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tapestries. 魔術師見習いの一日③
しおりを挟む午後の座学は9刻(午後3時頃)には終わる。
いつもなら夕食までの時間を魔術師塔の裏にある演習場で魔法の練習をして過ごす。
魔術師団に入ってから、水の午後は人体学の授業を受けられるようになったので、より深く自分の体内の巡りが分かるようになってきた。
光魔法の発現は魔力の消費が高いので人目があるところで練習するように、とマルスさんに言われているので、僕はしょっちゅう演習場に居る。そして僕が練習していると、ホスピティウムの老魔術師達がよく見に来てくれるのだ。
『少しくらい無茶しても構わんよ。』
存分にやりなさいと言って僕の練習を眺め、ふらつく僕をベンチに引っ張って行っては美味しいお菓子を食べさせてくれる。
その甘い飴や焼き菓子は不思議と僕をほっとさせ、たわいないお喋りが僕を元気にしてくれているのだった。
けれど、今日の僕には野望がある。
今日は闇で明日は光。学園はお休みだ。
そしてなんとフォルティス様もお休みなのだ。
いつもだったらお屋敷へ帰る(帰る!!)のだけど、生誕祭の関係で王城に留まることになったのだそう。
たぶん、社交シーズンの準備とかもあって忙しいのかな?って思っている。
そんなわけで、僕はなるべくいっぱいフォルティス様の傍に居るべく、こっそり観察することにしたのだった。
王城の裏には騎馬用の厩舎と放牧場があって、そこを回りこんでいくと第四騎士団の演習場に行きあたる。寮に寄って荷物を置いた僕は、その物陰から演習場を覗き込んでいる最中なのだ。
お昼に聞いていた通りフォルティス様の隊の人達は演習場に居た。
いた…けれども…。
ちょっと僕には何をしているのか分からない。
岩みたいに大きな氷の塊を囲んで、なにやら話をしている。
ランバードさんだけが抜き身の剣を握っていて、何かを話しながら剣を横に薙いだりする。
たぶん、何かのやり方を説明しているんだろうけれど、僕のところまでは遠く声が届かないので目を凝らして皆の様子を見守った。
見ているうちにその中の一人が氷の前に進み出てくる。
テオさんはすっごく真面目な顔をしている。大きく息を吐いて、次の瞬間金属のような音が響き渡った。
「っっってーーーーーー!!!」
僕の目には剣を振った動作なんて見えなかったけれど、テオさんは剣を取り落として絶叫している。
ビーンってなったんだ!打撃の衝撃でビーンとなるやつ!
「ええ!?」
僕は思わず声に出してしまっていた。
氷を剣で切ろうとしたってことだろうか。
ますます意味が分からない。
イーサンさんもネイトさんも大爆笑している脇で、腕を組んだフォルティス様がテオさんに何かを話しかけていた。
「わぁ…」
上半身だけとはいえ、軽装鎧を着けて帯剣している姿を久しぶりに見た。
心臓と腹部を守るための片側が大きく張り出した鎧の下は黒のシャツと黒のスラックス。すっとした体に添うように銀の剣がぶら下がっている。
うわぁ、かっこいい。
うわぁぁ。かっこいいなぁ!
次に出てきたのは、多分オルゾさん。氷の前に立つと剣を握る腕がグンと力んで太くなる。
剣を振りかぶり、力強く振りぬくと金属音と共に剣がその手を離れぐるぐると回転しながらこっちに向かって飛んできた。
「セレスっ!!」
ヴヴン
咄嗟に出した対物理防御壁に阻まれ、剣は僕に届く前に地面に落ちていった。
ああ、見つかってしまった。
駆けつけてきたフォルティス様が、僕の体中に視線を走らせて無事を確認してくる。
「大丈夫です。無事です。」
心配そうに彷徨う視線に、僕はばつが悪い思いのままへにゃっと笑う。
抵抗する隙を与えられずにぎゅむっと抱きしめられ、抱えあげられて僕は演習場の中へ連れていかれてしまう。
「よう。無事か?」
「すみません、お邪魔して。」
片手をあげて挨拶してくるランバードさんに向かって、僕はあわあわと頭を下げた。
騎士団の中で楽しそうにしているフォルティス様がみたかっただけなのに。目的はあくまでもこっそり観察するはずだったのに。なぜこんなことに!
「すみませんでした!まさかいらっしゃると思わなくて!」
オルゾさんが駆け寄ってきて頭を下げるので、僕はフォルティス様の腕の中からずりずりと地面におりて頭を下げる。
「いえ!こちらこそ訓練の邪魔をしてすみませんでした。」
下げた頭がぐりぐりと撫でられ、ちらりと目を向けるとドミーノさんがにこにこして僕を見ていた。そして騎士舎の方へ指をさして促してくるので、僕らは並んで壁際に立つ。
演習場では、イーサンさんに肩を小突かれたフォルティス様が口を尖らせ、二人は楽し気に笑い出す。
フォルティス様の少年のような笑顔。
レアだ。
僕も思わずうふふと笑ってしまう。
「お前、時々こっそり見に来てるだろ。」
思わずどきりとしてドミーノさんを振り返る。
にこにこがニヤニヤに変わっているのを見止めて、僕の顔がぐぁーと熱くなっていく。
「っ!皆さん知って!?」
「ははは! いや、どうかな。俺とランバードは分かってるけど。勘がいいやつもいるから、なんともいえんがな。」
煮える顔を、僕は両手で覆った。
隣から、くっくと笑う声が聞こえる。
フォルティス様が夕方に演習場に居ることが分かっている日、僕はこっそり覗きに来ていた。
教会にいた頃と違って、僕には自由になる時間が沢山ある。この場所も散歩(散策)をしていてたまたま見つけて以来の恰好のフォルティス様観察スポットなのだった。
「堂々と見に来ていいんだぞ? 魔術師見習いとしてでも、伴侶としてでも。」
僕は顔を覆ったまま左右に首を振る。
「…邪魔をしたくないんです。」
「んー…ふっふ。素のフォルティスが見たいからってとこかな?」
「~~~~…。」
もう、これ以上は赤くなれないだろうってところまで、きっと僕の顔は赤いと思う。
「気配の消し方教えてください。」
「っ! わはははははっっ!!」
僕は真っ赤な顔のまま、ドミーノさんの爆笑で振り返ってきたフォルティス様に手を振る。
訝し気な顔のまま手を振り返してきたフォルティス様は、ちょっと笑って氷との対決に戻っていった。
「『書窓』のじい様たちと仲がいいらしいな?」
「んんん。…どちらかと言えば、面倒を見てもらっているといいますか…。」
「夕食の席でノア・バランティーニとメルキドア卿に挟まれていたって聞いたぞ?」
「ああ。皆さんが遠征した時ですか? 寂しいだろうって誘ってくれたんです。」
「へぇ!その組み合わせでどんな話をするんだ?」
興味津々の顔でドミーノさんが僕を見る。
僕はえーっとと言いつつ、話の内容を思い出す。
「えーっと…。…お芋(じゃが芋)は嫌いだって話で盛り上がっていました…。」
「あ?」
「戦線に立っていた時、兵站が滞った時があったらしくて…。食べるものが何もなくて、唯一あったお芋を水で薄く伸ばして食べていたんですって。まずくて、ざらざらで。でもお互い、それを取り合うように食べたんだって。もう見たくないって笑っていました。」
「食事中に聞くには、随分ヘビーな内容だな。」
「ははっ! はい。でもそれをカルトッフェルブライ(ふわふわのマッシュポテト)を食べながら話していたんですあははは!」
「はははっ! 食べてんじゃねぇか!」
「はい。だから僕も言ったんです。それはじゃが芋ですよね?って。」
「くくく。おー。」
「そしたら、これは別物だって言うんです。これはもはや芋ではないって。」
「いや芋だよ!」
僕らは二人でお腹を抱えて笑った。笑いながら、先生が言った続く言葉を思い出す。
「先生は、芋じゃなくて、料理だって言ってました。」
僕の言葉に、ドミーノさんがきょとんとして僕を見る。僕はにこっと笑って言葉を続けた。
「食べる相手を思って調理され、食べることの喜びを教えてくれるのが料理だって。だからカルトッフェルブライはお芋じゃないんだって。」
「まずくても、ザラザラでも、薄くのばして分け合わなきゃいけないような。そんな生き延びるためだけに食べるような物は、料理じゃないって。もう二度と見たくないし、僕にも見せたくないって。」
「そうか…。いい話を聞いたな。」
ドミーノさんが僕を見てにっこり笑ったので、僕もにっこり笑ったのだった。
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