冬の窓辺に鳥は囀り

ぱんちゃん

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56.吹き飛ぶ不安

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戦場コートの両端に並ぶ薄緑色と青色。
騎士を鼓舞する鬨の声は、会場中を一つの声にしていた。
そして段々と早まっていく太鼓の音に合わせて、その音量をも増してゆく。
世界の全てに響き渡るようなその重低音の轟きは、僕の体の中にまで響きわたる。
お腹の中をざわざわと揺さぶり、それは恐怖と、ある種の興奮を僕にもたらしていた。

そしてひと際大きな角笛の音と共に、両陣営は駆け出してゆく。
一直線に相手陣営へと向かい、出会った敵同士が一人、また一人と互いの剣を打ち合わせていく。
広い戦場のどこを見回しても、そこは白刃の閃きに溢れていた。


トゥルネイは騎士の勇猛さと技量を披露する場。
ドミーノさんに説明された時、僕はもっと綺麗なものを想像していた。
学園の演習場で見る様な、型の応酬を披露するようなものかと思っていたのだ。

けれど目の前で繰り広げられているのは、戦争を知らない僕にとって、もはや戦争と同義だった。
そして『軍事演習』と言っていたのを思い出す。
これは紛れもなく、戦争を模した戦いだった。

容赦なくぶつかり合う剣の音。
打ち負かされても怯まず、何度も立ち上がっては挑んでゆく。

ドキドキと不安に騒めく胸の前で、僕はぎゅうと手を握り合わせる。

第二騎士団と第三騎士団の戦いは、両者の力が拮抗しているように見えた。
地に伏せる者、敵陣営へ駆ける者、その数がだいたい同じくらいに見えたから。

そして僅かな時間差で、青鎧の兜が薄緑色の騎士の手で外される。
会場は歓声に沸き、戦いの勝敗が決したのだった。

戦場には、薄緑色も青色もほとんどの人が地面に倒れていた。
そして決着を知らせる角笛の音と同時に、白のローブが何人も戦場を駆けて行く。

「あれが治癒師団じゃ。」

治癒師たちは、まるで白い蝶のように戦場を飛び回り、そして倒れていた人たちが次々と起き上がる。
起き上がった騎士たちは、周りからの大きな拍手に応えるように客席に向かって騎士の礼をとり、戦場を後にしていった。

「大怪我をすることも、あるんですね…?」

僕の呟きに、ローワン先生が振り返る。

「そうじゃな。そういうこともある。」

ローワン先生の目は、静かな色をしていた。

「そもそも、いくさとは、根本だけを見れば命のやり取りじゃ。剣を向ければ、剣を向けられる。剣を使えば、人は傷つく。それを『きちんと』自覚できねば、本物の騎士にはなれぬのじゃ。」

真剣な目と言葉には、僕の心を逸らさせない程の重みがある。
先の戦争を体験した者の言葉。
先生の言葉には、身を持った経験がこもっているのだ。

「何を守る為に剣を取るのか。何を得るために剣を向けるのか。…切っても、切られても、傷を負うのじゃ。身体だけでなく、心の在りようを己で見極めねばならん。」

「心の剣は揺らいではならん。それは騎士だけに言えることではない。騎士の隣に立つということは、セレス。おぬしも心の剣を持たねばならんということじゃ。」

「何が大事で、何を優先するのか。その為になら、犠牲をはらってもよいと思えるもの。それがあれば己の心を保てるもの。…心の剣とは、人によっては『信念』ともいうかの。」

人を切る覚悟。
人を切らせる覚悟。
その信念を胸に掲げた人の、傍に居るための覚悟。

それなら、僕にはもう存在していた。
この恐怖をうち砕いて余りある。
何よりも確かに、僕の胸の中にある。

重く、醜く、揺らがないもの。

榛色の瞳が、僕を覗き込んでくる。
まるで、心の中を見透かしているかのように。




コートの右手側に立つ黒い騎士たち。
その中にいる、黒い髪。

僕はギュッと指を組む。

今までよりも遥かに盛大な歓声で迎えられた二団と四団の戦いは、30対8という戦力差をものともせず、僕の不安と恐れを呆気なく吹き飛ばしてしまった。
フォルティス様が大怪我をするのではないかという恐怖は、まるで人とは思えないスピードで、戦場を駆け抜けてゆく二人に絡め捕られてしまう。
第四騎士団の人達は、銀色の頭部の守りすら付けてはおらず、その紺色と森のように深い緑が僕の記憶からその顔を呼び覚ましてくれる。

目で追うのがやっとだった。
瞬きをすれば、見失ってしまいそうなほどの速さ。
それを追いかけ、疾駆する三人。

特攻を遮ろうと向かってきた相手と、あと僅かで切り結ぶ距離まで来て、会場中がどよめきに沸く。
紺色の騎士は、空を走っていた。
何もない空にはまるで壁があるかのように。その壁を足掛かりにして猛烈なスピードで駆け抜けてゆく。

僕は呆気に取られて紺色を目で追い、その人が剣を抜き放った瞬間、僕の視界から消えてしまった。

「えっ!?」
「頭じゃ。」

先生の声に弾かれ、三団の本陣に目を移す。
その場に立っているのは、紺色の髪の黒い騎士だけだった。
敵大将の剣を持つ腕を足で踏みつけ、喉元に剣先を突き付けたまま、ゆうゆうと兜を剥ぎ取ってゆく。
まるで、観衆に見せつけるかのように。

そうして、旗と兜を頭上に掲げると、轟くように会場が湧いた。
僕は必至でフォルティス様を探す。
すると戦場中央よりも左手側、敵陣営の中ほどでその姿を見つけた。

蹲る青鎧の中、黒の鎧の騎士達だけが戦場に立っている。
立って、何事もなかったように笑っている。

あっという間だった。息をつく時間さえもなかった。

フォルティス様の歩く姿に、目を凝らす。
その足運びに、その表情に。僅かなサインも見逃さないよう。

僕は言葉にならなくて、ただただ、詰めていた息を吐きだした。




「なんとも呆気なかったのう。」

ローワン先生が、ひどくつまらなそうな声でぼそりと言う。

「初戦の二団と三団は見ごたえがあったな! トゥルネイはあのくらい泥試合でなければ!!」

そして、僕に向かってにこりとする。
その優し気に笑む榛色が、僕に「どうだった?」と問いかけてくるよう。

僕は、もう、ずっとどきどきしてしまって。
気付くと胸の前で組んでいた指に、痛い程力が入ってしまっていた。

「びっくりしました!!」

「空を駆けるなんて!!」

興奮する気持ちが治まらず、僕は思わず大声になる。
周りの歓声が凄すぎて、これほどの大声でも僕が浮いたりなんてしなかった。

僕の言葉に、ローワン先生は声を上げて笑う。

「軍事演習とはいっても、これはある意味建国祭の余興のようなもの。トゥルネイは、大いに楽しんで観るものじゃ。」

僕の不安を見透かすように笑う先生が、ふと、怪訝な顔で僕の右側を覗き込む。
僕も振り返ってみると、そこには両目を押さえて唸っているエレインの姿があった。

「エレインはどうしたんじゃ。」
「僕……。眩しすぎて目が痛い…。」
「…ふむ?」

「第四騎士団が勝ったということは、このまま連戦になるのですか?」

思案気なローワン先生に、オーフェン先生がやんわりと会話に入ってくる。

僕は、ピンときてしまった。

今、先生はエレインの何かを守ろうとした。
あの遮り方は、貴族に囲まれて困った時と同じ感じだったから。

僕は黙って、それとなくローワン先生を伺う。

「いいや。次は二団と五団じゃな。その次に初戦で勝ち上がった二団と四団の戦いになる。」

ローワン先生は、何事もなかったような表情に戻っていた。

「今年の第五騎士団は、誰が出るかのう。」

そう、わくわく顔で言いながら。








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対物理防御壁は見る角度によっては可視化したり透明に見えたりします。
オルゾ君側の斜め後ろから見ると半透明で、セレス側の正面から見ると透明。

第四騎士団がコイフを被っていないのは、パフォーマンスの為です。
本来は訓練のための打ち合い時や合同演習時は、コイフを被ることが推奨されています。
四団だけの訓練時はあまりつけたりしませんが、新人には必ず着けさせます。それ以降は各自の判断になりますが、大概何回か痛い目に合うので位置取りを覚えるまでは手放せません。





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