」
「フォルティス様に誓いの言葉をもらう前から、僕の未来は真っ暗で、自分がどうなっていくか分からなかった。教会を出た後の先が、何も見えなかったんです。」
「うん…。」

「僕は、フォルティス様の言葉が嬉しかった。」

「すごく。すごくですっ。あの日の返事が、僕の全てです。」

胸の前で組んでいた手に、ぎゅうと力がこもる。
目の前にあるグレーの瞳が甘やかで。
微かに笑んだ口元が、愛しかった。
好きだと思うだけで、こんなにも胸が詰まる。

僕は浅く息をつく。

僕は驚いてしまった。
特別な人に思いを伝えようとするだけで、こんなにも涙が出そうになるなんて。

「僕は、力が欲しい。フォルティス様の隣に立っても恥ずかしくない力が。そのための努力がしたいんです。無事を祈って帰りを待つだけでは、今と何も変わらないっ!」

力を込めすぎて白くなった指先を、フォルティス様がやんわりと解して優しく握った。

フォルティス様の目は、真っすぐに僕を見る。
騎士の誓いをした、あの時と同じ目で。

「俺はね、セレス。君に自由であって欲しいと、君に出会った時からずっと思ってきた。」

「色々なものを見て、沢山の人に出会って…。広い世界を知った君が何を思うのか。そして何を選ぶのか。」

「俺は、そんな君の心に寄り添って生きていきたいんだ。」

「学園を卒業するまで、まだ一年あるだろう? ゆっくり考えていいんだ。見つからなかったら、また一緒に考えよう。それに……。」

そこで言葉を切って、フォルティス様は困ったように笑う。

「俺は、セレスがどれだけ魔術訓練を楽しんでいたか知っているよ。どれほど魔石で補充したか、覚えてるか? あんなに夢中になっている姿を知っていて、それを取り上げる事なんて出来ない。」


僕は、自分が自然と笑顔になっていくのが分かった。

かつての僕に、フォルティス様はどれほど手を焼いたことだろう。
幾度となく助け起こされ、何度も無理をするなと懇願された。

それなのに、無茶をしてきた僕を振り返って、フォルティス様は笑ったのだ。
目を楽し気に歪め、しょうがないとでも言うように。


ああ。思った通りだった。
フォルティス様は、ちゃんと僕に向き合ってくれた。

僕の心は安堵と幸せで溢れ。
だから、口に出して言うことが出来た。

「私の騎士の勇敢な活躍を、心待ちにしています。」

フォルティス様は、僕の言葉に一瞬目を見開き、そして凛とした騎士の顔になった。

僕の胸が、どきりと高鳴る。

グレーの瞳が僕の目を真っすぐに見つめたまま、繋いでいた指先をとって、そっと口づける。
ふわりとした、柔らかな感触。
僕の体中はびりびりと痺れ、身動きも取れない。

そして、僕の指先を口元に添わせたまま、目だけを向けて言ったのだ。

「アウラヴェールの御心のままに。」







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